第4話 第一章 1-3






「本当に手伝わなくて大丈夫か?」


陸に着いてからシンルはあらかじめ船着き場に停めてあった荷車にぐるまに手早く麻袋を移した。

ダグマルの問に答える様に、新しい生地でいっぱいの荷車を引き軽々と走って見せる。

頭頂部に近いところで結った長い灰色の髪が、一歩踏み出すごとに腰の辺りで揺れて弾んだ。


シンルが余裕の笑みで振り返ると、見ていた二人は呆れた顔でため息を吐いた。


「よくもまあそんな細腕で」


「でも、船にはきねえんだよな」


話を蒸し返したディータは無視だ。


「送ってくれてありがと。行ってきます」


「ああ。俺たちも買い物を済ませて来るから」


「わかった」


目指すは馴染みの生地屋だ。今いる場所からは少し離れている。そこで荷台に乗っている商品を買い取ってもらえなければ、また次の店を訪ねなければならない。そこも駄目ならまた次だ。


ダグマルとディータを待たせない為にも、シンルは先を急ぐ必要があった。


ほとんど小走りで車を引いていると、民家がぽつぽつと見えてくる。朝食のための煙が煙突から上がっていた。遠くの方ではその白い筋が何本も空へと向かって伸びている。進むにつれて人の気配が増してゆくのがわかった。既に、外で遊ぶ子供達がシンルの目に入ったところだ。


「まずいかな」


嫌な予感ほど当たる。

少し離れて脇を通り過ぎたとき、子供達の一人がシンルに気づいた。

こちらを指差して叫ぶ。


「見ろよ、黒死島こくしとうから人が来たぜ」


その声に呼応して、わらわらと子供が集まり始める。

シンルと同じ年頃の子や、少し年上に見える子、本当に小さい子まで様々だ。

集まった子供達からさらに声が上がる。


「こっちへ来るな!病気が感染る」


言葉と共に、今度は石が飛んで来た。


「やっぱり」


小さくつぶやくと、シンルは車の荷台と、腹の前の棒との間の狭い空間の中で、さっと身をひるがえした。石を避け、顔へ飛んで来たものは右手で払い落とす。


そして、走り出した。


子供達に構ってやる必要も時間も無い。ただひたすらに走ってやり過ごそうと思ったとき、背後で聞き慣れた声がした。


驚いて足を止め振り返ると、ダグマルと買い物に行ったはずのディータだ。


「この、クソガキ共!」


シンルを追いかける子供達の後ろを、さらにディータが追いかけて走ってくる。

恐ろしい形相だった。


「逃げろ!」


子供達は蜘蛛の子を散らした様に左右へ別れ、あっと言う間に見えなくなった。

ディータは直ぐに追いついてきて、シンルの横に並んだ。


「どうしたの? ダグマルは?」


「……手、見せろ」


不機嫌に言ってシンルの手を乱暴につかむ。

ディータに目の高さまで持ち上げられて気づいたのだが、シンルの手は自分で思うより重傷だった。

石がぶつかった衝撃ばかりに気を取られていたので気づかなかった。痺れているだけに思っていた右手からは、だらだらと止まる気配の無い血が流れていた。


ディータの眉がぎゅっと寄る。


ディータは眉間みけんに深いしわを刻んだまま、シンルを民家裏の共同井戸までぐいぐいと引っ張った。

水桶を乱暴に放り込み、ぼちゃんと言う音を聞いた後で手際良く縄を引き上げる。


流れるような一連の動作のまま、シンルの赤い手の平に水をぶちまけたのだが、痛く無い様に桶の角度を調節してくれているのは伝わった。

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