第22話 母

遥が服を見ていると店員が声をかけてきた。いかにも渋谷のショップ店員というような感じのお洒落な女性。

「今日はどういったものをお探しですか?」

「え、あ、新しい服欲しいなって…」

遥がたどたどしく答える。学校と同じように外面だけは少しでも良くするのかと思うと、女子の裏を見たような気分である。

「最近ですと、こちらのロングスカートとか…」

店員と話す遥を置いて拓也は一度店から出た。出たところで周りは女子向けのアパレルばかりで行き先は無いのだが。

遠くから遥を見守る。と二人で買い物なんて何年ぶりだろうか。買い物はいつも父親か、男友達とだった。



雨の強い日だった。拓也は父の運転する車の後部座席で俯いていた。

「そんなしょげた面するなー。仕方ないだろ」

運転席にいる父がバックミラーで拓也を見ながら言う。その日は家族旅行の最終日だった。

生憎の大雨で山登りが中止になり、予定より早く家に帰ることになった。

「また来年くればいいじゃない。そうだ、今日は拓也の好きなお寿司食べに行かない?それとも、レストランでグラタン食べる?」

助手席の母が後ろを向きながら言う。

父もニコニコしながら「そうするかぁ。拓也、どっちがいい」と聞いてくる。

「どっちでもいいよ…」

当時小学校の二年生だった拓也は、まだ妥協ということを知らなかったのかもしれない。とにかくその日は山に登って虫を捕まえたかったのだ。

結局、その日は帰りに回転寿司屋に寄ることになった。午後も2時を回っており、少し遅めの昼食だった。

そのくらいの時間になると店も空いていた。

「車停めてくるから、先に店に入っておいてくれ」

父が駐車場の近くで車を停める。拓也は母と一緒に車を降りた。

「濡れちゃうから傘入りな」

母はそう言うと折り畳み傘を広げた。二人でその中に入る。

「何食べる?マグロ食べる?」

母はいつでも笑顔だった。



そう、までは。

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