第16話 「おかえり」
「ただいま」
「おかえり」
なんだか不思議な感覚だった。今まで自分が「ただいま」ということもなければ「おかえり」と返されることもなかった。そもそも天界には家という概念が無かった。
天使であった時に、人間界を覗いている時に「帰ってきて『ただいま』と言ったら『おかえり』と返ってくるのが幸せ」と話している男女を見たことがある。その感覚が遥には全く分からなかった。
実際に今「ただいま」と言って「おかえり」と返されたが、そこに幸せは微塵も感じなかった。遥には儀式的な物のように感じた。
玄関からは居間で課題をやっている拓也の姿が見えた。
「鞄こっち持ってきとけよ」
「えー、ダルい」
「玄関にはあまり物を置かない方がいい」
そう言われ、遥は渋々鞄を玄関から持ってきた。
「聞きたいことがあるんだけど」
遥が拓也の前に座る。そうすると、拓也はシャーペンを置いてサイダーが 入ったペットボトルを手に取った。
「何を聞きたいの」
拓也がグラスにサイダーを注ぐ。グラスからシュワシュワと音がする。
「あんた家に帰ってきた時に『おかえり』って返ってくるの嬉しいか?」
「あー…どうだろ。嬉しいっていうか…安心感かな」
一人暮らしを始めてからは滅多に言わなくなっていた。実家にいた頃も父は日中仕事で家にいなかったため、友人と遊んで遅くに返ってきた時くらいしか「おかえり」が返ってきたことはない。
ただそれが一人暮らしを始めてからは返ってくることがなくなった上に、誰かが家にいる安心感も感じることがなくなった。
遥が腕を組んでブツブツと何かを言う。そんな遥の前に拓也がシャーペンを置く。
「お前。課題やらないのか」
「えー。メンドイ」
今日は日本史と物理の課題が出ていた。
「やらなかったら飯抜きな」
「え、何それ。汚い」
遥が身を乗り出す。しかし、拓也は遥の方には見向きもせずに、再び自分の課題とにらめっこを始めていた。
サイダーのシュワシュワと鳴る音が少しずつ小さくなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます