第12話 朝

翌朝。自分の体が大きく曲がっているのに気づく。拓也がふと左を見ると、遥が自分の腹の辺りを足で押していた。

昨日初対面ということで、布団に距離は開けておいたのだが何の意味もなかったようだ。遥の寝相が悪さに呆れながらゆっくりと起き上がる。

拓也は寝ている遥を横目に朝ごはんの準備を始めた。トースターに食パンを二枚入れ、焼き目がついたらジャムを塗った。これからは食費も2倍だから、遥がアルバイトできるようになるまではこれまで以上に節約をしなくてはならない。

そろそろ同居人を起こそうかと思い、遥を揺すったがピクリともしない。

「こいつ…寝顔…かわ…」

思わず口から零れた言葉。慌てて自分の口を塞ぐ。

遥の寝顔は、SNSに載せれば軽く5万回はシェアされそうなくらい可愛かった。誰かに似ているとかではなく「遥の寝顔」としか形容できない可愛さがあった。

拓也が寝顔を眺めていると、いきなり遥がムクッと起き上がる。

「学校行くの?」

寝起きで目を擦る遥の姿はまるで天使のようだった。だが実際は悪魔であるところが残念だ。

遥にジャムを塗ってあるトーストを渡すと、遥はあっという間にそれをたいらげた。

拓也が歯磨きやトイレをしている間に遥が着替え、遥が歯磨きやトイレをしている間に拓也は着替えた。一応、まだお互いの距離は意識的に開けているつもりだ。

「ルール。覚えてるな」

拓也が壁に貼った紙を指で叩く。

「分かってる。ちゃんと守る」

「じゃあ、お前が先に家を出ろ。俺は鍵を閉めて家を出る。学校に着いたらお前に鍵を渡すから、帰りはそれで家に入れ」

合鍵なるものを作る暇が今はないため、しばらくは拓也が家を後から出ることになった。

遥が先に家を出る。拓也は少し部屋を片付けてから家を出た。

遥は歩きで、拓也は自転車のため、おそらく途中で追い抜くことになるだろう。

しかし、拓也が学校へ行く途中で遥を追い抜くことはなかった。どこかへ寄ったのだろうか。

遥の行方を考えながら教室に入ると、遥は既に教室にいた。

「え、お前早くね」

「ん、普通だけど」

すると光流が後ろを振り向いて「ありゃ普通じゃないって」と言った。

「こいつ走ってるみたいに歩くの速いんだよ」

話を聞いたところ、光流が歩いている横を、自転車とほぼ同じ速さで歩いて行ったという。それを聞いて拓也が深くため息をつく。

「お前…人間の歩くスピードを観察して考えろ」

まさかここでもカルチャーショックがあるとは。

拓也が光流の方を見ると、光流が口を開いて停止していた。まるで時間停止モノのように。

「拓也…おま…いつから遥ちゃんに『お前』とか呼ぶように…」

「え、いや、それは」

「抜け駆けは許さんぞ」

光流の眉間に皺がよる。すると遥「別にそういうんじゃないから」と軽く両手を振りながら言った。もう学校でのキャラに切り替えているようだ。

光流はそれでも2人から目を離そうとはしなかった。

「拓也。わかってるよな」

「わかったよ、スケベ野郎」

「遥ちゃんの前でスケベ野郎言うな!」

光流が拓也の胸ぐらを掴んでいると、朝のチャイムが鳴った。


これから学ぶのは学校の勉強か。それとも、遥が住んでいた世界の文化についてか。先が思いやられる1日が始まった。

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