第3話
すらっとした身体からは想像もつかないほどの力だ。
「痛いから、もうわかったから、離して」
彼は私の手首を掴む手を少し緩めて、もう片方の、ナイフを握っている手で、ナイフを勢いよく引き抜いた。唖然とした。
「どうだ?勇気を振り絞ったとしても、望んだ未来が得られるか?」
なんとなく、言わんとしていることはわかった。彼がナイフを引き抜いても、流れる血液の量はさほど変わらなかった。
服に滲む程度の赤色。こんなのはおかしいということくらいわかっている。変な夢でも見ているんだろう。
いくら現実的に有り得ないことだとしても、夢を見ている最中に『これは夢だ』と自覚したことが、今まで生きてきて一度もなかった私が、こんなにはっきりと『これは夢だ』と自覚していることに驚いていた。
そんなことより。そんなことはどうだってよかった。彼の思考が私の思考と融け合っているかのようで、そうだと考えると同情と愛おしさを感じたのだ。そっと彼を抱き締めた。匂いまでリアルに感じられた気がしたのだ。
彼は微塵の動揺も見せず、ただ私に抱き締められるが儘に立ち尽くしていた。腕を伝う鼓動は温かかった。
イドラの船 樋口キラ @take29hk
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