第2話

 犬のように白いチョーカーをしていた。普通の人より少し背が高くて、着ていた白いプルオーバーはもっと大きくて袖口から指先だけを僅かに覗かせるくらいの大きさ。白い大きめの十分丈のパンツを穿いていた。動作ひとつをとる度に裾が揺れる。髪と瞳は正反対に真っ黒で、その前髪の隙間から私を見ていた。真っ直ぐ私を貫くような目線は、私の酔いを覚ます。


 変な人。変な人なのだろうけど、そもそも私はずっと前から変な人と言われてきているので、ひとのことを変な人だなんて言える立場にはない。しかし、それでも彼はどう見ても普通の人間ではなかった。普通の、精神状態の人間とは思えなかった。


 不思議と『怖い』とは思わず、逆に、未知との遭遇のようで彼のことがとりわけ気になった。無意識的に、グラスを手に取る。感覚が研ぎ澄まされて、手に伝わる冷たさとライムとミントの味と香り、そして彼の姿だけが鮮明に感じられた。他には何もないかのように。

 薄暗い空間の中で、彼の唇が微かに動いた。唇が何かを言っていた。見ていてもわかるわけがないが、それでも目が離せなかった。

 背の低いグラスに大きめの氷と一緒に入った透明な琥珀色のそれを嚥下しても微塵も変わらない表情が変わった。鋭い目つきをしていたのに、突然、虚ろになる。一瞬ゆらっと揺れて、お札を置き、席を立つ。その場を後にする彼の背中を、困惑しながら見ていたが、何か危うげな彼が気になって、私もお金を残して後を追った。


 ドアを開けると、路地裏の暗闇に月明かりが微かに混じっているだけで、彼の姿はなかった。

 自分がおかしくなってしまったのだろうかと思いながら、少し辺りを見回して、何事もなかったかのように歩き出した。足元のすぐそばにホームレスの気配を感じながら、本当におかしくなったのかもしれない、と思いながら。

 思えば最近あまりよく眠れていない疲労からか、酔いがまわるのも早かった気がする。


 次の角を曲がると、足元にまたひとの気配を感じた。また別の気配だ。こんなのおかしい。

 彼が心臓にナイフを突き立てていた。


 「何してるの」

 白い服が赤く染まっていた。なのに、彼はさっきみたいに鋭い目つきをしている。

 「秘密」

 わけがわからなかった。助けを呼ぼうと慌ててスマホをバッグから出そうとする私の手首を真っ赤な手が掴んだのが暗くてもはっきり見えた。その手の力はとても強く、私の手首を痛すぎるほど締め付けていた。

 「誰も知らなくていいんだ。君だけが、この痛みをわかっていればいい」

 「でも、救急車」

 私の言葉を遮るように、手首を握る手により一層力がかかる。

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