イドラの船

樋口キラ

第1話

 あれは私が大人になったばかりの頃。まだ子供から大人になった実感なんてなかったし、そもそも大人と定義される年になったというだけで、その年なんて国によって違う。法律で決められているそれを、私たちが『当たり前』として、『大人』になった、とするだけの時だ。


 私はそれより数年前に、生きていくためにするべき学びというものを選んで、大学に進み、数年かけてそれを学んだ。それっていうのは本当に汚くて、純粋だった子供の私はじわじわと周りの汚い者たちに侵食されていった。

 私が想像していたそれはもっと高尚で、夢のあるものだった。実情それは想像以上に頭を使うものだったし、何より周りの人たちを利用して、貶めて、財を得るという、私から言わせてみれば下劣な活動そのものだった。

 資本主義社会なんてそんなものだ。私にとって市場とビジネスは白か黒かグレーのグラデーションでしかない。そこに他の鮮やかな色はなくて、どこか他の世界にだけ色は存在する。色を持つ、夢だの間の平等だの正義だのは、そこに成り立つわけがない。だからと言って悪い意味の平等に甘んじて、全てが標準化された社会主義がいいとも思わないが。


 そう考えると、社会はどうあれば良いのか、どうあるべきか、なんて解なしの問いなのかもしれない。解なしの問いとして、私たちが生涯を通じて、また私たちがこの世からいなくなってからも暗中模索されるしかないことなのだ。



 ひとは何のために生きて、何をするべきで、何を選ぶべきで、そのためにどう日々を過ごしていくべきか、私はどうやって生きたいのかを考えるのが好きだった。

 資本主義と対極にある、私。私の世界。私の思考。なぜ対極なのか?なぜなら私の考えることなど、社会にとっては何物でもないから。

 私は周りの汚い者たちから、変わっていると言われるのが常だった。私は実に子供で、正義と思うものしか認めたくなかった。綺麗な大人でいようと決めた。都合がいいと言われることは間違い無いと思うが、子供でいると同時に、大人でいることに決めたのだ。

 綺麗なままでいたいから、汚い者たちと関わるのは避けていた。付き合いがなかったわけではないが、本当に心から友達だと思える人は少なかった。特に大学では、私は、本当はひとりだった。



 変わったのは偶然だった。日記を書いては消し、書いては消していて、すっかり何も考えられなくなっていた時。ふと目線を上げると、先ほどまで空いていた席に人がいた。

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