第3話 夢、

山本の心配そうな顔が視界に入り、はっとする。

そう言えば涙が出ていたんだった。

時はその9年後。つまり今、高3の夏だ。

隣にはヒーローがいる。

羨ましいという気持ちと共に、なんとなく心が温まりだした。


「山本は、なんでこんなことをしてるの」


そもそも山本とは特に仲良くも悪くもない。ただのクラスメイトの関係。まず『家この辺なんだ』ってところからツッコミたいくらい。ここは通っている高校からは大体1時間半程かかる、そこそこ遠い地域だと思う。


「俺...小さい時、大好きだった婆ちゃんが死んだんだ」


ポツリポツリと零れ出す言葉。


「なんで助けられなかったんだって悔しかった」


「それでヒーロー?医者じゃなくて?」


普通に考えればここは医者を目指すところじゃないだろうか。


「俺どう頑張っても頭良くなんないんだよ。容量悪くて」


彼は、そう言ってヘラっと笑った。

やっぱりかっこいい、こいつは。でも、


「どうやってうちの高校に?」


私達が通う立崎学園は中学生からすると偏差値60辺り。めちゃくちゃ頭がいい訳では無いがそこそこいい方だと思う。そこまで頭が悪いのならまず入れないだろう。それともただ謙遜しているだけか、、、?


「野球。部活動推薦だよ」


「部活動、推薦...」


思い出した。

山本は1年の頃からあまりにも遅刻ばかりで、野球部の朝練にもまともに出ず退部処分をくらっていた。元々学力が足りていない状態で入学したのに、部活をやめてしまった時点で退学にならないのはおかしいと思っていたんだ。周りも同じことを思っていたようで、一時期クラス内はその話題で持ち切りだった。今思えば、先生はこのことを知っていたのだろうか。それなら辻褄が合う。


「そろそろ学校いくか」


既に立っていた山本は、私の言葉で止められていた足を踏み出した。


が、また立ち止まる。

私は、ちょうど立ち上がろうと腰をあげた時だったので中腰で見上げた。


「内緒に、してくれよ?」


またヘラっと笑う。

山本は笑顔が素敵だなぁと感じた。


「もちろん」


2人で公園を出る。

何食わぬ顔で歩調を合わせてくれるのが小っ恥ずかしい。


「鈴木も小さい頃ヒーローになりたかっただろ?」


うん。

待っていたとばかりに喉から出そうになる言葉を必死に飲み込んだ。

やっぱりまだちょっと照れくさいんだ。


「どうだろうね」


打ち明けるのは、もう少し先でもいいだろうか。



結局その後、他愛もない会話をしながら1時間遅れの通学をした。高校入学以来休んだことの無い私と、野球部退部処分を受けた山本とが一緒に遅刻してくるなんてクラスメイトにはいいネタになったようだ。オマケに授業中に教室に入るなんて。


「山本...今までこんなに視線が痛い中教室に入ってきてたの...」


私にはとてもじゃないけど耐えられない。声を押し殺して隣を平然と歩く山本に話しかける。


「ああ...もう慣れちゃったな」


ほら、そうやってまたすぐ笑う。笑えばなんでも流せると思っているのではないだろうか。

ため息を付きながら席へ着いた。

そういえば、山本は隣の席だった。


興味が湧いたので、お昼を誘ってみることにした。


グギギギ。グギギギ。

この学校のチャイムは変わっている。例えるなら錆びれたドアを開け閉めする音だろうか。私立高校なので理事長の意見は大抵なんでも通るのだが、これまた理事長が変わった人で、このチャイムの音は理事長お気に入りのタイマーの音らしい。実物をみたことは無いが、なんとも不気味だ。


「山本、お昼一緒にどう」


元々私には友達がいない訳ではない。むしろとても仲がいい人が4人。つまり5人でのグループ。皆趣味は違うし考え方も違うけど、人は人、自分は自分だって感じで、相手に深く踏み込んだりもしない。居心地がよくて気楽でいられる場所だ。

だから、皆引き止めたりしない。


「ああ、いいよ」


「ありがとう。皆、今日は山本とご飯食べてくるね」


そう言うと4人は特に気にすることもなく「いってらっしゃーい」と声をかけてくれた。



「で、その人は?」


ここは中庭、初代理事長銅像前。なぜか3人でご飯を食べています。


「ああ、初対面か。卓球部3年、沢田潤だ」


そう紹介されると沢田くんはぺこりと頭を下げた。


「じゃなくてなんでここに」


「俺の友達だから」


ふーん。

卓球部は割と大人しめな人が多い。だから美術部の私からすると馴染みやすい。それ故に、普段不真面目に見える山本と仲がいいのはなんだか不思議だった。


黙々とお昼ご飯を食べる。1人で食べるお弁当はなんとなく喉に詰まる。一人ぼっちにされてるわけではない、ただ1人で食べてるだけなのに、だ。

でも、誰かと食べるお昼ご飯は美味しい。なにも話してなくても安心する。自分は臆病なんだなと思った。


「沢田は、卓球部いつ引退?」


「今度の大会。夏休み入ってからのやつ。」


夏休み、か。今年は受験もあるし、忙しくなりそうだな。そんなことを思いながら「頑張ってね」と言った。


夏は好きだけど、夏のテレビ番組はあんまり好きじゃない。何故って、甲子園ばかりやっているから。別に野球が嫌いなわけじゃない。この季節になっていきなり「野球大好きー」とかいう人達のことが嫌いなだけ。甲子園似行けなかったら他人事のように残念がる。さっきまであんなに応援してたのに。一生懸命頑張った人達に対してあんなに簡単に「かわいそう」とか言えるんだね。選手の皆はきっともっと色んな感情を持っているんだろうなって。

そんなことを考えていたら昼休みが終わった。


午後の授業はなんとか眠気に耐えながらも受け終わった。

ヒーローに会えたというのにあんまりいつもの変わらない。自分と同じ夢を持った人がいたんだって嬉しさとか、羨ましさとか、嫉妬とか、ちょっと引いてるところもあったり。色んな感情が混ざりあってる。けどそれは黒色にはならない。全部自分に必要な感情、そんな感じがした。





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ヒーロー、 紫咲 @Saya3Z

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