第2話 過去の記憶。



何歳の頃だったかすらよく思い出せない。

小さな頃、私の両親は離婚している。母曰く父は酒癖が悪くどうしようもないクズだったらしい。自分の家族だった男だが、それを聞いて大して気になりもしなかった。もう終わったことだと。


それから母は、私を育てるために仕事に明け暮れた。


小学生になった私は、兄弟もいなかったので家に1人でいることを心配され、母が仕事から帰り迎えにくるまで児童養護施設のようなところに預けられていた。そこで、人生初の『いじめ』を経験することになる。


彼女らにはおそらくそんなつもりは無かったのだろう。そして今では、きっと忘れているだろう。いつの時代もそんなものだ。被害者の傷は深い。しかし加害者からすればちょっとした遊びなのだ。


彼女らは私を施設の庭へ呼び出した。2歳上の3人組。元々好きではなかった。


自分が一体なにをしたのかわからない。

呼び出された私は、当時同じ施設に預けられていた仲の良かった2人が喧嘩をしたと知らされる。

だからなんだと言うのだ。

黙って話を聞いていると、彼女らはこう言った。


『あなたはどっちの味方なの?』


そもそも喧嘩の原因はなんだったのか。それすら覚えていない。ちゃんと説明もされなかったのだろう。ただなんとなく、訳の分からないこの時間を早く終わらせたかった。当時小学一年生だったからだろう、どちらの味方かと言われたらどちらかを選ばなければならないと思った。仕方なくどちらかというと持っていた好感度の高い方の友達の味方だと伝える。

すると彼女達は私を叱った。


最終的にはこう言われた。そう、覚えているんだ。はっきり。これだけは。


『あんたはどっちの味方もしなければいいんだよ』


だからなんなんだよ。

気づいたら私は涙を零しながら施設の中へ入っていた。近くにいた先生に事情を説明すると奴はこう返した。


『へぇ』


その目には感情は宿っていない。

私のことなんて心底どうでも良さそうに発せられた一言。

羨ましいよ、本当に。

私には味方なんていなかったんだから。


齢6歳にしてこの世の闇を知った。気がする。


結局、施設の行事なんかに必ず出席しなきゃいけなかったのが母には重荷だったらしく、その施設に通ったのは1年間だけだった。


そして、この時の経験が後の私を動かす原動力となる。



時は過ぎ小学3年。

今度は周りに異変が起こる。


原因はきっと些細なことなんだろう。子供は素直だから、嫌いになったらそれを態度に出してしまう。

いじめの標的になったのは、たまに話すくらいの、それこそ知人レベルのクラスメイト。いや、素直に言おう。友達。だと思っていた。いつだって女子は群がる。どんな時も多対個。嫌な風習だ。


体育の時間。身長順にならび、一つの鉄棒を何人かで使うことになった。なぜなら、少しずつ高さの違う鉄棒が並んでいるから。この日、私の友達は休んでいた。

次の体育の授業では前回作ったグループで鉄棒の前に集まる。友達は身長的に相応しいところのグループに声をかけた。そこには3人。途中から入ってきたことが気に入らなかったのだろうか。


『グループの皆が終わったら座ってね』


先生が声をかけると、友達がまだ終わっていないのに座り始める。許せなかった。味方に、なってあげたかった。


放課後の教室。下校は学年内で纏まって行うのだが、グループの中にいた1人、ナツキは私と同じ地域だった。私は下校グループの全員が揃うのを待っている間にナツキを問い詰めた。


「なんで仲間はずれにしてるの」


イライラは隠しきれない。


「ミウちゃんがそうしようって言ったから」


ナツキは、そう、後ろめたそうに返した。


「...ふざけるな」


集団ですることがどれだけ陰湿か分かるか。

どれだけ人を傷つけるか知ってるか。

なんで嫌いでもない相手をいじめてるんだ。


「あんたのしている事はいじめだよ」


気づいた時にはもう平手打ち。手が勝手に動いていたので悪いのは私の手です。心の中で言い訳をしつつ職員室へ連れていかれた。


暴力はいけない、と。やり返したら同じだ、と。


それは確かにその通りなのだ。言い返す気はない。


いじめの事を知らなかった先生は次の日クラス全体の前で注意を促し、いじめの当事者3人と被害にあった友達を呼び出した。


そして暫く経った日。体育のあとの彼女。

泣いていた。涙を零していた。


そして私は言われる。


「ユメのせいだよ」


言い忘れていたが私の名前は鈴木夢と言う。

そう、私は一年生のころ、夢を持った。

味方になれる人間になりたいと。

心の居場所になりたいと。なのに。

自分の名前と突き刺さった一言は私の夢を砕いていく。


いつだって現実は思い通りには進まない。

生きているかぎり人間は壁にぶち当たるのだろう。

しかしいままでのんべんだらりと生きてきた私にはこれが初めての壁で、乗り越えるには随分と高かった。




『この先、壁でございます。お降りの方はいらっしゃいますか』


ああ、降りなきゃ。向かい合わなきゃ。


ああでも、面倒くさい。


まだいいかな。

もう少し。


もう少し。



『いないようですので、線路を切り替えさせていただきます』


ああ、通り過ぎてしまった。

まあいいか。この先もきっと壁は________


『本生は、人生線にお乗りくださり誠にありがとうございます。ここから先9年間はとても緩やかな道となっております。トンネルの中に入りますので外の景色はご覧になりませんが、ゆるやかな旅をお楽しみください』


私は、心を閉ざした。

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