第1話 月曜日、

ジリリリリ。ジリリリリ。

目覚まし時計の音が部屋中に響き渡る、月曜朝6時。

ついに来てしまった...魔の月曜日である。

奴は一度過ぎ去っても144時間経つとまた復活する。正に魔界から召喚された不死身のバケモノだ。

幸せな時間を過ごすことができる日曜日様はまた144時間後のご来店というわけ。

ご贔屓にして下さるお得意様とクレーマーが必ず続けてくると言うのも困りものだ。と、脳内で愚痴を垂れていること5分。

寝起きの「あと5分...」はつまり現実を受け入れるための言い訳タイムなのである。


「お母さーん!お風呂湧いてる?」


部屋からわざわざ出るのが面倒くさい。だからついついキッチンにいる母に叫びながら話しかけてしまう。よく注意されるのだけれど、直す気はない。


「湧いてるよ」とわざわざ部屋まできて言ってくれた母のためにも急いでシャワーを浴びる。


寝ている間に作り替えられた人間産のUVカット的なものが頭の皮膚に付いているらしいのだが、朝風呂をすることによりそれが剥がれ落ちてしまうらしい。なんて知っていても辞める気はない。面倒くさいから。


思えば小学生低学年の頃も『まだ肌綺麗だから大丈夫』とか言って朝の洗顔をサボっていたがために小鼻には角栓が詰まっている。とれない。後悔はするんだけど。

そんなことを考えつつお風呂に朝ごはん、身支度を済ませてバス停へ。これが私の日常である。

しかし今日は月曜日。月曜日の朝は特に憂鬱だから、いつもと少しだけ違うことをするんだ。


最寄り駅行きのバスに乗って一つ手前の停留所【橋道公園前】で降りる。慌ただしい会社員にのまれず1人の時間を過ごせるから。


_________あとから思い返せば、この日の月曜日だけは人生の分岐点となる程の重大な月曜日だった。


セミが命懸けで鳴いている。

ここは朝7時の橋道公園。


今日は痛恨のミスをしてしまった。

そう、毎週欠かさず買っている週間少年ジャープを買い逃してしまったのだ。

都内ということもあり、ジャープは大抵土曜日には店頭に並んでいる。しかし!フライング&リーディングは私のジャープ愛に背く行為。青い鳥が特徴的なのスマートフォンのアプリ、スイッターのフォロワーがネタバレを繰り広げる休日をSNSから閉ざされた環境で過ごすことにより回避するのがどんなに辛いことか。それだと言うのに、なぜ売り切れていたのか。

公園の前にある小さなコンビニを睨みつけため息をつく。

公園に寄っても晴れないこの憂鬱な気持ちを何で消し去ろうかと考えていた時だった。

「うわあああああん」

子供特有の甲高い声で鳴く1人の少女が目に入った。

どうしたのだろうか。自然と体が動く。駆け寄ろうと3歩踏み出したとき、


「変身!」



それは、聞こえた。

反射的に声の方へと顔が向く。


立っていた。やってきた。


そこには、ベルトを付けたヒーローがやってきた。


月曜朝7時。変身はしていない。


「ヒーローが助けにきたぞ!」


立っていたのは、クラスメイトの山本勇気。

なんて不器用な、月曜日のヒーロー。


どうやら少女はアスレチックから落ちて怪我をしたようだった。

助けに来たヒーローは生憎絆創膏をもっていなかったようなので、私が傷の手当をした。


今は月曜朝7時半。少女が去っていった後の橋道公園。


私と山本は公園のベンチに掛けている。重苦しい空気が漂い、とてもなにか言葉を発せれる状況ではない。なぜなら、この時間にここに居ると言うことは遅刻決定。高校生ライフが始まって以来初めてのサボりと言うべきか。

隣に座る山本も同じ気持ちなのだろうか。



否。恐らく私に『変身!』を見られたからだろう。

山本は今までもよく学校を遅刻していた。

先生に問いただされても『お婆さんに道を聞かれた』だとか『電車内で気分が悪くなった人に付き添っていた』だとか嘘くさい理由ばかりを話していた、のだけれど、、、案外本当だったのかもしれない。今はそう思う。


小さい頃、私もヒーローに憧れていた。

保育園の卒園文集、といっても好きなものや将来の夢なんかを項目に従って書くだけのいわゆるプロフィールみたいなものなのだが、その中に将来の夢、と書かれた項目があった。そこに私は、当時流行っていた美少女戦士が戦うアニメのヒロイン【セーラーサン】と書いたことを後に知り無性に恥ずかしくなったこともある。ちょっとしたトラウマだ。


そんな子供のころの情熱?純情?みたいなものを、ふと思い出したような気がした。

とはいえ、18にもなってベルトを付けている山本には驚いたけど。


重苦しい空気の中、先に口を開いたのは山本のほうだった。


「び、びっくりしただろ。変身、なんてさ。昔から困ってる人を助けるヒーローに憧れてたんだ。放っておけないし、、、。ひ、引いたよな!ごめん忘れて」


山本はそそくさと立ち上がる。


解るよ。だって私も自然と体が動いたもん。見過ごすのできないよね。声かけたくなっちゃうよね。

でも、そんなに自信に満ち溢れていて...


「ベルトなんかつけちゃって。子供じゃないんだから」


....あれ?なんで、いつから諦めた?

いつから子供じゃなくなった?

普通、したくてもなかなかできないよ。


「恥ずかしいって思わない?」


違うよ。違う。そうじゃない。

私が言いたいのは。私は


「...かっこいいって、思ったよ」


子供の頃の夢は涙と共に溢れてきた。



ポツリ、ポツリ。



心のドアの、ノック音。





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