Code of coda 6

 雨夜が一点の曇りもない眼で俺を見ている。間違いない。俺には幽霊が見えるのだと、あの少女は確信を持っている。だがいつ? どうしてばれた? いや、問うまでもない。思い返せばフラグはあった。俺が気付いていなかっただけなんだ。

 俺が通話する振りをしてレイと話す時、いつだって雨夜は俺をじっと見ていた。あれは俺を疑いの目で見ていたんじゃないのか?

 ホテルの部屋でレイと話した後の時もそうだ。大麻取締法で犯人を検挙できると喜び勇んで寝ている雨夜を起こした時、雨夜はすぐに言葉を発した。だが寝起きの悪い雨夜が、起こした俺にすぐさま反応できるわけがないのだ。あの時実は雨夜は起きていて、一人で喋る俺の様子を窺っていたに違いない。

 そして何より雨夜が俺の元へとやってきたこと。これこそが何よりのフラグイベントだ。求人も出してない探偵事務所に、わざわざ遠方から何のあてもなく、働かせてほしいと頼みにくるやつがどこにいる。いるわけがない。だが少女が初めから、この一件に隠された意図を持ってして俺の元に訪れたというのなら全ての説明がつく。俺は雨夜を利用してきた気でいたが、蓋を開けてみれば真逆だったということか。ちくしょうめ。

 実に腹立たしいが、これで全ての説明はついた。雨夜は初めから、俺に幽霊が見えることを知っていたに違いない。しかしここで新たな問題が生まれる。一体誰に聞いた? 情報の出所は? そこの共犯の男か? でもそいつもなぜ知っている。というかあいつはアメリカで会った時点で既に知っている風な口ぶりだった。だがなぜ? なぜやつは知っている。

 自らに問いかけ、必死に解答を手繰り寄せてはみるものの、答えは出ない。そんな行き詰る辻褄合わせの迷路の中、迷っている子羊を導いてくれるような優しい女神様でないことは最初の空き巣事件の時から既にわかりきっていたことであり、

「答えてよ。探偵さん」

逃げ場のない俺に雨夜がさらに詰め寄る。

 ここで何かうまい切り返しをしなければ俺は崖下に転落だ。何か。何かうまい返答は……ないこともない。

「実は前々からお前をつけるよう極秘裏に頼んでおいたんだ。どうにも挙動が怪しいと思っていたからな」

何とか対岸に飛び移れたか?

「だったら、なんでオンにしておかなかったの? GPS。携帯の。その方が楽、でしょ?」

確かに渡した次の日にやたらと携帯を触っていたが、そんなとこまで見ていたのか。

「それに、確かめたから。何度も。いなかったよ。追っ手なんて。絶対に」

 打つ手打つ手を全て撃ち落としてきやがって。つくづく憎らしいやつだ。後ろに活路がない今、かくなる上は横へ逃げる他ない。

「おいそっちの男!」

俺の呼びかけに反応し、雨夜を眺めていただけの男が俺の方を向く。

「お前の――「だからね、おかしいよ。探偵さん」

ジリ貧の俺とは対称的に、余裕を含んだ雨夜の声が神経を逆撫でする。

「今はお前に――「いないんだよ。そんな人」

「は?」

「私には、見えないよ」

たった今、地球の自転が止まってしまったんじゃないか。

「見えてるのは、探偵さんだけ」

そう感じるほどに、俺の思考は停止していた。

「私しかいない。最初から」

弱く吹く風に揺られる枝葉のこすれあう音が空気を揺らしている。


 ちょっと待ってくれ。逃げた先に穴が掘ってあるなんて聞いてない。あいつ幽霊だったのか。

「いないしね。頼れる人なんて」

確かに喋りもせずに雨夜を見ているだけで変だとは思ったが、それにつけてもなんでそう紛らわしいところに立ってるんだ。幽霊なら幽霊らしく姿を消しておけよ。俺を陥れるためだけに八年の時を超えてきたのかお前は。もっと他に何かあるだろうが。ええい、忌々しい。

「それでね、探偵さん。探偵さんには、何かが見える。私には見えない、何かが。いいよね? それで」

 ボガードスタイルの男のせいで最早言い逃れはできん。どう思われようが、全速前進で突っ切るしかない。

「ああ、俺には幽霊が見える」

「幽霊、か……」

「ここに来ちまったのもそのせいだ」

雨夜が俺に背を向ける。

「お前が来る前も、来た後も、俺は幽霊に頼って依頼を解決してきた」

近くに置いてある鞄に手を伸ばす。

「全て幽霊のお陰だ。俺の実力じゃ――「どうでもいいよ。そんなこと」

振り向き俺の言葉を遮る雨夜の手には、小さな袋がかけられていた。

 黙って俺に近づく雨夜。その様子を件の男が眺めている。

「はい、これ。手付金」

「なんの?」

「言わなかったっけ? 依頼がある、って」

依頼? そういえば最初にそんなようなことを言っていた気がする。燃え盛る火の消火活動に追われていたせいで今の今まですっかり忘れていたがな。

 突き出された袋を受け取り中身を確認すると、俺が今まで雨夜に払った給料が入っていた。その総額、着手金としては申し分ない額である。先ほどまでの精神的苦痛を考えると放火犯である少女の依頼を受けるのは何とも気が進まないものの、金があるなら話は別だ。しかし焼け跡からこんな宝が見つかるとは夢にも思わなかったぜ。きっと過去の俺はこの大火の対価を直感的に予期して動いたに違いない。あとは問題の依頼内容なのだが、

「見つけてくれたら、払うから。もっと」

見つけてくれたらってことは

「人探しか?」

「そう」

「誰を?」

微かに逡巡する少女。

「私の……お父さん」

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