Digress from distress

 異様に長かったと思われる空き巣調査に始まる一週間。プロとして気持ちを切り替えた俺がレイに情報を貰ってインサイダーで一儲けすることに成功した後のことをダイジェスト版で少し話そう。

 まず大麻事件の直後はすっかり沈んでいた雨夜はどうなったかと言うと、俺の言ったことが効いたのか、あるいは時の流れとは偉大なものなのか。どちらなのかは分からないものの、徐々に雨夜独特の月のような明るさを取り戻していった。さらに雨夜が元気を取り戻しただけでなく、少女についての情報も徐々に増えていった。

 例えばわかったことの一つとしては、少女は事務所に寝泊まりしているということだ。

 この前のこともあり、朝早くから事務所に来ている雨夜が何時からいるのか気になった俺は、不規則に出勤時間を早めてみた。すると五時くらいに行った時だっただろうか。俺が事務所に入った瞬間に雨夜がソファから飛び起きた。さすがに居るのが早すぎると思い、雨夜の脳が覚醒しきるのを待ってから詳しい話を聞いてみると、いつも俺が帰った後にシャワーを浴びに行き、そのまま事務所に帰ってきて寝る生活をしているらしい。理由を聞くと、家が遠方にあり、帰るのが面倒だからと言っていた。一人で外に泊まることの危険性を説いた上で、親に許可を取っているのかを問い詰めると

「前も言ったでしょ。私が良い、って言えば良いの。それに、警戒はしてるから、ちゃんと。だから、大丈夫」

とのお言葉が返ってきた。確かに起きるのはやたら早かったが、親には黙って出てきたということだろうか。捜索願が出されるべきは雨夜なんじゃないだろうか。

 というようなやり取りがあったわけである。他にわかったことと言えば、父親が吸っているからパイプ葉――ラタキアの匂いが好きであること、助手として働き、得た給料は目的があって全て貯めていることがわかった。ここで当然の疑問が沸いてくる。どうやって生活費を稼いでいるのだろうか? 気になって聞いてみると

「貯金」

と一言だけ返事が返ってきた。ならその貯金を目的のために使えばいいのに、と思う俺はおかしくないと信じたい。

 他にも雨夜を観察したり、時には雑談したりしながら、普段通りのクールな一面や、哲学的な一面、愛らしい一面など、発見したその数。千手観音であろうがヘカトンケイルであろうが指折り数えられないほど多くあるのだが、それら全てを述べることはできないので割愛しよう。

 一方探偵としての仕事はというと、まぁぼちぼちである。まずは飼いインコ探し。これは俺の得意分野であり、レイの適当なコミュ力のお陰か、幽霊の膨大なネットワークを活用することで発見は楽にできた。ここでいつも問題になるのは捕獲の方なのだが、雨夜の気配を絶つ上手さが功を奏して問題なく終了した。

 次に受けたのは素行調査。これは息子を持つ母親からの依頼で、息子と交際している女性の素性を調べてほしいという何とも前時代的なものであった。これは特筆すべきこともなく終えたので詳しい話はしないでおこう。実際あんまり記憶に残ってないしな。雨夜の気配を絶つ能力に改めて感心したくらいだ。

 また雨夜の特技を活かして開けられない鍵の解錠依頼もこっそりと受けるようにしてみると、それについても一件の依頼が舞い込んだ。何とも古そうなダイヤル式の金庫であったのだが、雨夜は俺にはよくわからない道具を使いつつ、一日がかりで見事解錠に成功した。この時依頼主の婆さんがえらく喜んでいたのを覚えている。雨夜もどことなく嬉しそうな感じだった。

 鍵開けについては今後も好評になるかもしれないので、追々事業申請をしておかなければならないだろう。ピッキング防止法的に。


 そんな感じで雨夜も助手として共に事務所にいるのが当たり前となり、どちらともなくコーヒーとカフェモカを一つずつ淹れるのが日課となった日々を過ごしていた、大麻事件から三週間ばかり経った頃の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る