Kidding kidnapper 12
本土へと繋がる橋に差し掛かり、俺たちは今、犯人と誘拐された女の子のいるマンションに近づきつつある。いよいよ今回のクライマックスが近いということだ。だがそんな引き返せない状況にあって、俺の脳内司令本部が「待った」の号令をかけてきた。というのも俺の脳内参謀部では激論が交わされていたからだ。
まず初めに、犯人は本当にどこにも行かないのだろうか。もしこれで行ってみて、マンションがすでにもぬけの殻であったら無駄骨もいいところである。まぁ帰り道であるし、
次に、犯人が仮に家にいたとして、果たして呼び出しに素直に応じるのだろうか。雨夜がどう犯人を呼び出すのかは知らんが、もし犯人が呼び出しに応じれば、それは「私は犯罪者です」と言っているようなものであり、自首することと同義である。稀に「飯が三食出るから」と、わざわざ罪を犯して捕まるような奴も確かにいる。だが今回の犯人がそれに該当するとは到底思えない。この国でマンションどころか大麻を買えるくらいだし、金には困っていないだろうからな。そんなやつがわざわざ自分から捕まりに行くようなことをするはずがない。
雨夜には何か考えでもあるのだろうか? いや、何か考えがあって確信があるからこそ「行こう」と言ったのだろうが――
「どうしたの? 何か、あったの?」
脳内参謀長が
「――ああ、大丈夫だ。こうしてる間にも犯人が逃げるかもしれない、って考えるとな」
「大丈夫。行かないよ。どこへも」
的外れで無駄な心配をする俺を嘲ってか、あるいは俺の緊張をほぐそうとしてなのか。雨夜は少し表情を和らげた。
「絶対に、ね」
しかしこの少女はなぜ自分の想像したシナリオにそこまでの確信を持てるのだろうか。もしかしてこいつが全ての黒幕なんじゃないだろうか? そうだとすれば容易に推理を立てられるのも不思議ではない。
なんてことを雨夜が事務所に来た当初の俺なら思っていたに違いないだろう。実際前回思ったしな。だがこの短い時間を共にした今ならわかる。雨夜はミステリアスでかなり癖が強いが、少なくとも悪い奴じゃない。資本主義的立場に立ち、儲けだけを考えるなら今回の行動も微妙かもしれないが、人を救ってあげたいという気持ちはきっと本物なのだろう。そんな純粋な思いを自らの益のために利用する俺のようなやつもいるわけだが、こういうところで世界のバランスとやらが保たれているのだろう。
などとわざとらしく自分自身に言い聞かせながら歩いていると、気付けば犯人のいるマンションは
改めて見ると何とも高そうなマンションである。オートロックのついた自動ドアは関係者以外立ち入り禁止と言わんばかりの重厚な構えであり、そんな建物の持つ雰囲気に圧倒される。
「それで、どうするんだ?」
「インターホン。出てくれるよ、たぶん」
雨夜が言うようにそうするしかないのだが、番号がわからない。八〇四か、八〇五か。
「犯人のいる部屋は八〇六じゃったぞ」
聞き覚えのある天の声に従い、その通りに押す。
「突然申し訳ありません。私は本倉と申しまして探偵をしているのですが、本日は少しお話を伺いたくて参ったのですが」
響く沈黙。最初からわかりきっていたことである。やはり返事など期待しても無駄だったのだ。
「助手の雨夜と申します。女の子の捜索願はまだ出されていません。でも、もしかしたらまだ希望はあるかもしれません。私もあなたと同じで、女の子を――」
雨夜が喋り終えるのを待たずして、ドアの方からゆっくりとしたモーター音が聞こえた。その音は扉が開かれたことを告げる福音であったのだが、まさか一日に二度もモーター音を聞いて心が晴れることになるとは思いもしなかった。これからはモーターに謝意を抱いて生きることにしよう。
鍵が開いたことに気付いた雨夜は声の調子を少しだけ上げ
「開けていただいてありがとうございます」
と言って、得意な顔で俺の方を向いた。
「だから言ったでしょ。大丈夫、って」
それにつけても雨夜は人の心を開く魔術でも使えるのだろうか。もしそうだとしたら、人にかけるのではなく俺に使い方を教えてほしいものである。それが無理ならせめて対抗魔術の一つでも教えてほしい。
そう願いを込めて雨夜を見つめるものの、当然そんな願いが雨夜に届くわけもなく、先を進みだした雨夜に導かれるよう、俺も犯人がいる部屋へと向かうのだった。
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