Kidding kidnapper 10
ここまでで分かったのは犯人が奇抜なパイプを持っているということだけ。つまり結局のところ俺は、犯人の素性や目的に関わる情報を何一つ見つけられなかったということになる。電子顕微鏡でも捉えられないほどの小さなチャンスであったとは言っても、それをみすみす逃してしまったのは大きい。犯人の部屋。わずかに開いたカーテンの隙間から漏れ出る光のように、他に何か希望の光が差し込んでくれたらよいのだが。
しかしそれはそれとして、犯人はもうパイプを吸い終わったのだろうか。時間にして吸い始めてから十分そこらしか経っていない。長く見積もったとしても二十分だ。パイプを吸うのに普通は一時間近くかかるし、キセル葉にしては随分と長すぎる。
「袋にはなぁんも入っておらんかったぞ」
耳を通り抜けていく間抜けな声。あいつか。帰ってくるのに意外と時間がかかったな。
「いやぁ。他にも豪華絢爛、色とりどり。種々様々のパイプがあっての。それを見ていたら遅くなってしまったというわけじゃ」
なんだこいつ。地味に思考が読めるのか? だがそんなもの聞いたこともないし、心が読めるならもっと自慢げに言ってくるだろう。
「もう一つ頼まれておった葉の方なんじゃが、そうじゃのぉ。なんせ基準がないからわからぬが、特に粗くも細かくもないような感じじゃったの」
となると加湿をしているわけでもなく、キセル葉でもない、か。じゃあなぜなんだ。なぜ犯人はわざわざ袋を移し替えたんだ? 余程几帳面な男なのか――いや待てよ。そんなはずはない。もしそうだとしたら、カーテンを半開きにしておくはずがない。
俺はあらゆる可能性にトライし、その度表示されるエラーの文字に悪戦苦闘する。そしてある一つのキーワードを入力画面に打ち込んだ時、コレクトの文字と共に突破口が開かれた。
そう。そのキーワードとは「大麻」である。何と言ってもあの奇妙なパイプはアメリカの大麻店で見かけたものにそっくりだし、葉っぱがジップロックという味気ない――味があったらそれはそれで困るのだが――袋に入れらている点や、パイプに短しキセルに長しという中途半端な喫煙時間など。全てが大麻というキーワードに帰結される。
これでとりあえずは犯人を麻薬取締法にかけて逮捕することができる。安西に連絡して適当に強制捜査でもしてもらおう。残る問題は犯行理由であるが、それは捕まえた犯人からじっくり聞けばいいだろう。正直、犯人が捕まりさえすれば俺には関係ないしな。
事件解決の糸口を掴んだ俺は高くなった鼻の頂点に立って舞い踊るほどの状態になり、急いで雨夜を起した。
「なに? 何かあったの?」
「どうやら犯人は大麻を吸っているらしい。吸うこと自体は、まぁ問題ないが、所持しているとなれば適当に逮捕できる。これを安西に伝えれば無事解決だ」
「おぉ。あれは大麻じゃったか。通りで妙ちくりんな見た目だと思ったわい」
雨夜は目を閉じ黙って聞いている。きっとまだ眠いのだろう。
「……そう。それで、どうなるの? あの女の子」
「どうなるって、そりゃ犯人が捕まればあの子も親元に帰されるだろうな」
「……そう」
俺の態度とは対称的に雨夜の様子は波紋の一つもない湖のような静寂さを極めていた。ただしその様は風一つなく穏やかというより、台風の目にいるせいで風がないのではないかと。そう感じさせる不穏な気配を漂わせている。
しばしの間彼女は俯き、考えているようだった。きっと今頃、彼女の脳内で何らかの燃料が燃やされまくっているのだろう。彼女が痩せているのは燃料消費率が低いからに違いない。
「ないのかな。どうしよも……」
雨夜の口から溜め息混じりの言葉がこぼれ落ちる。
「あなたは、どう思う?」
どう思うかと問われても、犯人がどんなシナリオを描いたかもわからんし、雨夜が言う「見つかったらいけないような何か」も何かわからん。
大体それと女の子、どちらを取るか決めるのは女の子の親の問題である。女の子が親に選ばれなかったとしても俺は全く関係ない。だが冷徹非常な金のためだけに生きる人間と思われても、それはそれで俺のメンツに関わる。ここは適当に同調しておくべきだろう。
「おそらく難しいだろうな」
「そう、だよね。どっちに転んでも、一人になっちゃうもんね」
どうやら今回のシナリオ。
「どういうことじゃ?」
雨夜の脳内では全てがつまびらかになっているらしい。
「のぉのぉ、わしにも説明してくれんかのぉ」
その物語を俺にも分かるよう戯曲形式で文字に起こしてくれないだろうか。
「でも、可能性はある、よね。まだ。経ってないから。1日しか」
雨夜の伏せられた目がゆっくりと上がり、俺を見つめる。
「お願い、あるんだけど。待ってほしい。あと二日、二日間だけ」
見つめる雨夜の瞳の奥に、はるか遠く、孤独に光る星のような弱い光が見える。
探偵としても回転率的にも一刻でも早く事件を解決すべきなのだろうが、今回の事件は放っておいてもこれ以上被害が深刻になるということも無さそうであるし、意図不明ではあるがここは雨夜に恩を売っておくとしよう。この少女は頭がきれて役に立つからな。
「かまわんが、何か考えでもあるのか?」
「違う。どうにもできない。私には。けど、もしかしたら、ね。だから、話してくる。犯人と」
何を話すかは知らんが、話の通じる相手だといいな。なんせ相手は大麻を吸ってるようなやつだ。ダウナー系であるし大麻の害は低いと聞くが、俺も吸ったことがないからわからない。
「今日はもう遅い。行くなら明日にしよう」
「そうだね。その方がいい、かな。じゃあ、明日ね」
そう言って雨夜は再び体をベッドに預けた。
しかし雨夜はあれだろうか。若さゆえの義信とやらに駆られているのだろうか。だから探偵なんてものをやりたがったのかもしれない。
かくいう俺も思い返せば、若いころはそんなだったな。なんて甘っちょろい感慨にふけるような俺ではない。
幼いころから
したがって今回の雨夜の行動は、一片たりとも共感できるようなものではなく、事件解決の効率低下、ひいては儲けの減少を招くだけの行動であるので、俺としては付き合う理由など微塵もなく、ひどく億劫なのだが、ここで雨夜に恩を売るのも将来的な益のためだと自らを治め、俺は引き続き監視を再開した。
しかし日付が変わるころには犯人の部屋の電気も消えてしまった。部屋の様子を見れば、雨夜が少しの気がかりもないような、安心しきった表情を浮かべて寝ている。
「なんだかな……」
さすがにそんな少女の隣で寝るわけにもいかないので、俺は化粧台に付属する椅子で仮眠を取ることにした。ちなみにレイはどうしているかと言うと、俺が無視し続けたせいなのかは知らないが、いつの間にやらどこかへ行ってしまったようだった。
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