Kidding kidnapper 7

 三十分ほど歩き、今回の目的地である双子の建物付近へとたどり着いた。確かにレイが言っていた通り、件の建物は橋を挟んで東西に並び立っている。その橋はというと、およそ五百メートルと言ったところだろうか。南北に向かって伸び、碁盤の目のように整然と区画整備された埋立地と、今俺たちの立つ本土を繋いでいる。

「あそことか、いいんじゃない?」

「ん? どれだ?」

雨夜は非常に微妙に顔をむっとさせ、腕を上げて指で示す。

「ほら、あれ」

彼女の真後ろに移動し、指先から出る見えない線を追うと、対岸のお高く止まっていそうな建物へと繋がっているようだった。

 俺たちは車が走り抜ける橋を歩き渡り、誘拐先のマンションのちょうど対面に位置する建物の前へと至った。雨夜が先ほど指したのはきっとここに違いない。

 確かにこの建物の上階、あるいは屋上に行くことができれば中の様子をそれとなく窺えるはずだ。しかしこの建物。たぶんホテルだろう。いや決して中世ヨーロッパから時空を越えてやってきたかのような外観でもなければ、怪しげなネオンに彩られているわけでもなく、全うなシティホテルではあるのだが、上階となればシングルの部屋などないだろうし、雨夜と二人で入るというのはいかがなものだろう。雨夜自身も嫌だろうし、親御さんが知ったら怒りのあまり俺が幽霊にされてしまうかもしれない。それに何より、従業員の目が厳しい。

「入らないの?」

この娘。無邪気なのか、はたまた邪気を纏いすぎて気にしなくなっているのか。どちらにせよ大胆不敵であることは間違いないだろう。

「何を躊躇っておる。何も気にすることなどなかろ?」

確かに言われてみれば俺の心がくすんでしまっているだけで、特に気にすることではないのかもしれない。が、やはり俺は気になる。しかしここで停滞していても事態が好転することはなく、時間が経てば経つほどこの迷いが雨夜に知れ渡るところとなってしまう。

「どうしたの? 何かあるの?」

突入を催促する雨夜。ええい、ままよ。

 臆する足のゼンマイを巻いて何とか前へと進み、中へと入る。

「いらっしゃいませ。御予約はされていますか?」

「いえ。予約はしてませんが、最上階で街の方を一望できる部屋が空いていれば、そこをお願いしたいのですが」

「かしこまりました。少々お待ちください」

フロントマンが何やらパソコンを操作している。この間が何ともじれったい。

「ご希望されたお部屋と同じ条件のものが空いておりましたので、そちらをご案内致します」

「本当ですか? ありがとうございます」

まさか予約なしで丁度良い部屋が取れるとは。今日が平日であることと俺の運の良さに感謝しよう。

 鍵を渡された時に受けた説明通りに雨夜を引き連れ通路を進む。そして張り込み用の部屋に辿り着いたのだが、非常に気まずいことにダブルベッドの部屋であった。

 ところが雨夜はそんなのどこ吹く風と言わんばかりに一人窓へと近づいていき、窓の前で俺の方を振り返る。

「おぬし何を立ち止まっておる。娘子の方がよっぽど肝が据わっておるぞ。情けないわい」

正直こいつがいて助かった。完全に二人きりではないという状況が今の俺にそこはかとない安心感を与えてくれる。

 足に油をさし、俺も雨夜に続き窓の方へと近づく。鞄から双眼鏡を取り出して覗き、八階のあたりを東から西へとスライドさせる。

「どう? 見える?」

「ああ、カーテンはまだ開いてるみたいだ。たぶんあの子が誘拐されたって子だろう」

双眼鏡を目元から外し、雨夜に手渡す。少女は双眼鏡を受け取り、すぐに顔を北の方へと向けるので、ずいぶんと真剣な雨夜の横顔が俺の目に映った。

「どれ?」

「――あぁ、八階、右から四件目のところだ。窓の数で言えば八つ目くらいか」

少女の首の振れが止まる。どうやら目的の部屋を見つけたらしい。

「十歳、じゃなくて、八歳くらいかな。あの子」

雨夜が双眼鏡を外してこちら振りむこうとしてくるので、俺は慌てて身を引く。

「でも、やっぱり変、じゃないかな」

「――あぁ、そうだな」

早まった鼓動を抑え込むのに必死になっていた俺は、雨夜の朴訥ぼくとつな感想に同意という合いの手を入れることしかできなかった。

「開けておかないよね。カーテンなんて。普通、もっと奥に閉じ込めるはずだし。見えたら意味、ないもんね。誘拐なら」

確かに。「全くおっしゃる通りでございます」としか言いようがない。数々の事がうまく運びすぎていたせいか、カーテンも空いていて当然であると信じて疑わなかった俺の愚鈍さが恨めしい。

「何だか、見つけてほしい、って、捕まえてほしい、って、言ってるみたい。犯人。誘拐、なのかな。本当に」

なんて俺に聞かれてもな。

「さぁな。俺はもう一度詳しい話を今回の依頼者に聞いてくるから、見張りは頼んだぞ」

雨夜が頷くのを確認した俺は、レイに付いてくるようにと目配せし、ロビーへと降りた。


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