Kidding kidnapper 6

「すみません。ありがとうございました」

あたりは比較的発展しており高層と呼べなくもないマンションが随所に並んでいる。西に十キロほどというのでこのあたりだと思うのだが、目的の建物がどれなのかはレイに聞いてみなければわからない。聞こうと思い辺りを見渡すものの、やつの姿がない。

 幽霊に速度制限などないので俺たちの後を楽々ついてきているはずである。となれば人を小馬鹿にするような性格を考えると、やつはどうせ頭上にいるのだろう。レイのワンパターンな浅はかさに嘲笑を含みつつ上を見渡す。がいない。

「危ない! 伏せるのじゃ!」

突如聞こえてきた警告に対し俺は咄嗟に目を閉じかがみこむ。その直後、近くで激しい爆発音が――

「どうしたの? 急に」

聞こえるようなことはなく、心配げな雨夜の声が頭上から降り注ぐだけであった。

「大丈夫? どこか痛む?」

なおも不安げな声を俺に落とす雨夜。つまりあれか。周りの状況は平和そのものであり、特に何か危険があるわけでもなく、ただ単に俺はレイにはめられたということか。

 状況を理解した俺は怒りに顔を震わせながら、今こそやつに鉄槌を下さんと、固い決意を込めつつ目を開く。と、いた。道路から顔だけを出し、溢れる笑いを必死に手で受け止めているレイの姿が。

「いやぁ、すまんのう。ついやりたくなってしまっての」

立ち上がりつつ俺は雨夜に向き直す。

「大丈夫。少し立ちくらみしただけなんだ。ありがとな」

雨夜が少し大きく胸を撫で下ろしている。きっと本当に心配してくれていたのだろう。もし霊を見える能力を分け与えられる日が来るとしたら、その時は必ずやつに謝罪させよう。

 俺は乱雑に携帯を取り出し、またもや通話する振りをする。

「もしもし、レイか。俺だ」

「おや、意外と怒っておらぬのぉ。感心、感心」

正直に言って俺の心はニトログリセリンで満たされてしまったのかと思うほど今にも爆発しそうなのだが、雨夜の手前そうするわけにもいかない。心に珪藻土けいそうどをしっかりと敷き詰め、何とか爆発を防ぐ。

「今、さっき言ってた場所の近くだと思うんだが、建物の特徴とかはないのか?」

「そうじゃのぉ……。ちょっと待っておれ」

レイが天高く舞い上がり、あたりを見渡して南の方へと飛んで行った。

 それにしてもどこへだって行けるあの特性、本当に羨望せんぼうしてやまない。俺が幽霊になった暁にはチャレンジャー海淵かいえんより深く潜り、エベレストより高く飛んで世界中余すところなく行き尽くし『本倉旅行記』なるものを執筆したいと思う。もちろん幽霊になったら文字なんて書けないし、書けたとしても伝える方法もないのだが。

 などと柄にもないアクティブな夢想をしていると、目標を見つけたのか、レイが上から降りてきた。

「ここから少し南に下ったところじゃな。埋立地と本土を繋ぐちょっとした橋があるじゃろ? その橋を挟んで東西に並び立つ双子の建物。それの西側にある方じゃな」

その立地だと橋の上、あるいは対岸に高い建物でもあればそこから様子を窺えるだろうか。

「その情報は確かなんだな?」

「うむ。犯人のいる部屋に入って確かめてきたからの。間違いないわい」

わずか一分も経たない内にあそこまで往復してきたというのか? 片道二キロはあるはずだぞ。やはり幽霊というやつは本当に便利な存在だな。

「わかった。とりあえずその方向に向かってみる。また連絡するかもしれんが、その時はよろしく頼む」

「おぉとも。いつでもその小芝居をするがよいぞ」

 以前から常々考えていたのだが、幽霊の助手というのも色々と使い道があるし、一人くらい確保しておいた方が都合良いかもしれない。最大のネックである人件費もかからないしな。しかし別の問題として、奴らは基本的に興味がないことにあまり長い間付き合ってくれないということがある。とは言えレイなら――他の奴も大概だが――やたらと暇してそうにしているし、きっと引き受けてくれるだろう。他に適当な奴を新しく見繕うのも面倒だしな。後でこっそりと打診してみるとするか。

 携帯を懐に戻し雨夜を見ると、前回と同様すでにこちらを見つめていた。見られている上に待たれているというのは何とも気恥ずかしいが、何だか忠犬みたいで決して嫌な気はしない。

「ここからさらに南に二キロほど下ったところに目的の建物があるらしい。ひとまず行ってみるか」

雨夜が視線を外さずに頷く。俺はそれを同意と受け取り、道中で軽く食料を買いつつ目的地へと歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る