Kidding kidnapper 5

「そっか。だいたいだけど、わかったかな」

どうやら少女は複雑に編み込まれて出来上がった人間模様をいとも容易く解きほぐして糸に戻せたようだ。この処理能力を持ってすれば、きっと一目見ただけで結び目か絡み目かを造作もなく見極められるんだろう。

「でも、どうしてわかるの? その人がパイプを吸ってる、なんて。理由は?」

「だからわしが見たと言うておるじゃろうに」

いきり立つレイであるが、残念ながら相手に聞こえない声で喋ったとしても、それは何も言っていないのと同じである。だから少し黙っていてくれないだろうか。

「それはある筋からの情報だ」

「ある筋?」

あたかもイルカの絵売りを見ているかのような、淀んだコールタールの目で雨夜が俺を見てくる。

 疑惑の目を向けられるのは不愉快ではあるものの、情報源が幽霊である以上ある筋としか言えないのだから仕方がない。人に幽霊が見えると言ったら噓つき呼ばわりされ、疑われ、気味悪がられるだけだからな。特に情報が詳細であるほどにな。

 とりあえず何とかして探偵っぽく、かつ有能そうな返答をするしかないだろう。

「たぶん誘拐先を何とかして覗けるようにしたんだろう。探偵にとって所持する情報筋は命より大切だからな。情報の入手方法については、まぁ信頼関係もあるし探ってはいないが、そうだな。いつか雨夜が俺の跡を継ぐってなった時には教えてやるさ」

雨夜の頭がわずかに沈み込む。もしかして落ち込んでしまっただろうか。

「確かにそう、だよね。ネットワークは秘中の秘、だもんね」

訳知り顔といった様子で雨夜はそう言ってのけた。この少女は一体どんな裏社会を生き抜いてきたと言うのだろうか?

「顔見知りの人が誘拐して、女の子も、どことなく同意してる感じで。難しい、ね。でも、何もされてないなら、見てみた方がいいと思う。様子。少しの間、だけでも。今のままじゃ、わからないから。本当に、誘拐なのかどうかも、ね」

確かに少女の言う通りである。百聞は一見に如かず。幽閉先がわかるなら自ら見に行ってみればよいではないか。なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。もしかすると俺の探偵力も鈍ってしまったのかもしれない。と落ち込むにはまだ早い。きっと短い間にインパクトのある強キャラ達と連戦したからに違いない。そういうことにしておこう。

 だが考えてみれば内容の不可解さに気を取られて、女の子が囚われている場所をまだ教えてもらっていなかった。レイに教えてもらうべく俺は雨夜に、

「ちょっと待っててくれ」

と伝えて一つの小芝居をしようと机の上にある携帯を取った。と思ったのだが手は空を切る。

 携帯がない。一体どこへ置いたんだ? 俺は携帯を探すためレーダーの如く辺りを見回す。

「ポケット。入れてたでしょ? 電話の後」

雨夜が指し示す胸の内ポケットを探ると、確かにある。疑うならまず自分からということか。それにしてもつくづくよく観察しているやつである。きっと視界に入ったものを録画できる機能でも付いているのだろう。

 雨夜の優秀さに感心しつつもドン引きするという、今までにない奇怪な感情を抱きながら、俺は何がしか携帯を操作している振りをした。

「もしもし、レイか」

今まで無視していたからか、拗ねていたレイが顔を明るくし、声を弾ませる。

「おぉ、おぬしも考えたの。これで心置きなくぅ、所構わず喋れるというわけか」

所構うこともあるし、時も選ぶがな。

「その誘拐されたっていう女の子がいる場所について知らないか? 自分の目で確かめておきたくてな」

「もちろん知っておるとも。ここから西におよそ十キロほどいったところに背の高い建物があっての。それの八階、北に向かって右から四つ目の部屋だったかの。詳細な場所までは覚えておらんが……。まぁ近くに行けばわかるじゃろうて」

何て曖昧な情報なんだ。

「そうか。またそれらしきところに近づいたら連絡する」

「わしも付いて行った方が良いと言うことじゃな」

「ああ、頼んだ」

通話を切るふりをし、携帯を懐に戻して雨夜の方を見ると、彼女もまた静かに俺の方を見つめ返していた。

 何だろうか。俺の顔に何かついているとでもいうのだろうか。そう思い急いで顔をこすってみるものの、別段何かついているというふうでもない。

「だいたいの場所はわかったから、とりあえず一度行ってみるか」

平常通り、雨夜は俺の言葉に対し無言で頷く。さきほど見ていたのはきっと俺が待っててくれと言ったからだろう。

 俺は長引くかもしれない偵察のため、防寒対策や双眼鏡、ビデオ等の準備を整え、雨夜と共に現場のある方面へと向かうためにタクシーへと乗り込んだ。タクシーの前席にはちゃっかりレイも乗り込んでいた。しかし当然ながら物理制約のかからないレイは走り出すタクシーに置いて行かれ、後ろに飛んでいく姿を見てニヤ付いてしまったのは言うまでもないことである。

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