Kidding kidnapper 4

 人差し指を回しに回した結果わかったことが一つあるのだが、女の子が騒いでいないなら通報のしようがない。騒いでいれば、子供なんていないはずの部屋から子供の声が聞こえるとでも通報できるものの、騒いでいないなら何と言えば良いのか。人がさらわれるところを見たとでも言えというのか。しかし今日のこの時点で犯行から一日が経過している。なぜすぐに言わなかったのかと問い詰められるに違いない。さらに幽閉先まで知っているとなると、間違いなく犯人の協力者だと思われてしまうだろう。どうしたものか。

 とは言え必死に考えたところで、加工精度の低い減速ギアを噛ませに噛ませる俺の思考では損失が多すぎて良案が浮かびそうにない。全くもどかしい限りである。早く脳にモーターを直結できるようになる日が来ないだろうか。まぁ直結出来たとしても、それはそれで遠心力に脳がやられてしまいそうである。やはり人間、高望みせず身の丈に合った行動をするしかないということなのだろう。

 また一つこの世の夢のない真理を意図せずして解き明かしつつ、等身大の行動をするため俺は安西に連絡して、十くらいの女の子に捜索願が出されていないかを尋ねてみることにした。

『はい、安西です』

「どうも、本倉です。伺いたいことがあって連絡したのですが」

『おや、件の空き巣のことなら今朝、家宅捜索を行ったところ無事証拠もあがりましたし、解決の運びとなりそうです。さすがの名推理と言わざるを得ませんねぇ。感服致します』

いちいち腹立たしい言い方だが、推理が合っていたというのは僥倖ぎょうこうである。あとで雨夜にも伝えるとしよう。

「それはよかったです。ですが電話したのはそのことでは無くて、昨日か今日に十歳前後の女の子に捜索願が出されていないかという確認がしたくて」

『どうでしょう。それは調べてみないとわかりませんねぇ。何か、あったんですか?』

しまった。理由を考えていなかった。

「いえ、特に何もないんですが、何かこう、ひっかかる気がしまして」

『……まぁあなたのことですから、何か考えでもあるのでしょう。後で調べてお伝え致しますよ。それではまた』

 あいつがやたらと俺を高く買っているおかげで何とかなったが、そんな俺の評価に比例して依頼料が増えていかないのはなぜなんだろうか。

「捜索願が出されているかは後で連絡するとさ」

「そう。わかった。でもそれって、誰が持つ、誰への願い?」

なんだ? 詩人でも攻めてきたのか?

 慌てて声のする方向を見ると、敵対するには二つの意味で心苦しい雨夜の姿があった。

「なんの話なの?」

いつの間に帰ってきたんだ。相変わらず気配を絶つのがうまいやつである。きっと念能力の修行に勤しんできたのだろう。などど有り得ない推測をしている場合ではない。レイと話しているところを見られてしまったかもしれない。

「いつからいたんだ?」

「探偵さんが、こう」

言って両の手の人差し指をピンと伸ばす雨夜。

「指をくるくるしてる時から、かな」

会話を見られていなかったことによる安堵と、普段のクールさからは想像もつかないような間の抜けた仕草に思いがけず顔が緩む。

「何か、変? おかしい?」

少女は指を止め、幼さの残る顔を微妙にむっとさせながら問いかける。

「いや、何でもないんだ。それより例の空き巣犯なんだがな、証拠があがったらしいぞ」

少女の顔がすかさず真剣で澄んだ表情に戻る。

「そう。電話、安西さんだったんだね。なら、さっきのは依頼? 誰かからの」

 やはり突いてくるか。うまく逸らしたと思っていたが、放す気など毛頭無さそうなこの食らいつき。こいつはワニの生まれ変わりなんじゃないか? だとすれば口の重さも、気配の無さにも納得がいく。

「ああ、午前中パソコンをいじってただろ? そこに匿名の依頼が来ててな。女の子が誘拐されたっぽいところを見たから、それを助けてほしいんだとさ」

「なぜわしのことを隠すんじゃ? 別に隠さずともよかろ?」

「匿名? その子の親とか、知り合いとかじゃなくて? ……なんか、怪しい」

「なんじゃと! わしを疑うというか」

少し前まで雨夜自身も名を伏せていたことをさらっと棚に上げた点については、よほどのうっかりさんということにしておいてやろう。

「わしが生身ならその疑いすぐにでも晴らしてやるというに」

しかし怪しさについてはいい勝負どころか、余裕の押し切り。右に並ぶ奴はいないだろう。

「まぁひとまず聞いてくれ。これが何とも奇妙な依頼でな――」

 そう言って俺はノイズキャンセリング機能をオンにし、常に聞こえてくる騒がしい声をシャットアウトしながら、犯人の発言以外のレイから聞いた内容をそっくりそのまま雨夜に伝えた。雨夜は黙って俺の話に耳を傾けていた。

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