Burglar Burger 7

 事務所へ向かう道中は俺を先頭に、次いで被害女性、少女という並びで、少し離れたところで刑事が殿しんがりを務めるという布陣で臨んだ。『小象の行進』が聞こえてきそうなお気楽ハイキングというような雰囲気でもなければ、煌びやかな大名行列という恰好でもなく、仲間が皆倒されてしまい、復活のために教会へと戻る道中のような不安感とでも言えばよいだろうか、そんな重い空気が終始立ち込めていた。


 到着して間もなく、俺は給湯室へと向かった。緊張をほぐすならば、とりあえずは甘い飲み物の方が良いだろうということで、ホットカフェモカを被害女性と少女に淹れる。

 なぜそんな用意があるかのというと、少し前にカフェモカを作れたらお洒落なんじゃないかと思って作ってみたからだ。しかし俺には甘すぎたために、使い道のないチョコレートソースが申し訳なさそうに冷蔵庫に居候していたわけである。

 カフェモカを持っていくと、まずは被害女性――相生さんが一口飲み、小さく深いため息をつく。次いで助手(仮)の少女。コーヒーの時と同様に恐る恐ると言った様子で手を伸ばす。だがコーヒーの時とは違ってえらく味が気にいったのか、口元が少し緩んでいた。何とも言葉にしがたく小田和正状態ではあるが、その姿を見て奇妙な満足感を満喫している俺がいることに気づく。きっとチョコレートソースの生きる道を見つけられたからだろう。

「それで、どういうことなんですか? 私の部屋が盗聴されてるかもしれないって」

一通り落ち着いたのか、被害女性が小さく強く尋ねる。

「そうですねぇ。それは本倉さんから説明していただくとしましょう」

一同の注目が俺に集まる。どうやら真打登場、俺の見せ場が来たようだ。

「えー、簡単に言うと、相生さん。あなた最近悩んでることはありませんか?」

「言わなきゃ駄目なんですか?」

質問に質問で返すんじゃない。親に教わらなかったのか。

「いえ、特に言わなくてもけっこうですよ。つまり今回の連続空き巣犯は」

少し間を置く。こうすることで探偵っぽさが二倍増しになるというのは無論、俺の持論である。

「相生さんのが行ったことではないのかと、僕たちは考えているんです」

少女の方に目をくれる。無言の肯定が返ってくる。

「えっ。 そんな人がいるんですか?」

俺に聞かれても困る。もし知っているやつがいるとしたら、ニヤけ野郎のようなストーカーをストーキングすることに成功したやつだけだ。

「あくまで可能性の話です。その結論に至る根拠を今から説明します」

 推理を披露するとあって手に汗が滲む。得も言われぬ高揚感が沸き上がる。アレクサンドロスよろしく、この胸の高鳴りこそが長年求め続けてきたオケアノスの潮騒なのだろう。などとは少しも思わないが、何度経験しても良いものである。どれくらい良いものかと言うと、なぜ探偵をしているのかと問われれば、一点の曇りもなく金のためだと答える腹積もりだが、この昂ぶりを味わうことも目的の一つなのかもしれないと、不意にそう思ってしまうほどである。

「まず今回の連続空き巣被害には特徴的な点が二つありました。一つ目はわざわざピッキングによる侵入がなされている点。もう一つは衣類が盗まれているという点です」

「服は確かに変だし、気持ち悪いですよね。でもピッキングなんてよくあることじゃないんですか?」

話の途中で口を挟むんじゃない。中学校で学ばなかったのか。

「まぁまぁ、最後まで聞いてください。ピッキングは通常複数犯で行われます。しかし今回の犯人は単独犯であると考えられます。そうだよな?」

少女の方に視線を向けて問いかける。

「そう。ピッキング。あの鍵、時間かかるから。開けるの。だから、他の人が来ないか、とか、見張りが要るの。でも、少ないから、盗品。だから、ね」

なるほど。だから単独犯だと気付いたのか。若干言葉足らずの説明だが俺には十分に伝わったぞ。

「複数犯となれば盗り分は山分けになります。なので多くの盗品が必要ですが、今回一連の被害は置いていた現金に貴金属類及び衣類が数点と、全て小規模です。それに、普通に考えて多くのものを盗みたいなら戸建てやマンションに侵入すると思いませんか?」

「そうですねぇ。その方が合理的でしょうねぇ」

「じゃあなんで私の家みたいな、普通のアパートに来るんですか? 他のとこ行けばいいのに」

だから単独犯だと考えているとさっきから言ってるではないか。

「その理由は後で説明しますから、とりあえず今は続きを。今回一連の犯行による戸建てやマンションでの被害はありません。ここでどちらが真実として有りそうかを考えていただけますか? 小銭稼ぎにわざわざピッキングで、しかもアパートを荒らしまわっている複数犯がいるのか。あるいは単独犯がいるのか」

「……私に聞かれても。犯人見たわけじゃないですし」

そりゃそうか。ただの空き巣だと考えればどちらにしろメリットはないからな。まさか幽霊に聞いたと言えるわけもないし。言っても信じてもらえまい。

「どちらにしろ複数犯だと考えると、規模の小ささがやはり気がかりです。したがって単独犯だと仮定しましょう。ところで、そもそもピッキングで入る最大のメリットとはなんでしょうか?」

「そうですねぇ。何といっても侵入を被害者に悟られにくい、の一点に尽きますかねぇ。しかし一連の事件において全て部屋の中は荒らされていた。不思議ですねぇ。これではメリットがなくなってしまいます」

 そう。正しくその通りなのだ。これでは『あなたの誕生日にサプライズパーティを計画しているのですが、何か欲しいものはありますか?』と祝われる本人に聞くようなものであり、ただの空き巣だと考えれば肝心なところで詰めが甘いとしか言いようがない。

「じゃあなんでピッキングなんてするんですか?」

理解できない不快感が恐怖へと変貌したのか。被害女性が堪らないといった様子で声を上げる。

 相生さんが持つカップからは依然として湯気が立ち昇っている。

「今回の最大の肝はそこなんですよ。どうして利点をなくすようなことをしたのか。そこで私は考えたのです」

三人ともが、一層俺に注目する。とりわけ少女は八百屋でキャベツを選んでいるかのような、そんな眼差しで俺を見ている。

「犯人はピッキングをする別の目的があったのではないか、と。つまり空き巣は表向きの理由付けで、実際はただのだったのではないか、と考えたのです」

 この時、少女の視線が満足げな様子で落ちていくのを、俺は見逃さなかった。

「つまり本倉さんが言いたいのは、まぁ架空の人物ですが、相生さんのストーカーが相生さんの部屋に入り、その服を盗むことが最終目標だった、と。そういうことですね?」

「そういうことです。無差別に連続的な犯行をすることで、被害者の人間関係から作られる捜査線上に乗るおそれを下げることができますから」

「しかしそれだけなら、わざわざピッキングをする必要がないのでは?」

 当然の疑問と言えば当然の疑問だろう。実に悔しいが眉目秀麗、文武両道を地で行く安西ほどの男であれば不敗どころか常勝、ストーカー心理など到底わかるまい。

「ピッキングにはもう一つ、先ほど挙げなかった利点があります。それは侵入に成功すれば第三者に見つかりにくいという点です」

「なるほどねぇ。それで盗聴されているかもしれないという話に繋がるのですね。設置には時間が必要でしょうから」

さすが安西。と言いたいところだが、少しでも長くいたいという変態的心理考察が抜け落ちているあたり、俺の方がある点では勝っていると言えるな。もちろん裏を返せばある点で劣っているということなのだが、今は目を向けないことにしよう。

「鍵の形式が同じ家ばかりを狙ったのも一種のというか、練習がてらという気持ちだったんでしょう。以上が私の考えた犯人及び犯人像です」

「ちょっと待ってください。話は何となく分かりましたけど、本当にストーカーなんているんですか? 私は全く気付かなかったんですけど……」

 ニヤけ野郎のヒントを考えればいないはずはないのだが、それを暴露するわけには行かない。出る杭は見えなくなるまで打ち込まれるのが社会の常だからな。

「それはどうでしょうねぇ。本倉さんの推測が合っているとして、そこまで用心深い犯人なら相生さんに悟られないよう、付き纏いをしているのかもしれませんね」

ナイスフォローだ安西。畳みかけるなら今しかない。

「今回は今までと違い、下着が盗まれている点を考えれば可能性は高いと思いますが、合ってるかを確かめる方法は今後犯行が続くかどうかを確認するしかありません」

 結果は見てからでないとわからないという不安感からか、一瞬の沈黙が流れる。

「差しあたって盗聴器を探しに行きたいんですが、犯人が相生さんの家の近くで聞き耳を立てていた場合、探知機のハウリングで気づかれてしまう可能性があります。気付かれれば証拠は捨てられてしまうでしょう。なので出来たら、相生さんには外出していただいて、その間にこちらで探すというような形で進めたいんですが、許可していただけますか?」

明らかに被害女性の顔が曇る。

「調査には少女の方を向かわせます。無料で部屋の安心が買えると思って、よろしくお願いします」

 事務所に初めてやってきた時と同じような面持ちで少女が被害女性を見つめる。女性も視線を投げ返す。


 二人が膠着状態に入り、どれほどの時間が経っただろう。とても長い間続いているような気がするし、そうでもない気がする。その様子を見ている俺はと言えば、なぜだかはわからないが、知らないうちに汗を滲ませていた。

 なおも続く静寂。不意に被害女性が手に持つカップを机に置いて下を向く。

「わかりました」

淹れてからけっこうな時間が経って冷めてしまったのか。カップから立ち昇る湯気は、とうに消え失せていた。

「それで、どれくらい時間かかるの?」

相生さんの話しぶりからして、どうやら少女に問いかけているようだ。

「探すのは、十分もかからないと思うから。鍵、貸してくれるなら、一時間あれば、たぶん」

「一時間かぁ。どこか行くには微妙だなぁ……。じゃあさ、終わったら電話してくれる?」

わずかに少女の体がのけ反る。どうした少女よ。なぜそんなに困った顔で俺を見る。まさかこいつは携帯電話を持っていないのだろうか。だとすれば先の反応も納得できる。ならばここは俺が返すしかあるまい。

 適当な紙に電話番号を書いて被害女性に渡す。

「報告があれば私の方からその番号で連絡差し上げます」

被害女性が携帯を取り出し何やら操作をしていると思っていた矢先、俺の携帯が一瞬だけ震えたのを感じた。

「それ私の携帯からです。わかったらその番号にかけてください」

そう言った被害女性はすでに荷物を持って立ち上がっていた。

「鍵はその机の上に置いていきますので、私はこれで失礼します。ええと……」

何やら被害女性が言葉を探している。それほど見つからないのであれば、すぐ近くの警察に探してもらったらどうだろうか。

「まぁいいや。じゃあ探すのお願いね」

少女は無言でうなずきながら被害女性を見送っている。女性の姿が見えなくなると、少女は前に示した倉庫で必要なものを取りそろえ、足早に階下へと消えていった。

 意外だったのは、相生さんが存外気さくでおおらかな人だったということだ。最初の疑り深くヒステリックな感じは、状況が掴めなかったからなのだろう。


 周りを見渡せば、部屋に残されたのは俺と安西の二人。男だけの、見る人が見ればかぐわしく華やかな会場になってしまった。

「二人だけになってしまいましたねぇ」

今気づいたんだが、こいつからはどことなくニヤけ野郎と同じ臭いがする。急に忌々しく思えてきやがった。さっさと帰ってくれないだろうか。

「本倉さん。もちろん忘れていないとは思いますが、今回の依頼、警察からのものです。ですから先にこちらへ連絡いただけますかねぇ」

そんなこと言われなくてもわかっている。こう見えても少しは探偵を生業としてやってきたんだからな。

「それでは私もこれで失礼します。くれぐれもよろしくお願いしますよ」

何度釘を刺せば気が済むんだ。ネイルガンかお前は。

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