Burglar Burger 6

 朝事務所に行くとやはりというかなんというか、本棚の前に佇む少女の姿があった。彼女を横目に俺は給湯室へと向かい、コーヒーを淹れる。

「お前も飲むか?」

給湯室から顔を出して彼女に尋ねる。返事の代わりに頷きが返ってくる。

「ミルクと砂糖は自分で入れてくれ。好みの量がわからんからな」

ガラステーブルにソーサーとカップを置く。すると彼女はこれまた慎ましやかにソファへ腰かける。彼女はどことなくぎこちなさそうにカップに腕を伸ばし、恐る恐るといった様子でブラックコーヒーを小さな口へと運ぶ。途端に彼女の表情が一瞬歪む。

 どうやら彼女はあまりコーヒーを飲んだことがないのか、その後角砂糖を一つ入れ、飲んでは首を傾げ、また一つ入れては首を傾げと繰り返していた。

 何とも言えない奥ゆかしさを感じる光景である。親が子供を見ている時の気持ちはこれに近いものなのだろうか。などと想像してはみるものの、俺には推し量りようのないことである。ただ一つだけ言えることは、今日のコーヒーは普段より温かいような、そんな気がしたということだ。


 次の空き巣被害が出るまで進展は望めそうにないが、コーヒーの温もりのおかげか質問をするにはうってつけの空気である気がする。そこで俺は、予てから疑問に思っていたことの一つを少女に尋ねてみることにした。

「いつもピッキングして入っているのか?」

「そう。開けるの簡単だから、ここの鍵」

なるほど。全くわけがわからない。鍵を開けるのが簡単だから勝手に開けて入るという論理展開が謎すぎる。論理的必然性を求める昨日の姿勢はどこへ行ってしまったのだろうか。

 しかし今重要なのはそこではない。

「昨日の話からも思ったんだが、どうしてそんなに鍵に詳しいんだ?」

「昔から言うでしょ。芸は身を助く、って」

なるほど。さっぱりわけがわからない。鍵を開けられたらどこでどう助かるというのか。少なくとも俺の人生において、ピッキングができないことによる不利益が生じたことはないし、おそらく大半の人がそうだろう。こいつは脱獄でもしてここに来たとでも言うのだろうか。

「仕組みがわかればできるよ。探偵さんも。絶対に」

「する気もないし、そもそもそういうことじゃなくてだな――」

言葉を続けようとしたところで机の上に置いていた携帯電話が鳴動する。画面を見ると相手は依頼を持ち込んできた警視・安西であった。俺の読み通り次の被害でも出たのだろう。

 携帯を手に取り、電話に出る。

『本倉さんですか。今お時間よろしいですかねぇ』

気配が全く無かったが、気付けば少女が俺の近くで聞き耳を立てている。きっと伊賀やら甲賀やら名門の忍びの出に違いない。などとくだらないことを考えつつ、少女にも電話の内容を聞かせるために通話をスピーカーにし、話を聞くことにした。


 電話の内容は同様な被害の新たな空き巣が発生したので、これから一緒に現場へ行かないかという旨であった。この時間に通報があったということは被害女性は朝帰りなのだろう。仕事ならいざ知らずであるが、そうでないならばお相手が羨ましい限りである。

 またそれとは別件で、半年ほど前から大麻の流通量が増えているので出元を探ってほしいということであった。

「税関で捕まらないってことは、栽培されてるのかもね。どこかで」

推理する思考の立ち上がりが異様に早いやつだ。SSD搭載型の少女なのだろうか。

「でも、それより行かないと、ね」

彼女はそう言い残し、入口へと向きを直した。

「あれはちゃんと準備したのか?」

「まだ。けど、すぐには使えないから」

確かに。犯人に聞かれてしまうと色々とまずいことになるかもしれないからな。




 事務所を出て二十分ほど歩き、現場に到着すると安西が先に着いて待っていた。

「すみません。お待たせいたしました」

依頼を持ち込んできた安西に詫びる形をとる。

「いえいえ。私も今しがた着いたばかりですよ」

 取るに足らない社交辞令を交わした後、俺は安西に俺の推理、という名の推測を説明した。

「そうですねぇ。今度の被害者は丁度女性ですから、可能性としてはなくもなさそうですねぇ。もしその説が合っているのであれば、被害者の女性に説明するための別の場所が必要になりますねぇ」

「私の事務所はどうでしょう。ここからならさほど遠くありませんし」

「そうですねぇ。ではそうしましょうか」

「被害者の女性には筆談で内容を大まかに教えて協力してもらう、というのはどうですかね」

「そうですねぇ。それが最善策でしょうか」

 話がまとまったところで俺たちは被害者女性宅の呼び鈴を鳴らす。

「すみません。警察の者です。通報を受けてやって参りました」

安西がインターホンに呼びかける。さすがに自分から警察を呼んだだけはあってか、ホストの男とは比べ物にならないくらい早く女性が顔を覗かせる。

 被害女性はいかにも私不安ですといった表情だ。女性の一人暮らしであれば当然の反応だろう。さらに俺の推理によって彼女を恐怖のどん底に突き落とすような行為をするのは忍びないが、致し方あるまい。

「警視の安西です。相生さんで間違いないですか」

「はい。そちらの方は?」

被害女性が訝しがるので俺の探偵ライセンスを取り出す。

「こちらの二人は連続する空き巣被害の調査に協力してもらっている探偵の本倉さんと、その助手の方です」

被害女性は同性である少女を見て安心したのか、わずかばかりの安堵を浮かべる。

「まずは部屋の方を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ。今片付けてる途中で、散らかってますけど」

なんてことだ。現場の現状保持は基本だと小学校で習わなかったのか。


 部屋に入ると、本当に家中ひっくり返されたのか、かなり散らかっていた。被害者の相手を安西にしてもらい、俺は少女に小声で尋ねる。

「鍵はどうだった?」

「刻印、見たけど。同じだと思う。この家も」

俄然、連続空き巣と同一犯である可能性が高まる。もちろん推理が合っていればの話であるが。

「あとは、誘導するだけ。うまく、ね」

それが難題である。果たして苦も無く俺の推理が受け入れられるかどうか。

 向こうでは安西と被害女性が話している。

「つまり盗品は現金と貴金属類が数点でよろしいでしょうか?」

「ええ。あとは、その、服と、それに下着が少しだけ。なんでこんなものを盗むんでしょうか。高いものでもないのに。気持ち悪い」

下着まで盗まれているとなると、やはりここが本命、天守閣といったところか。何としてでも被害女性を納得させて協力してもらわなければ。

「そうですねぇ。理由はともあれ、被害状況は最近頻発しているものと同じですねぇ。きっと同一犯によるものでしょう」

それとなく声を張り上げて見解を述べるあたり、さすがは安西と言わざるを得ない。若くして警視になっただけのことはある。

「とりあえず被害届を書くために一度交番まで足を運んでもらってもよろしいでしょうか? 本倉さんの事務所が近くにありますし、そちらでも構いませんよ。交番と違ってくつろげますしね」

おいおい。段取りと違うぞ安西。

「ここじゃ駄目なんですか? 今はあまり家を空けたくなくて」

ほら見ろ言わんこったない。それが普通の人間の心理というやつだ。

「そうですねぇ。心中お察し致します。ですが、できれば来ていただけると事が運びやすくて助かります」

喋りながら携帯を被害女性の眼前に差し出す安西。女性の目線が画面を左右になめる。

「これ、どういうことですか」

女性の顔には不安が、声には絶望がありありと浮かんでいる。

「協力していただけますかねぇ」

諭す安西の調子は穏やかではあるものの、有無を言わさぬ気迫に満ちていた。

「するしかないじゃないですか。どっちがここから近いんですか?」

「そうですねぇ。ここからなら、本倉さんの事務所ですかねぇ」

「じゃあそちらでお願いします」

何とか協力が得られたか。事前に決めた段取りとは若干違うが、実にファインプレーである。しかし改めて思うのだが、こういうイギリス外交のような、抜け目ないところがいけすかない理由なのだろうと、実感するプレーでもあった。


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