Burglar Burger 5

 事務所に戻った時には既に日が沈みきっていた。照明のスイッチを手でまさぐり、明かりをつける。俺専用の社長椅子に腰をおろし、俺は今まで集めた情報から新たな知見が得られないか再考してみることにした。

 空き巣被害は全てピッキングによる侵入で、盗品は現金に腕時計、貴金属類と衣類が数点ずつ。犯行は男の単独犯によるものと思われ、少女によると近いうちに終わる可能性があるらしい。そんでもってわざわざピッキングをする理由は不明であり、ニヤけ野郎が言うには付いていく者は自分だけじゃなかったと。

 やはり意味が分からない。俺の心の平穏と引き換えに得た情報をジェットエンジンさんに伝えれば、何かしらの推理を披露してくれるのであろうが、幽霊が見えることを説明せずに伝えるのは不可能に近い。

 かといって「幽霊から聞いた」なんて言ったら病院を勧められるに決まっている。それで様々な検査を受けさせられるんだ。実際小さい頃、どこかもわからんところに連れて行かれ、見知らぬ大人に囲まれながら色んな検査を受けたしな。あんなのは二度とごめんだ。

 こうなったら犯人を特定するためには、ニヤけ野郎の言う「付いて行った他のやつ」を探してみるしかないだろうが、聞き込み調査は面倒だ。もちろん今までだってそうしてきたわけであって、やってできないことはないのだが、低きに流れたい。もっと言えば底の方で滞留していたい。そこに誰かが金を投げ入れてくれるのが理想だ。紙幣だと困るが。

 とは言ってもそんな甘い話はないのが現実である。とりあえず受け取った資料を読み返して天才的インスピレーションが舞い降りてくることに期待するとしよう。

 応接用のガラステーブルに置いておいた資料。それを取りに行こうと席を立つと、三人掛けの応接用ソファに浅く腰をかけ熱心に資料に読み入る少女の姿があった。

 今まで隅に立っているだけだったのであまり気にならなかったが、改めて見てみると華奢な少女である。大柄の男が三人座れるほどの広さがあるソファに対し、不釣り合いなほど彼女は謙虚に腰をかける。買って間もない黒く光る革張りのソファに対し、彼女の肌は透き通るように白い。ふくよかで全てを包み込んでくれそうなソファに対し、彼女は細く、優しく包み込まなければ壊れてしまいそうである。それらのコントラストが彼女という存在を一層引き立たせているようで、そんな幽玄で儚げな趣に見入ってしまった俺は、息をすることすら忘れていた。

 そのせいか彼女のことが気にかかり始めた俺は、ちゃんと飯は食べているのかとか、学校はないのかとか、そもそも何のためにここにきたのかなど、次々湧き出てくる疑問という湧き水をせき止め続けてきた心のダムをついに決壊させ――

「どうして、言わなかったの? 先に」

ることができなかった。前後関係を省略して質問してくるとは感心できない。ソファへの謙虚な姿勢を少しでも言葉に反映させることはできないのだろうか。

 ひとまず状況から察するとしよう。俺の心が読めるわけないだろうし、資料を読んでの疑義ならば、聞かれているのは彼女のことについてではなく、事件に関する何らかについてだろう。

 文脈を明らかにしない不親切な質問を投げかけられ、それ以上の見当を付けられずに戸惑う俺であるが、俺とて話が分かるできる奴オーラを出したい。あわよくば少女の傲慢な態度を返り討ちにしてやりたい。

「ああ、当然わかってると思ってたからな」

どうだ。俺の渾身のカウンターパンチだ。無論少女が何について言ってるのか俺には皆目見当もつかないが、こう言っておけば勝手に相手は考え、勝手に自分の能力の低さを省み、勝手に自戒の念を抱くこと間違いなしだ。何も知らない自分を棚に上げ、知ったかぶりという箱の中に念入りに隠れた上で、相手の自壊を狙った少々、いや多分にせこい返しであることは否定できないが自業自得である。ざまあみろ。

「確かにそう、だね。言われてみれば、同じじゃないと、言えないもんね。連続被害だ、って。鍵の種類とか。家の種類とか」

そうだったのか。全く気づきもしなかった。

 だが考えてみれば確かにそうである。空き巣なんて都市部なら毎日五十件ほど発生するものであるので、各犯行に何かしらの共通点が存在しないと連続被害とは言えず、仮に共通点もなしに連続被害だと言っているのであれば、年中無休の過酷なスケジュールで働く空き巣犯による犯行が連続して発生していることになってしまう。とんだブラック企業である。そんな空き巣犯がいるならすぐに労基に駆け込んだ方がいい。

「でも、わかったかな。これで。たぶん。ただ今すぐ、っていうのは無理、かな。もう少し、被害に遭ってもらわないと」

会ったこともない犯人がわかったというのか? いやしかしそんなことがあり得るか? 見たこともない人間をどうやったら特定できるはずがない。おそらくは犯人の何か特別な犯行理由がわかったということなのだろう。

 持っている情報量は俺の方が多いはずであるので、俺が結論にたどり着けないわけがない。一つ一つの記憶は点にしか過ぎないが、点も敷き詰めれば線になるはずである。どれだけささいな言葉尻でも、どんなにわずかな行動でも解決へのしるべとなるはずだ。

 脳内BGMとして卒園式定番ソング『思い出のアルバム』の一番を無限ループさせ、俺はこの案件が持ち込まれてからの全ての流れを思い出す。巡りゆくあんなことや、こんなこと。蘇るニヤけ面。思い出すだけで腹が立ってくる。しかし雑念は視界と思考を曇らせる。さらに悪いことにのちの雨によって地が固まるということもなければ、たけのこのようにアイデアが出てくるということもない。大抵の場合はぬかるみができた所に足を取られるだけである。

 雲を打ち払うべく波立つ心をどうにか抑え、冷静になった俺はさらに記憶を遡る。そして、一つの可能性を見出した。

 もし俺の導き出した答えが正しいならば、まだ見ぬ次なる被害者の家で――その次かもしれないが――推理の裏付けとしてあの道具が必要になるはずであり、この言葉の意味するところが彼女にも伝わるはずだ。

「必要な物は全てその倉庫に入ってるはずだが、足りないものがあった時は言ってくれ」

彼女の背面にある扉を指さし、狙いを定めて放った言葉はどうやら正鵠を射ることができていたようで、静かに、だが確かに彼女は首を縦に振った。

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