Burglar Burger 4

 しばし歩みを進め目的地に着いたわけであるのだが、例の幽霊が見当たらない。ちなみに今のはゴーストジョークでも何でもなく、言葉の綾として偶発的に生じただけであって、意図的に発生したものではないのだと、ゴーストジョークを嗜みつつある俺を頑なに否定しつつ、もう一度辺りを念入りに見渡す。

 彼女に少し待っているように伝え、周囲を散策してなおも件の幽霊を探す。

 俺の見立てが正しければ海辺に立地し、なお且つ屋上からの飛び降りを図る人が多いことで有名なこのマンション付近にいるはずだ。しかしながら、幽霊密度はネカフェ程度にはあるものの、場所が場所だけに悲壮感漂う者ばかりでニヤつく者など一人もいない。

 どうやら見当違いだったようである。とはいえ、考えをまとめると言った手前すぐに引き返すわけにはいかないだろう。仕方がないのでいかにもな空気を出そうと岸壁に近づき、ハードボイルドな探偵を気取ろうとしたところ、海に何か異質なものが見えた。

 異質というのは、海に浮かぶものは通常水面の上下動に合わせて浮き沈みするはずである。しかし異質なそれは水面にあって微動だにしていない。大きさはちょうど人ほどの大きさで、形は人型のように見える。非常に人っぽいが、確実に人ではない。だいたい人が海に浮こうとすれば、体のある程度が沈んで人型には見えない。実寸大のドールか、あるいはマネキンが浮いている可能性もなくはない。しかしあんな高価なものを海には捨てないだろうし、何よりそれらも物である。物理的制約からは逃れられない。となると、異質なあれは幽霊であるに違いないだろう。

 もしかしてあいつがニヤつき幽霊なんじゃないだろうか? そう直感的に感じ取った俺は内ポケットから単眼鏡を取り出し、伸ばし、覗く。

 人型の顔と思しき位置を見ると、眼前にこれでもかというほどのニヤけた面が広がった。

 アパートで聞いたところによると見れば分かると言うほどなので、人であれば職務質問待ったなしのニヤけっぷりを見せるあいつで間違いないだろう。しかしどうしたものか。位置が遠すぎる。海に向かっていきなり叫ぶ青春ドラマの様な奇行に走るわけにもいかない。打つ手なしか。

 ああでもない、こうでもないと八方塞がりの中で思案していると、願ってもないことにニヤつき幽霊の方からスイスイと近寄ってくるではないか。

「君、僕たちが見えるんでしょ。話は聞いてるよ」

近くで見ると余りのニヤけ具合に気味の悪さを覚える。

「知ってるよ。僕に聞きたいことがあるんでしょ」

ニヤけた幽霊が陸に上がる。ニヤけ面がじわじわとにじり寄ってくる。

「でもまずは、どうしてここにいることが分かったのか聞かせてほしいな」

なぜ俺が試されねばならんのか。顔の近さと表情とが相まって非常に腹立たしい。

「アパートにいたやつらと一緒にいたお前なら、幽霊が比較的出やすいこのマンション付近に住んでると思ったんだよ。他の幽霊から存在を確認されやすいからな」

不満に思ったのか、若干後ずさりすると同時にニヤけ度も下がる。頼むからそのまま普通の顔になってくれ。

「まぁ、それもあるけどさ。幽霊が出やすいところは他にもあるでしょ。なぜ僕が海辺に住んでいるのかを聞かせてほしいな」

やはりそちらの方を聞かれていたか。わかっていたこととはいえ、忌々しい。これも将来の金のためと割り切って答える他あるまい。

「海辺は英語でコースト。幽霊は英語でゴースト。だからコーストに住んでるんだろ。ゴーストだけに、な」

 得意になったのか、すり足で近づいてくると同時にニヤけ度はさらに上がる。

「正解。君、思ったよりセンスあるね。まぁ、始めに思いついた僕の方がすごいけどね」

センスなどいらん。近寄るな。今すぐその顔を止めろ。ああ、忌々しい。

「正解に免じて、ヒントを上げるよ」

さらに近づくニヤけ面。なぜ正解の対価がヒントなのか。この世界の等価交換の法則はどこへ行ってしまったのか。ええい、忌々しい。

「僕はついさっきまで空き巣の男に付いて行ってたけど、付いて行くのは僕だけじゃなかったよ」

そう言い残し、距離を取ったかと思えば、海に沈みゆくニヤけ面。

 どういうことだか全くわけがわからん。外聞を捨ててゴーストジョークをかまし、あの不愉快な顔に耐え忍んだ結果得られたものは謎めいたヒントと煮え立ったハートである。忌々しい。余りの憤りにここでは考えがまとまりそうにない。ひとまず帰ってから考えをまとめるとしよう。

「そうそう。言い忘れてたことが一つあるんだ」

再浮上するニヤけ面。心を入れ替えて正解を与えてくれる気にでもなったのだろうか。

「なぜホストの家に集まってたのかも考えてほしいな。これは次に会う時までの宿題だよ。センスある君なら分かると思うな」

全然違ったが大丈夫だ。お前に会うことは二度とないだろう。

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