Burglar Burger 3

「あの男と話して何かわかったことはあるか?」

件のニヤつき幽霊がいる場所にある程度のあたりを付けた俺は、目的地への行きしなに彼女に尋ねてみた。無論あの部屋で一介の少女が得てくる情報など、俺が得たものに比べれば雀の涙どころか、蚊の涙程度でしかないことは百にも千にも承知である。しかし助手として働きたいと申し出る少女が持つ探偵としての力量を測るとともに、素人の意見を参考にしてみるのも悪くはないと考えたのだ。

「複数犯だと思ってた。始めはね。ピッキングは普通、複数犯でやるでしょ。でも、ブランド品の財布とか鞄とか、たくさんあるのに盗まれてない。だから、一人でやったんだと思う、犯人」

俺は耳を疑った。というのもやけに本格的な発言だからだ。ノーバウンドで投げられるかどうか程度を想定していたら、とんだ剛速球が飛んできた。まず「普通」、「でも」、「だから」の意味がわからない。

 盛大にパスボールしてしまった俺は、ボールを拾いに行くことに必死になる。

「でも単独犯なら、わざわざピッキングする必要ない、よね。あの鍵、アパートの外観からしても、刻印からしてもロータリディスクだと思うし、割って入った方が早いから。窓」

ロータリディスク? ロータリディスクってなんだ?

「荒らされてたみたいだし。何か、他にあるのかも、理由」

 やっとの思いでボールを拾って投げ返そうとしたはいいが、ピッチャーマウンドが遥か遠くに見える。届く気がしない。

 なんだその洞察力は。こいつ実は探偵なんじゃないか? いや、確かに名目上助手であるのでいちおう探偵ではある。あるのだがそういうことではなく、探偵歴三年の俺よりよほど雰囲気ある推理をかましてくる。助手は俺の方であり、彼女を捜査に巻き込むことが俺の役目なんじゃないだろうかとさえ思えてくる。

「理由も少し、考えた。けど、自信、ないから。もし合ってるなら、終わると思う。近いうちに、ね」

ボールが手から滑り落ちる。足元を転がっていく。

 己がいかに幽霊に頼り、実力の研鑽を怠ってきたかをまざまざと思い知らされる。探偵業界は狭く、その中で特殊な能力を振りかざして有頂天になっていたうつけ者とは俺のことであり、一度外の世界に目をやれば俺より秀でたやつはごまんといる。正しく井の中のなんとやらだ。

 圧倒的な実力差を前にして俺は、球を拾いに行く気力も、拾う力すらも失っていた。

「あなたは何かある? 気付いたこと」

不意な問いかけに現実に引き戻され、脈が早まる。ここで何かプラスアルファして返さねば探偵としての俺の名が廃る。頭をフル回転させ、切れっぱなしだったクラッチを繋ぎ直して言葉を出力させる。

「概ね同意だ。付け加えるなら犯人は男だろうな」

なおも俺を見つめる少女の瞳が論理的必然性を求めてくる。

 迂闊だった。論拠が無くてもゴールフラッグを挙げてくれるような生半可な相手で無いことはわかっていたはずである。急発進したために口がスリップし、霊視能力を隠しておきたい俺はクラッシュ寸前だ。

 事故を避けるべく徐々にシフトを上げ、なんとかして理由を捻り出す。

「被害にあった男性だけでなく、女性の盗品にもブランドの小物が一つもなかったこと、美容関係の品がなかったことを考えれば、犯人が女である線は薄いだろうな」

プッシュロッド式の単気筒エンジンほどしか回らない俺の頭でどうにか生み出した論拠は、ジェットエンジン並に回る彼女の頭にも通じるだけの説得力を何とか持ち合わせていたのか。どうやら彼女は納得してくれたようであり、俺を見つめる少女の視線は次第に落ちていき、ややあって正面に向き直った。

 井の中から外に引きずり出された挙句、その矢先に蛇と遭遇してしまった俺なのであるが、今ようやくその視線から解放されたような、そんな安心感を満喫していた。


 ニヤつき幽霊の住処はすぐそこである。このまま会話を続けていれば俺は自ずからボロを出してしまうだろうし、ジェットエンジンよろしく彼女の推論は、俺の理解が遠く及ばぬ空の彼方へと飛び立ってしまいそうである。俺は「触らぬ神に祟りなし」という先人のありがたいお言葉を思い出し、黙っていようと心に決めた。

「ところで、これ、どこに向かってるの? 逆、だよね。帰る方向と」

黙っていようと心に決めた途端にこの仕打ちである。どうやら俺の横にいる女神様は、触らずとも同じ空間にいるだけで祟りたくなる性質たちのようだ。

 しかしその質問は織り込み済み。やり過ごすうまい言い訳を用意してある。

「いつも考えをまとめるために寄る場所があるんだが、そこに行きたくてな」

完璧な切り返しである。何といっても脳内シミュレーションで何度も練習した切り返しだからな。我ながら惚れ惚れするぜ。次こそは女神様に祟られないよう祈るとしよう。

「そこでもまた、ぶつぶつ喋るの? 一人で」

 まさか気づかれていたとは。とんだ観察眼を持っていやがる。こいつならたぶん一卵性双生児や、ヒヨコのオスメスをいとも簡単に見分けてみせるんだろう。

 などと感心している場合ではない。祈りが通じなかった今、新たな弁解をここに。

「なんというか、ゾーンって言うのか? それに入ると思考が口に出ちまうんだ。そういうことあるだろ?」

「私はないけど。いるかもね。そういう人も」

俺だって一度たりともゾーンに入ったこともなければ、一人考えを垂れ流すリアル人間ツイッターみたいなこともしない、とは口が裂けても言えない。

「変わってるね。探偵さん」

 シャギーの効いた少女の髪が風になびく。俺の隣で微笑む彼女はそれこそ女神のようで、たまには祟られるのも悪くないなと思えるほど申し分ない絵面であった。しかし気付いているのだろうか。彼女は特大のブーメランを投げたことに。

「そりゃ光栄なこって。代わりにあんたには相対性って言葉を送っとくよ」

 皮肉を込めて投げ返した俺のブーメランは風に流されてしまったようで、ざわめく木陰の下、彼女の影だけが悠然と前へ進んでいた。


 彼女は会話に満足したのか、その後質問が飛んでくることはなかった。思い返せば力量を測ることが目的であったものの、俺が持ち得る力量計測器では針が振り切れ測定不能という結果に終わってしまった。もちろん針は右に振り切れており、こんな有能選手が俺の下で働きたがる理由はさっぱりわからないが、何にせよ協力してくれるなら俺の名声もうなぎ登りに上昇していくことは、明日もまた日が昇ることと同じくらい疑いようがなく、謎の女を追い返さなかった数日間の俺の功績を褒めてやりたい。よくやったぞ、俺。

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