Burglar Burger 2

 被害男性の家はモダンなデザインをした二階建てのアパートで、道路に対して垂直に部屋が三つ並んでいる、謂わばウナギの寝床と言った構造をしており、そのうちの一階一番奥にある角部屋であった。建物をぐるりと囲むように塀が設けてあり、部屋には吐き出し窓と出窓が備え付けられている。出窓の大きさは吐き出し窓の半分ほどであり、二枚の網入りガラスをスライドさせる形式である。

 全て資料で見た通りの構造だ。被害の内容はどの家も同じで、家中のものをひっくり返された挙句、現金に腕時計と貴金属類、それに衣類が数点盗まれている。衣類とはまた随分変わったものを盗んでいく輩である。オークションで売るのだろうか。しかし警察が足取りを掴めていないということであれば、犯人はまだ盗品を売りに出していないのか、あるいは足が付きにくいような捌き方でもしているのか。

 いずれにせよ犯人は石橋を叩くだけでは飽き足らず、設計を見直し、改修して渡るほど慎重なやつなのだろう。

 そんなことを考えながら呼び鈴を鳴らすが、返事はない。気持ちはよくわかる。俺だって謎の呼び出しには応じない。大抵アポなしで鳴り響くインターホンはセールスか集金の合図であり、一度良心に従い応答してしまえば、全校集会時の校長先生講和より長くつまらない話を聞かされる。だが今は、家にいるならどうにか出てほしい。幽霊が住んでいるか確かめるには直接中を見るしかないのだ。

 駄目押しで扉をノックする。

「すみません。空き巣の被害に遭われたということで調査に参ったのですが」

中で人の動く気配がする。どうやら顔を出す気になってくれたようだ。

 レバーハンドルが乱暴に下がり、U字ロックが突っ張る鈍い音と共に男が怪訝な表情を覗かせる。

「いくら話したところでどうせ犯人捕まえらんないんだろ? だったらもういいだろ」

こちらを一瞥しながらそう吐き捨て、部屋を真空にしてるんじゃないかと思うほど勢いよくドアは閉じられた。

 どうしたものか。もう一度は出てきてくれないだろうし、諦めて別のところをあたってみるしかないだろうか。

 諦観と落胆をにじませつつ踵を返す。

「待ってください。お願いします。あなたの、あなたにしかできないお話を聞きたいんです」

後ろから聞こえるいやに芝居がかった物言い。

「駄目、でしょうか」

あの少女がドラスティックでドラマチックなセリフを発するとは到底信じられないので、振り返って音の発信源を探せども、この場には少女と俺しかおらず、タイミング、内容、状況、トーン全てを統合して推察した結果、やはり少女が言ったに違いないのだろう。

 鶴の一声とは正にこのことだろうか。呼びかけに呼応するかのようにゆっくりとレバーハンドルが下がり、ゆるやかにドアが開かれる。先ほどと全く同じ顔をした男が現れるが、今回は少しばかり様子が違うようで、少女を見た途端目を大きく見開き

「今散らかってて部屋片づけるからさ。ちょっと待っててよ」

と言い残し、油圧シリンダーがついてるんじゃないかと思うほど丁寧にドアは閉じられた。

 俺の時とはえらい違いである。ミステリーハンターに女性が多いのも相手の警戒を解きやすいからなのだろう。この少女もそういう点では有用ということか。

 少女を雇う利点を感じながらも、かくして十数分経った後、ちゃっかり髪をセットして出てきた男によって俺たちは部屋の中へと通された。



 驚いたことに部屋の中には幽霊が三、四人ほどおり、さながら集会場の様相を呈していた。しかし当然のごとく少女と男は彼らに気づいている様子もなく、彼らが成す輪のど真ん中に二人が座るものだから、霊たちの遊宴は終焉を迎えたようである。

 俺は幽霊に話を聞きたいし、男は俺よりも少女の方と話をしたいだろうから利害は一致しているはずである。被害男性の方は少女に任せるとして、俺は彼らが帰ってしまう前に犯人を目撃していないか小声で尋ねることにした。

「数日前ここに空き巣が入ったんだが、目撃したやつはいないか?」

「お前さん、俺たちが見えるのか」

幽霊達がキツネに摘ままれたような顔をしている。

 またこのやり取りか。今まで何度同じことを繰り返してきたか。おそらくレベルを上げるために銀色のスピードスターを倒した回数よりも多い。俺の個人史でさえこれだけ同じことを繰り返すのだから、歴史は繰り返すというのも仕方がないことなのだろう。

 強烈な既視感と人類の愚かさに辟易しつつも、将来的な謝礼を考えれば安いものだと割り切って、俺には幽霊が見えることや、会話ができることを一から解説していく。説明が進むにつれ、最初は呆けていた彼らの表情は、一旦は真顔に戻るも次第にほころび、ついには破顔し、欣喜雀躍きんきじゃくやくといった様子で酒のない宴会は再開された。

 無論この展開も想定の範囲内である。幽霊というものは存在が曖昧であるためか、自己の存在について深く考察する者が多い。我思う、ゆえに我ありを信条とし、方法的懐疑を根源に持つデカルト一派や、世界を認識する自分達は存在すると考える認識論的一派などが存在するが、どうやら彼らは、観測されて初めて存在が確定されるとする量子論的一派であるらしい。そうであれば彼らが集まり談笑していたことも頷けるというものだ。

 輪を乱すのは不本意ではあるものの、俺も本来の目的を果たさねばならない。

「盛り上がってるところ悪いんだが、さっきの話、心当たりないか?」

場は静まり、幽霊たちが互いに目配せをしている。きっと誰がファーストペンギンになるかの押し合いをしているのだろう。

 ほどなくして一人の霊がおもむろに口を開いた。

「空き巣なら二日前に見たぜ。誰かと話してる素振りもなかったし、たぶん一人で来たんじゃねぇかな。俺らの仲間の一人が面白そうだから、つって男の後を付けていくもんだからよ、俺たちは敬礼して見送ったよ。霊だけに、な」

したり顔で放たれたゴーストジョークに彼らは吹き出し、それを皮切りに宴の続きを始めようとするものだから、それを慌てて制止する。

「ちょっと待ってくれ。その、『後を付けていった仲間』ってのは今いないのか?」

またもや場が静まる。興が削がれたことによる不満と、俺の浅はかさへの嘲笑を混ぜたような声色が返ってくる。

「今そいつがここにいたらそいつが喋るに決まってんじゃねぇか。俺が喋ってるってことは今はいねぇの。海辺に住んでるっつってたから、適当に探せば見つかると思うぜ。いつもやたらとニヤけた面してるやつだからよ、見たらわかるんじゃねぇかな」

これで話はおしまいと言わんばかりに幽霊たちはまた騒ぎ出した。

 いつも疑問に思うのだが、幽霊になったら笑いの沸点がヘリウム並に低下してしまうのだろうか。それはそれで笑える機会も増えるし、それだけ幸せを感じる機会も増えるだろうから良いことなのかもしれない。しかし俺はああはなりたくない。

 相も変わらずゴーストジョークのおもしろさは少しも理解できなかったとはいえ、有益な情報を得られたことは確かだ。俺の名声がまたもや高みに上ることを考えれば、口元が緩んでしまうのは致し方ないことである。

 ところですっかり放置してしまっていたが、少女と被害男性の方はどうなっているのだろうか? 疑問に思い、向こうの会話に耳を傾けてみるものの、いかんせん狂宴がうるさすぎる。全く聞き取れない。見れば二人とも和やかな雰囲気であるようだ。特に問題はないだろうから、表に出てから聞いてみることにし、今は男の部屋を観察することにしよう。

 ホストというだけあってか、男の部屋にはブランド物の小物が多く置かれているが、壁にかけてある鞄はホコリを被っており、あまり使用していないことが窺える。使っていないなら俺にくれたらいいのに、と思う俺は強欲な人間なのだろう。玄関を入って正面に見える吐き出し窓に対して平行にベッドが配置してあり、その脇の三段衣装ケース内には乱雑に物が詰められていた。

 一通り部屋を見渡しても空き巣に繋がるものなどあるはずもなく、しょうもない感想しか思いつかない。特に意味も感じられないと思い、俺はニヤけた幽霊の住処について考えることにした。

 唐突に少女が立ち上がる。たぶん話が終わったのだろう。男は話し足りなさそうな表情を浮かべているが、俺は彼女を引き連れ、男にねんごろに礼を述べてアパートを後にした。

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