Burglar Burger 1

 安西が持ってきた依頼の内容は簡単に言えば、ここ最近連続して起きている空き巣の調査といったものだった。

 何でも聞くところによると、被害に遭った家は全て玄関を開けられ侵入されたようだ。犯行の手際の良さと周到さに尻尾が掴めず、巡回警備を厳重にして注意喚起をするといった、炎上を恐れるコメンテーターのような当たり障りない対応が現状で打てる精一杯の対策であるらしい。

 一般的に空き巣というのは現行犯か質屋で足が付く以外には逮捕が難しいし、取沙汰するほどの事件でもない。したがってその調査を今まで依頼されたことがなく経験したことはないものの、ジャンルの話をするならば探偵である俺の最も得意とする分野が調査である。というのも、その辺を暇そうな顔してたむろしている幽霊に声をかけ、調査対象の尾行をお願いするだけで八割方仕事が完了するからである。

 思い返せば、尾行を初めて頼んだのは第二次性徴期に突入した頃であった。多感な時期にあった俺は燃え盛る情に駆られ、気になるあの子の後を付けるよう幽霊に頼んだのが始まりだ。

 もちろん、気になるあの子に危険が及ばぬように見守ることを目的としていたのであって、気になるあの子の動向を逐一チェックしていたわけでもなければ、気になるあの子を盗撮盗聴していたわけでもない。純粋な正義の念から来るものであるので、大変ストーカー的行動だとか、大概ストーカー的思考だとか、そういった批判は心の深奥に閉まっておいて頂けると助かる。

 なお、そのような行動は現在行っていない。精神的成長をした俺は個人のプライバシーというものを重要視するようになったためであるのと、何よりいくら自分のためとは言え一円にもならないことに労力をかけるのが面倒だからだ。

 話を戻すと八割方仕事が完了すると言ったが、残りの二割がやっかいな問題なのである。職業柄確かな証拠を求められることが常であり、一口に調査と言っても、よくありがちな不倫の調査のようなものでは現場を写真に撮ってみたり、会話を録音してみたりと、何らかの形で物的証拠を抑えねばならない。仕事のほぼ全てを幽霊に頼っている俺にとってそれが最大の障壁となる。

 なぜなら幽霊からの情報というのは基本的に伝聞でしか共有できないからだ。幽霊が見た景色を念写することもできなければ、FBIの切り札である霊能力捜査官みたく念視もできないし、某ホラーゲームのように視界ジャックなんて荒業は夢のまた夢、百年河清かせいつといった具合である。

 しかしながら、法改正で探偵にも限定的に捜査権が与えられるようになったことで爆発的に増えた依頼。それらの全てに対し、めざましい結果を出すことができれば、当然俺の株も一段と上がるわけである。更なる俺の躍進を考えれば証拠を見つけ出すことにもやぶさかではない。とは言え、水は低きに流れるが如く人は易きに流れるとは孟子の申すところでもあり、例に漏れず俺も流れる人の一人である。もちろん孟子も戒めとして言ったのだろうが、なるべくなら楽をして解決したいし、解決せずに儲けられるのならそうしたい。特に警察から持ち込まれる案件は謝礼が安く、結果が実績という形でしか残らないからなおさらだ。

 さて今回の事件、被害にあった家のどれかに住み憑いている幽霊でもいれば瞬く間に犯人を特定できるのだが、こればかりは自らの足で回ってみるしかないだろう。とりあえず一番最近――二日前に被害に遭ったホストだという男性の家に赴き、現場検証を行うとしよう。もちろん察しているとは思うが、そんなものは表向きのカモフラージュであり、幽霊がいるかどうかを確認したいだけであるのは言うまでもないことである。

 いちおう形式上助手という立場にある例の少女も同行させるべく、声をかけようと先ほどまで彼女が佇んでいた方に目をやると

「行くんでしょ、外」

聞きなれない声が予想外の方向から聞こえた。入口側からだろうか?

 見ると、すでにドアノブに手をかけこちらを見つめる少女の姿があった。なんだこいつは。内気な奴だと思っていたが、意外とアクティブな性格じゃないか。などと達観する余裕のある俺ではなく、勝手に事務所に入っている謎の少女になぜ急かされなければならないのか、というかこいつが犯人なんじゃないか? と突いては出てくる数多の苛立ちを拳の中に抑えつつ、彼女に促されるまま席を立った。

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