れいのう探偵大海を知る
@guest15532
Prologue. and visible visitor
おかしい。何かがおかしい。おかしいというのは体が何となく気怠いとか、そう言った決してありきたりなものではない。かと言って、幽霊が見えるという俺の特技を活かし、目撃者として幽霊に話を聞いて難事件をたちまち解決することで、探偵として警察や一般市民から絶大な信頼と嫉妬を集めつつある俺の成功溢れる輝かしい人生とか、そういった普通からしたらおかしいと思えるもののことでもない。あれはそう。数日前のことだ。
その日も俺は、ここ「
過行く春。特に出会いもなかった出会いの季節に別れを告げるべく、俺は手元にコーヒー、口元にパイプ、耳元にバッハの無伴奏チェロ組曲、尻元に社長椅子と、優雅なひと時を決め込んでいたのである。
言わずもがな、齢二十一になる俺にパイプの旨さはわからない。しかし何事も雰囲気を醸し出すことが重要であるとは俺の持論である。したがってかのホームズの如し風格を身に着けるためにも、様になるパイプの吹かし方を研究していたところ、事務所へ一人の少女がやってきた。可愛らしい依頼人もいたものだと、その時の俺が呑気に構えていたことは言うまでもない。
ふらっと事務所へやってきた十代半ばと見られる少女は俺の前へとたどり着く。すると突然少女は怯えながらも意を決したような声色で
「働かせてほしい。ここで」
と言い出した。
少女の不意な申し出に脳の処理能力がセレロン以下になってしまった俺は、腰の高さ程しかない記憶の底から似たような場面を掬い取り『無銭飲食をした親が豚にされてしまったのか?』とフィクションとノンフィクションの夢のセッションを果たした質問をしてしまったわけであるが、少女がやってきたことはどうやら現実のようで、少女は今日もこの事務所に佇んでいる。
素人を雇っても人件費に対する働きは見込めないし、何より面倒を避けるなら少女を追い返すことは必定である。とは言え願い出てきた時の少女の真剣な眼差しと震える声、そして突然の申し出。それらにひどく混乱していた俺は、あの時少女の願いを拒むことが出来なかったのだ。まぁかといって承諾もしていないのだが、いかんせん半ばなし崩し的に彼女の存在を認めてしまっている。
おかしい、というのは正に件の少女のことである。何がおかしいかと言うと、少女は必ず俺より早い時間に来ているのだ。
とりあえず少女の勤務態度は新入社員として見本となり得るほどに、真摯で素晴らしいと言えるだろう。しかしそんな勤務態度を手放しで喜べるほどお気楽な俺ではない。
朝早くから来る十代半ばの少女に対して、学校はないのかとか、どこから来てるのかといった疑問という湧き水は留まるところを知らず、今にも大河を形成しそうな勢いであるのだが、問題はそこではない。俺は彼女に鍵を預けていない。
一体どうやって事務所に入っているというのだろうか。ピッキングをして入っているのか、あるいは彼女は幽霊なのか。
幽霊というのは基本的に人と見た目が変わらない。幽霊を見かけで判断するには影を見るしかない。影が無ければそいつは幽霊である。しかしやっかいなことに少女は常に物影になるところに立っている。
他の幽霊の特徴としては自在に姿を消せる、軽快なゴーストジョークを飛ばす等があるが、いずれの場面もまだ目撃できていない。それどころか最初の申し出以外に彼女の声を聴いていない。
最終手段として少女に触ってみるというのもある。だがしかし、俺のポリシーが出会って数日の少女に触れてみるなどセクハラ兼パワハラ紛いの行動に出ることを許してくれるはずもない。ライトで彼女を照らすことも考えたが、突然人に光を浴びせるエキセントリックな行動へのハードルはエベレストより高くアンナプルナより険しい。
どこぞやの改造音速戦士が「あとは勇気だけだ」と言っていたが、羨ましい限りである。俺にも勇気を持てる改造が施されていたらと思うと残念でならない。
事務所への来客でもあれば幽霊かどうかがわかるのだが。と事務机に合わせて拵えた社長椅子に座りながら考えていると、事務所のドアに映る人影。
ドアが開き、男が入ってくる。
「本倉さん、ちょっとよろしいですかねぇ。ご相談があるのですが」
なんだ安西か。若くして警視になった上に、捉えどころが無くいけすかないやつだが、今はそんなお前でも神様に見えるぜ。少女が人なのか幽霊なのか俺に啓示してくれ。
安西が部屋をぐるりと見渡し、その目線が少女がいると思しき位置に辿り着いた、その時だった。安西の表情が一瞬強張る。
「おや、失礼致しました。先客がいらっしゃったのですね」
これで確かになったことが二つある。一つは少女が生きているということ。もう一つはピッキングの腕前がかなりのものだということだ。
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