第3話 クラーケン狩りは地引き網で

磯臭いそくさ漁港にクラーケンが出たらしい。出発は早朝だが来れるか?』


 会社が終わり、家賃3万円のアパートでスーパーの惣菜を食べていると、東さんからメッセージが来る。


 明日か。ちょっと急だし。上司の許可を得ないとなあ。


 頭の中にあの部長の顔が浮かぶ。きっと駄目と言うに違いない。


 ため息をつきながら部長に電話をする。


「あのー、部長? 突然ですが、明日狩りの予定が入ったんですが、休んだりしても大丈夫ですかね?」


 俺が恐る恐るそう言うと、電話口から部長の声が聞こえてくる。


「狩り? 何時からなんだ?」


「朝二時です」


「なら出勤時間には間に合うな! もし遅刻してきてもその分時間給にするから、気にせず頑張ってくるといい。じゃあな!」


 ガチャッ! ツー......ツー......ツー......


「えっ......あのー」


 俺、休みをくれって言ったよな??

 何だかよく分からないが、狩りの後に出勤することになったんだが......


 いやいや、狩りってめちゃくちゃ疲れるんだぞ!? その後で仕事なんか出来るか!!


「はあ......」


 ぼんやりとした頭で発泡酒を煽る。こうなりゃ仕方ない。


「でも、何で毎回毎回俺に頼むんだろ」


 決まっている。俺が引き受けるからだ。有給まで取って駆けつけるんだから、そりゃ重宝されるよな。


 でもよくよく考えてみれば、なんで俺がそこまでしなくちゃいけないのか。


 別にいいじゃないか。生態系が崩れようがゴブリンに野菜を盗まれようが、小学校が畑になろうが、漁村が魚人に支配されようが。俺には関係の無いことだ。



「......酔ってるな。早いとこ寝よう」


 俺はそこまで考え、自嘲気味に笑うと、いつもより早く布団に入った。





「よう! ちゃんと起きれたみたいだな!」


 翌朝、寝ぼけ眼のまま家を出ると、タイミング良く家の前にバンが停車する。


 乗り込むと、中には眠そうな理恵さんと半分寝ているセツナ、そして昼間と変わらぬテンションの多恵子さんがいた。


「さあ、出発するべ!」


「......多恵子さん、元気ですね」


「歳をとると早寝早起きになっからな!」


 午前二時だぞ......早起きってレベルじゃない。


「まあ、磯臭までは車じゃ二時間くらいかかるべからその間ゆっくり寝てな」


 東さんが笑う。


「はい、どうぞ西野さん」


 理恵さんが膝をポンポンとする。いつもパンツルックなのに、今日は珍しくミニスカートだ。


 い......いや、どうぞと言われても!


「い、いや、そんな、悪いですよ」


 慌てふためく俺を横目に、セツナがあくびをしながら言った。


「......すけべ」


 何でだよ。何でそんな軽蔑したような目で見る?


 こうして車は海辺の町へと向かったのであった。





「西野さん、着きましたよ!」


 理恵さんに体を揺さぶられ目を覚ます。窓の外には荒れ狂う日本海が広がっている。


 名前は聞いたことがあるが初めて来た。ここがハタハタ漁で有名な磯臭漁港か。


「さてと、クラーケンはどこだべ?」


 辺りをキョロキョロと見回していると、一人の漁師がこちらへ駆け寄ってきた。


「東っち! 助かるわ。アイツが来てから漁も満足にできねぇし」


 どうやら東さんの親しい友人のようだ。


「よぐ来たなあ、猟幽会さん。せばこの船で出発するべ!」


 漁師さんが指さしたのはイカ釣り用の小さな船だった。

 船にはたくさんのライトが付いていて、辺りを眩しく照らしている。


「えらく明るい船ですね」


「これは集魚灯といってイカをおびき寄せるためのライトだ。イカには向光性つってな、光に寄って来る習性があんだべ」


 そしてイカだけでなくクラーケンも、その光におびき寄せられてやってくることがあるしい。


 しかし、いくら海を進んでもクラーケンは一向に姿を現さない。風が凪ぎ、満月に雲がかかってきた。


「今日はもう出ないんじゃないの?」


 セツナが飽きた様子で船内にしゃがみ込む。


「そうだな、もう帰った方が......おろろろろっ!」


 俺は海にゲロを吐きながら言う。ううっ、頭は痛いし気持ちが悪いし、胃酸が逆流してくる!


「大丈夫ですか、西野さん」


 理恵さんが背中をさすってくれる。


「ああ、申し訳な......」


 すると、海面がボコボコと泡立った。


「んん?」


 俺が身を乗り出して海の中を覗き込もうとすると、ぐいと東さんに肩を掴まれる。


「――おいでなすったようだべ!」


 海面が大きく波打ち、ぐらりと船が揺れる。ざばりという水しぶきの音。


 ほの暗い海の底から現れたのは、頭の部分だけ計っても、ちょっとしたビルほどの大きさはあろうかという巨大なイカだった。


「クラーケン!」


 クラーケンとは、タコやイカなど頭足類の姿をした幻獣で、小さいものでも数メートル、中には人が島と間違えて上陸するほどの大きさのものも居るという。


 発見された当初はダイオウイカの一種であると思われていたクラーケンだが、その体を解析したところ他の幻獣と同じく幽鬼物質が見つかり、正式に幻獣と分類されたという。


 巨大な吸盤を持つ足が船首に絡みつく。ぐらりと揺れる船体。


「ヤバい! この船を転覆させる気だ!」


 俺は慌てて剣を抜いた。


「でやっ!」


 勢いよくクラーケンの脚を切り落とす。

 だがクラーケンの攻撃は止まない。今度は別の脚を船に絡ませてくる。

 上下左右、激しく揺れる船内。水しぶきが舞う。


 今度は多恵子さんが鎌でそれを切り落とす。


 セツナはクラーケンの頭に狙いを定め、銃弾を食らわせるが、まるで効いた様子はない。


「こんな小さな銃弾じゃダメ。大砲でもなきゃ」


 しばらくして、クラーケンの動きが止まった。理恵さんの笛が効いてきたのだ。


「さて、どうするかな」


 東さんが腕組みする。


「理恵さんの笛は効いてるみたいだけど」


「でも理恵さんだって、ずっと吹いてるわけにいかないしな」


 すると、東さんがいつものようにニヤリと笑みを浮かべた。


「......よし。せば前々から用意していたを試すべ」







 東さんが思いついたのは名付けて「地引き網作戦」


 その名の通り、地引き網でクラーケンを砂浜に引き上げるという作戦だ。


 早速理恵さんの笛で動きが鈍っているクラーケンに網をかける。地元企業と共同開発したという特殊な金属を編み込んだ特注品だ。


 脚は流石に網からはみ出たが、頭の部分は何とか網で包むことに成功した。


「よし、こっから船で網を引っ張っぞ!」


 俺たちは、地元の漁師と協力して四隻がかりでクラーケンを陸地に引っ張った。


 陸地に上がってからは、周辺住民総出で網を引っ張る。



 オイサ!

 コラサ!

 オイサ!

 コラサ!



 そんな掛け声が早朝の浜に響き渡る。


 そして俺たちは、途中何度か網が切れそうになりながらもクラーケンを見事陸地へと引っ張り出すことに成功したのであった。


「それじゃあ......」


 俺が鞘から勇者の剣を取り出すと、地元住民の間にどよめきが広がる。


「おお......」

格好良かだいい!」

「勇者様だべ......!!」


 ううっ......恥ずかしい!!


 俺は顔を真っ赤にしながらクラーケンに向かって走った。


「うおおおおおおおお!!」



 上から下へ、斜めにクラーケンへと切りつける。

 ズブズブと吸い込まれるように俺の剣はクラーケンの頭部へと入っていく。


「でやっ!」


 剣を引き抜くと、眩しい光と共に竜巻のような風が巻き起こり、クラーケンの巨大な頭部はあっという間に爆散したのであった。


「なんか、威力が上がってねーか? この剣......」


 俺が呆然としていると、猟幽会メンバーが駆け寄ってくる。


「......凄い!」


「西野さん、必殺技まで打てるようになったの!?」


 漁師や地域住民の皆さんもゾロゾロと集まり出す。


「おや、たまげた!」

「兄ちゃんやるなあ!」

「ホレ魚! 持って帰れ!」


 俺は自分の体についたクラーケンの生臭い内蔵を払いながら力なく笑った。


「はは......」




 

「さーて、こいつ、どうすっぺ」


 船長が、巨大なクラーケンの残骸を見てため息をつく。


「保健所が処理するんだべ? それか大学で調べっとか」


 東さんが言うと、船長は声を潜めた。


「なあ、でもこの脚、イカみたいで美味しそうじゃねーか?」


「あのなあ......」


「絶対焼けば美味ぇって! 醤油とかマヨネーズとか付けてよ」



 というわけで、俺たちは早朝からイカ焼き、いや、クラーケン焼きパーティーをすることとなった。


 浜辺に集まるたくさんの村人。香ばしい魚介の香りが、潮風に乗って漂ってくる。


「おいしい!」

「甘みが強くて濃厚だわ」

「これ村おこしに使えんじゃね!?」


「どれどれ」


 俺も焼きあがったばかりの足を齧ってみる。確かに濃厚で、何もつけなくても噛めばじゅわりと程よい塩気と旨味が広がる。美味い!


 俺たちがクラーケンに舌鼓をうっていると、人混みの中にアルラウネ戦で見かけた黒いマントの少年が見えた。

 思わず駆け寄る。


「なあ、キミ......」


 少年は俺が近づくと、フンと鼻で笑った。


「ふふ、皆、僕が魔術で呼び寄せた幻獣で楽しんでくれたみたいじゃないか」


「何......?」


 俺が戸惑っていると、少年はクスリと笑う。


「僕は黒の魔術師。全ての元凶さ」


 そう言ってマントをヒラリと翻す少年。そして彼は、そのまま雑踏の中に消えていってしまった。


「黒の魔術師......? 魔術で......呼び寄せた?」


 一体、どういうことだ!?

 

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