第2話 アルラウネ狩りは除草剤で

「お先に失礼しまーす」


「気をつけるんだぞ」


 今日もまた午後休をとる俺に、部長は渋い顔をしながらも送り出す。


 やけに部長の物分りがいいのはこの前のゴブリン狩りが地元紙「あとがけ新聞」で取り上げられ、お客様や取引先の間で話題になったからだ。


 だが内心は、苦々しく思っているに違いない。あのオーガのような顔を見よ。はぁ。


 職場を出た俺は、社員駐車場に停めてある自分の車のトランクを開け、武器を取り出した。


 あの日、どういう訳か勇者の剣へと進化してしまった竹槍。


 それはそれで良いんだけど、問題はこの剣に鞘がないことだ。危なくないようにとりあえずバスタオルでぐるぐる巻きにしてあるが、面倒な上にかっこ悪い。


 すると横に白いバンが停まる。


「ニシ、こっつだ」


 窓が開き、運転席からよく日に焼けた中年男性が顔を出す。


「遅れてすみません、あずまさん」


「乗んな、出発すっべ」


 くい、と親指で後部座席をさす男性。

 猟幽会のメンバーで、普段は小さな運送会社を経営している東さんだ。


 今回は少し遠くて道の分かりづらい所に幻獣が出たと言うので東さんに連れて行って貰うことにしたのだ。


 後部座席に乗り込むと、そこには三人の女性が座っていた。


 理恵さん、セツナ、そして花柄のスカーフを被った中年女性、多恵子さんだ。

 彼女もまた、猟幽会のメンバーだ。


「ニシくんお昼ご飯食べたが? おにぎり握ってきたから食べれ!」


 多恵子さんがニコニコとリュックからおにぎりを取り出す。


「あらやだ! 私も実は西野さんのためにおにぎり握ってきたんです......」


 理恵さんも恥ずかしそうに籠バックからおにぎりを取り出す。


「あ、いや、両方食べますよ! お腹すいてるんで!」


 俺が頭を掻きながら言うと、セツナがボソリと呟く。


「......おばさんキラー」


 確かに、俺は中高年のおばちゃんには何故かモテる。

 三十を超えてから親戚どもの圧力が凄いから、本当は若い女にモテたい所なのだが......


「出たのはアルラウネでしたっけ?」


 おにぎりを頬張りながら東さんに尋ねる。


「んだ。花壇にチューリップやスイセンの球根を植えたんだども、その中に混じってたらしい」


「普通アルラウネとチューリップ間違えますかね?」


「子供たちに被害がなきゃいいけど......」


 理恵さんが心配そうな顔をする。


「確認したけんど学校は臨時休校にしたそうだ」


「だろうな」


 すると東さんは心底嬉しそうに笑った。


「これで思う存分暴れられるべ!」


 ......何だか嫌な予感がするのは俺だけか?



 そうこうしているうちに、俺たちは田んぼの真ん中にある土田舎小学校にたどり着いた。


「あれを見ろ」


 見ると、学校全体が黄色っぽいの霧に覆われ、校舎も緑色のツタに覆われている。


 セツナが険しい顔をする。


「あれ、吸い込むとヤバそう」


「んだな。嘔吐、発熱、幻覚を伴うと書いてある」


 多恵子さんが『ポケット幻獣辞典』をペラペラとめくる。


「しかたね。せば車のまま校庭まで乗り込むか。窓は絶対開げんなよ」


 唸り声のようなけたたましいエンジン音と砂埃をまき上げて校庭に乗り込む。


「......何だありゃあ」


 校庭に車で乗り込んだ俺たちが見たのは、校庭のど真ん中に生える、校舎の二階ほどの背丈の巨大な人の顔のついた花であった。


「くっ、窓ガラスが真っ黄色だ!」


 恐らくは、アルラウネの花粉なのだろう。何度ワイパーを動かしても真っ黄色になる。


 仕方なく東さんは車を停め、俺たちも防塵マスクとゴーグルを付け外に出た。


「あれがアルラウネ? あんな大きいの見たことないです......」


 理恵さんが眉を顰める。


 と、校庭の真ん中に居た、巨大アルラウネが顔をぐるりとこちらへ向ける。


 アルラウネはマンドラゴラの亜種とされる植物系の幻獣だ。


 大根のような白い肌。緑の葉が髪の毛のように垂れ下がり、てっぺんに花が咲いている。恐らくあそこから花粉が出ているのだろう。


 さらに、巨大アルラウネの周りには人間の背丈よりも少し小さい、普通のサイズのアルラウネも十数匹ボコボコと姿を現した。


「あの頭についているのが花だべか。何だかナスみたいな花だな」


 確かに、多恵子さんの言う通り紫色の花は少しナスにも似ている。


「花壇の肥料の影響であんなに大きくなっちゃったのでしょうか?」


「さあ、とにかくやるしかねぇべ」


 多恵子さんはリュックから愛用の鎌を取り出す。俺も車から元竹槍の剣を取り出した。


「あれ、おったまげた! 立派な剣だこと!」

「おいおい、どーしたんだそれ」


 目を見開く多恵子さんと東さん。


「はは......」


 乾いた笑いしか出ない。


 にやっと笑う多恵子さん。


「せば、真ん中のでっけぇのは頼むな。私は周りのっからよ!」


 多恵子さんはそう言うと、花柄のスカーフと割烹着を緑色に染め、まるで鬼神なまはげのごとく次々と鎌でアルラウネの首を切り落としていく。


「キエエエエエエエ!!」


 多恵子さんは、普段は普通の農家のおばちゃんであるが、実は幻獣撃破数県内一位の実力者なのだ。


 見る見るうちに校庭に緑色の死体が積み上げられていく。


「すげ......」


 車の影では、理恵さんが笛でアルラウネの動きを鈍らせ、セツナも猟銃で応戦している。


「さて俺も......」


 俺は剣を構え、中央の巨大アルラウネに向き直った。


「でえやあああああ!」


 思い切り跳躍し、腕状になっている茎の一部を切り落とす。


 砂ぼこりをたてて地面に落ちる茎。


 だが、その砂埃の陰からもう片方の茎が俺に向かって飛んできた。


「――くっ!」


 俺は辛うじて身を屈め茎を避けると、もう片方の茎も切り落とした。


 が、砂ぼこりの間から現れたのは茎だけでは無かった。

 気がつくと、目の前にはアルラウネの大きな花が迫ってきていた。


「――何っ!?」


 アルラウネの花が横に大きく裂け、そこから牙のびっしりと生えた口が現れた。


「......マジか!」


 咄嗟に避けようとした。


 ――が、鋭い痛みが右腕に走る。よりによって利き腕に!


 牙に噛みつかれ、腕から血が吹き出す。

 

 そこへセツナの銃弾が飛んでくる。

 花に穴が開き、牙の生えた口が俺から離れる。


「ニシ!!」

「西野さん!」


 傷口をチラリと見た。傷は浅い。毒もなさそうだ。


「大丈夫だ」


 俺が手を上げると、皆ほっとした顔を見せた。


 東さんが何かを車から取り出す。


「おい、ニシ、ちょっとアイツを引きつけててくれ」


 東さんの背中には、何やらホースのついたタンクのようなものが背負われていた。


「それはもしや......」


「農薬散布機だ。スギナやチガヤも根こそぎやっつける超強力除草剤よ! 本当はドローンで散布するのを試したかったんだが、用意が間に合わなくてな」


 口の端を上げ嬉しそうに笑う東さん。


「......流石です」


 こうなれば、もう除草剤に賭けるしかない! 


 俺は巨大アルラウネに再び向き合った。


 先に動いたのは巨大アルラウネだった。

 腕のように器用にしなるアルラウネの茎。

 禍々しい緑のが茎が剣に巻き付く。


「げっ」


 外そうとするも、ぐぐと圧がかかる勇者の剣。


 その隙に、アルラウネは大きな口を開き、再び腕に嚙みつこうとした。


「――くっ」


 とっさにアルラウネの胴体を足で蹴り、茎が少し離れた剣で横一閃、切りつけた。切り口は浅い。が、ぐらりとアルラウネの体が揺らぐ。


 俺はアルラウネから距離をとると、剣を構え直した。


「こっちだ、クソ花ー!!」


 アルラウネは激昴した様子でこちらへ向かってくる。大きな口を開ける花弁。


 そこへ東さんがホースを向けた。


「これでもくらいやがれ、草野郎ー!」


 アルラウネの花の中に向かって噴射される超強力除草剤。


 除草剤をもろに取り込んだアルラウネは、ジタバタと身をくねらせた。

 やがてアルラウネの花がしおれ、茎や葉が変色しだす。


 ――今だ!


「でやああっ!」


 アルラウネに向かって飛ぶ。そして大きく息を吐き出すと、斜めに胴体となっている茎を切りつけた。


 ――固い!


 額に汗が流れる。腹に力を入れ、無我夢中で剣を振る。ざくり。スイカか何かを切ったような確かな手応え。いける!


 その瞬間、青白い閃光が辺りを包んだ。


「ギョワアアアアア......」


 ゆっくりとスローモーションのように、アルラウネの上半身が校庭に落ちる。


 巻き起こる砂ぼこり。


 残る下半身も、身をくねらせながら、キラキラと光の粒になって校庭へ崩れ落ちていく。


 そして後に残ったのは、萎れた1mほどの紫色の花であった。これがアルラウネの本体か。


 俺は安堵の息を吐き出した。今回はちょっとヤバかったな。


「お疲れ様!」


 駆け寄ってくるメンバーたち。


「これで全部だべな」


 多恵子さんも鎌をケースにしまう。

 見ると、辺りはアルラウネの残骸があちこちに転がっている。


 俺はほっと息を吐き出した。


「......さすがです」


 こうして俺たちはアルラウネを殲滅したのであった。




 俺が剣を車に積み込んでいると、それを東さんがまじまじと見つめる。


「それにしてもその剣すげェな。どこさ行けば手に入るんだんなもん」


「それが......」


 突然竹槍が剣に変化したことを東さんに説明する。


「ヘェ、そりゃ凄えな。俺の車もロボットみてぇに変形合体しねぇがな」


「そうなれば凄いですけどね」


「ありえないことじゃねーべ。確か幻獣の血には幽鬼物質ゆうきぶっしつとかいうのが含まれているんだべ?」


 ニヤリと笑う東さん。


「それを浴び続けたせいでニシの竹槍が進化したんだとしたら......俺の車だって何回幻獣をいたんだか分かったもんじゃねェからな」


「ハハハ、そうですね」


 幻獣の体を構成する「幽鬼物質」――もしかしてそれが、俺の武器が変化した原因なのだろうか?


 小さい頃から幻獣を食べて育った子供には不思議な力が備わっていることがあるというのも聞いたことがあるし、そういうものなのかもしれない。




 俺たちがそんな話をしていると、突然背後から少年の声がした。


「――見つけた」


「へっ?」


 振り向くとアルラウネの球根を拾い集める中学生くらいの男の子がいた。


 おかしいな。今日は学校は休校になっているはずだ。


 それにどうも変な格好だ。


 金の刺繍のついた黒マントに、アラビアンナイトに出てきそうな奇妙な服を着ている。


「あら? あなたは......」


 理恵さんが少年に近づく。だが、少年は口元を動かし何か呟くと、マントをヒラリと翻した。


「――えっ?」


 次の瞬間、少年の姿はそこから跡形もなく消えていた。


 俺と理恵さんは顔を見合わせた。


「......何だったのでしょうか?」


「さあ......」


 顔を見合わせる俺と理恵さん。するとセツナが渋い顔をする。


「何かあの子、去り際に勇者がどうたら、とか言ってたけど」


 勇者? 


「最近の子供はそういうアニメが好きだから、その剣が気になったんだべ」


 多恵子さんが笑う。


「......そうですね」


 でもなぜか、とてつもなく大きな胸騒ぎがしたのであった。


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