本日は、午後休取って幻獣狩り!
深水えいな
第1話 ゴブリン狩りは竹槍で
「西野代理、この書類どうなっているのかね」
部長が顔を真っ赤にして書類を振り上げる。
「すみません部長。それなんですが、今日は午後から予定があるので、後で直しても......」
俺は荷物を小脇に抱え平謝りした。
ちくしょう、今から会社を早退しようっていうのになんつうタイミング。
部長はあからさまに嫌な顔をする。
「何だね、もしかして田植えでもあるのか?」
ここは米どころ秋田県。
俺の働く
だが俺の予定はそれとは違う。
「違いますよ部長。午後から幻獣狩りの予定が入ったんです」
「幻獣狩り?」
不思議そうな顔をする部長に、課長が説明してくれる。
「知らねんだスか? 西野代理は
「猟幽会? それは休みを取るほどのものなのか? 大体......」
どうも都会から転勤してきたばかりの部長にはピンと来ないらしい。
ああもう、じれったい。俺は説明を放棄すると、カバンを引っ掴みそそくさと逃げるように職場を出た。
「お先に失礼しまーす!」
「あ、おい!」
時計はすでに約束の十二時を過ぎている。
「ヤベッ! 間に合うか!?」
*
俺の田舎はいいところだ。
空気は綺麗で、水も食べ物もうまい。
嫌なところといえば、最寄り駅が無いことと、バスが一日三本なこと。それに、
幻獣っていうのは、今から約三十年ほど前、どこからともなく現れた謎のモンスターのこと。
正式名は「一般社団法人全日本猟幽会」というらしい。
「西野さん、こっちです」
「いなしん」の社員駐車場へ走っていくと、二人の女性が手を振っている。
「悪い、遅れた」
「お疲れ様です。大丈夫ですよ西野さん。それよりこんなに汗をかいて......」
近所の農協で働く妙齢の美女、通称「田んぼのマドンナ」理恵さんがバッグからハンカチを取り出し、そっと俺の額の汗を拭ってくれる。
「す、すみません理恵さん」
黒いVネックシャツの間から胸の谷間がチラリと見える。三十すぎの独身男にはちと刺激が強い。
「うふふ、だって西野さん、汗まみれなんですもの」
柔らかい笑みを浮かべる理恵さん。こんな優しそうな彼女も、実は猟幽会員だ。
「鼻の下、伸びてる」
ボソリと呟いたのは制服姿の女子高生。
彼女はセツナ。彼女もまた猟幽会のメンバーで最年少の十八歳。
日本人形のように整った顔に肩までの黒髪。セーラー服に猟銃を背負っている姿は中々にインパクトがある。
「伸びてないから。......ところで、今日はこの三人だけか?」
理恵さんがため息をつく。
「そうなんです。みなさん忙しいみたいで......」
「大丈夫? 三人とか厳しくない?」
険しい顔をするセツナ。
幻獣狩りは五、六人のパーティーで狩りをするのが基本なのだ。
だが猟幽会員も少子高齢化の波を受け年々減り続けている。
他に職を持っているものも多く、急な呼び出しに答えられるメンバーは限られている。
「そうだな。少し戦力は足りないが」
三人で俺の車に乗り込む。
「......だが、やるしかない」
こうして俺たちは、少ない戦力に若干の不安を感じながらも、目的地へと向かったのであった。
*
車のエンジンをかけると、ラジオから聞こえてくる地元ニュースが幻獣の目撃情報を告げる。
「本県では幻獣の発生が例年の三倍もあり、怪我人や死者も増えているそうです」
「一説には異常気象による餌不足が原因とされていますが、幻獣の生態は未だに不明な部分が多く、ハッキリとは分かっていません」
「皆さんも幻獣を見かけた際には慌てずまずはお近くの自治体や警察に......」
幻獣出現のニュースをこうして取り上げてくれるのは今や地元ニュースくらいのものだ。
俺はラジオのボリュームを上げた。
幻獣の存在がまだ珍しかった昔は、幻獣が現れるたびに大騒ぎとなり、大々的に全国ニュースでも報じられていたらしい。
だが俺が物心ついた頃には、既に幻獣の存在は当たり前のものとなり、今や全国紙では、幻獣出現のニュースはパンダの出産やカルガモの引っ越しよりも小さく扱われる程だ。
無理もない。幻獣たちが出没するのは大体山間部や田舎。幻獣が現れた所で都会の人たちには大した影響もないんだから。
「幻獣が出たってのは国道沿いでいいんだよな?」
俺はバックミラー越しに後部座席に乗る二人に尋ねた。
「うん。あの野菜の無人販売所のあたり」
スマホで地図を確認するセツナ。
「やだ、あそこ安くて新鮮な野菜が手に入るから人気なんですよ。もしお年寄りが襲われでもしたら……」
心配そうに窓の向こうを見る理恵さん。
「急いで行ったほうがいいかもね」
「おう」
幻獣は今や我々の生活にすっかり馴染み、珍しいものでは無くなった。
でもその被害が減った訳では決してない。
テレビでもネットでも大きく取り上げられないけど、今でも
*
目的地にたどり着いたのはそれから二十分ほど経ってからだった。
「確か通報によるとこの辺りらしいが」
国道沿いに車を停める。
確かに無人販売所では野菜が食い荒らされたような形跡があるが、ゴブリンの姿はない。
「見当たらないですね......」
「山に帰っちゃったとか?」
「ちょっと電話して聞いてみるか」
情報提供者に電話をかけようとスマホを出すと、甲高い悲鳴が田園に響いた。
「いた、あそこ!」
セツナの指さすビニールハウスには、子供の背丈程の大きさの緑の生き物が五匹。
「あれか。思ったより数が多いな」
緑の皮膚、長い耳、ギョロリとした目。歪に伸びた鼻に鋭い爪――間違いない、ゴブリンだ。
ゴブリンたちはビニールハウスからトマトやレタス、トウモロコシなど旬の野菜を盗み出そうとしている。
「サラダでも作るのかな」
「んな訳無いだろ」
俺は自分の武器を背中から降ろした。親父から受け継いだ竹槍が鈍く光る。一見しょぼいが、れっきとした俺の武器だ。
「あいーっ! 助けてけれーっ!」
突然の悲鳴。見ると、走って逃げようとする農家のおばちゃんを五体のゴブリンが追いかけている。
おばちゃんに迫る鋭い爪。
「危ない!」
「大丈夫、任せて!」
素早く動いたのは理恵さんだ。理恵さんは袋から竹笛を取り出すと、何やら懐かしいメロディーを吹き始めた。
田園に響き渡る祭囃子。ひゅるりひゅるりと盆踊りのような曲が辺りを包み、同時にゴブリンたちの動きが止まる。
理恵さんの笛には、どういう理由か幻獣の行動を抑える効果があるのだ。
その隙にセツナが銃を構える。冷静に引かれる引き金。次の瞬間には、ゴブリンの額が寸分の狂いもなく撃ち抜かれていた。
ゆっくりと倒れていく緑の小鬼。
「よし!」
だが俺たちの存在に気づいたゴブリンたちは、ターゲットをこちらに変え、今度は一斉に襲いかかってきた。
一匹倒したので残りは四匹。こちらは三人だが、理恵さんとセツナは二人とも接近戦には向かない。俺がなんとかかしないと。
ぎゅっと竹槍を握り直す。
「うおおおおおおお!!」
脇を締めぶれないように竹槍を振りかぶると、俺はこちらへ向かってくるとゴブリンを薙ぎ払った。
畑に倒れる二体のゴブリンたち。
だが残る二体が鋭い爪を光らせ左右から飛び交ってくる。
俺は襲いかかるゴブリンの爪をすんでのところでかわし、左から来た一体にとどめを刺した。続いて振り向きざまに右からきた一体にも一撃。
ふう、やっぱり前線が一人は辛い! だが......
「西野さん、後ろ!」
分かってる。背後から先ほど薙ぎ払った二体が起き上がり、襲ってくる気配。
「たあっ!」
俺は振り向きざまに竹槍をぐるりと回し、再び二体のゴブリンを薙ぎ払った。
息が、上がってきた。
若い頃と違い、体力も落ちてきている。いつまで持つか。――だが!
俺は竹槍を構え直し、呼吸を整えた。
「うおおおお!」
親父の代から受け継いだ竹槍が、ばねのようにしなり、意志を持ったかのように動く。
いける! これなら――
同時に襲いかかってくる二体のゴブリン。俺は一体目のゴブリンにとどめを刺した。そして二体目――
いない!?
俺は辺りを見回した。あと一体。いるはずなのに一体どこへ!?
「西野さん!」
セツナの叫び声。
最後の一体が背後の草むらから飛び出してきた。光る鋭い爪。反応が遅れた!
「クソっ......!」
無我夢中で竹槍を前に出す。
鋭い爪が、頬をかすめる。吹き出す血。
――駄目か!?
だが俺が夢中で前に出した竹槍は、運良く真っ直ぐにゴブリンの心臓を捉えていた。
塵になり、ゆっくりと畑に崩れ去っていくゴブリンの体。
「はあ......はあ......」
額の汗を拭う。な......なんとか倒した!
「お疲れ様」
「......ああ、助かったよ」
こうして、俺たちは何とかゴブリンを退治したのであった。
*
「いんやー、あんだたち、
「ほれ、野菜もってげ!」
「おまんじゃう、
そして幻獣狩りを終えた俺たちに、いつもの恒例行事がはじまった。
野次馬の近所のおばさんたちが、我先にと食いきれないほどの野菜やお菓子を俺たちに渡そうと集まってくる。
「早く離脱しないから囲まれちゃったじゃん」
セツナが耳打ちする。
そうは言ってもなあ。
「そ、それじゃ、皆さんお気を付けて~」
俺たちは大量の野菜を手に、そそくさとビニールハウスを去ろうとした。
そこへ俺たちが助けたおばちゃんが目に涙を浮かべ頭を下げる。
「いや、助がったあ。ありがとうなぁ」
老人たちの合間を縫って、一人の少年も駆け寄ってきた。どうやらおばちゃんの孫のようだ。
「おじさん、婆ちゃんを助けてくれてありがとう! 俺、大人になったらおじさんみたいな勇者になりたい!」
元気よく叫ぶ少年。目がキラキラしている。俺はそんな立派な大人じゃない。そう言おうとしてぐっと堪える。
「そうか......なれるといいな」
俺はその子の頭をくしゃりと撫でると、二人とともに車へと戻った。
「はーあ、疲れた疲れた」
「うふふ、お疲れ様」
「凄いぜーぜー言ってる。運動不足なんじゃない?」
「失礼な」
異変が起こったのはそんなやり取りをしていた時だった。
トランクに野菜を詰めていたセツナが急に目を見開く。
「ねえ、西野さんの槍......何か光ってる」
「え?」
見ると、確かに竹槍から虹色の光が溢れ出している。
「な、なんだこれ!?」
すすけた緑色の槍が、煌めきながら蜃気楼のようにグニャリと歪む。
「竹槍が......!」
長年愛用してきた竹槍が、見る見るうちにその姿を変えていく。
タオルを巻いて紐で縛っただけの柄は金色の装飾の入った柄へ、節くれだった緑の竹が、煌めく銀の長い刃へ――
「な......なんじゃこりゃああ!?」
いつの間にか俺の手には、辺り一面田んぼと畑しかない国道には不釣り合いな、勇者の剣が握られていた。
「ど、どうしてこうなったー!?」
思わず頭を抱えて叫んだのは言うまでもない。
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