催眠の、

白神九或

序章 逃亡

 いつもの時間になった。いや、厳密にいえばそんな気がするだけだ。この部屋に時計などというカラクリは一切なく、ただいつもの勘でそれでいて4人は刻まれたであろう時を確かに感じていた。それが正しいと証明する様に僕らの食事を載せているであろう台車の音と一人分の足音が格子扉のむこうで残響し、迫ってきた。僕ら4人は顔をこわばらせた。いよいよだった。

 がこん、と開いた小窓から男の声が落ちてきた。そいつは、飯だ、とだけいうと黒いパンと薄い色のスープのはいった器ののったお盆を差し出してきた。4人はいつものように扉の前に並んだ、いつもとは違う横並びで。その瞬間、冬雪ふゆきとねるが男の手首に掴みかかった。

「おっ、おい!!!!離せ!」

構わず二人は体重をかけ、小窓から生えた男の腕にしがみついた。がっ、と声をあげた男の腕が小窓からのぞくという状況ができ、男の体は格子扉ぴったりとくっついている。鍵束を盗るには十分だった。僕は暴れる男の体を固定させ、鍵束を盗る名無ななの作業しやすいよう、手助けをした。鍵束をとるのに時間は掛からない。ねるの全ての話は正確だった。だから計画はうまくいったはずだった。

「この糞ガキどもがっ!」

 そう叫んだ男は次の瞬間、冬雪より僅かに軽いねるを弾き飛ばした。ねるは床に投げ出され、それを見届けた男の血走った眼が反対側の腕をつかむ冬雪に宛てられた。軽くなった手で冬雪の首を掴んだ。ひっ、と引いた冬雪の声が僕の耳に届いた。だめだ。なぜ、体は動かない。なぜ・・

ぱんっ、

 銃声だった。まるでそれを合図にしたかのようにその場にいた全員が固まった。対するように、口から血の塊を吐いた男だけが力が尽きたかのように、いや、実際は魂が尽きた体躯だけが傾れ倒れた。名無が大きく息を吐いた。あ、とねるが声を漏らす。

 そうして、虚ろな名無がはっとしたようにいった。初めてだ、人を殺したのは初めてだ。そんな彼女に対し、まだ僕の体は動かなかった。

                                逃亡する、

 

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催眠の、 白神九或 @qail9999

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