終章:救世主はターゲット?

第一幕:ターゲット(一)

「なんと、まさかお一人で来られたのですか?」


 第八聖典神国エイス・セイクリッダム託宣巫女オラクラシビュラである【シータ・アズゥラグロッタ・ナインス】は、信じられないと言わんばかりに、腰まで届く空のような水色の髪をふって驚いた。


「まったく、レクサ様は無茶をなさいます」


 そんな彼女から苦笑と共に放たれる声は、透きとおっていながら全身に浴びせられると、えもいわれぬ心地よさがあった。

 彼女の種族は、魔力ある言葉を放つことができるという。


(日本で言うところの「言霊」かな……)


 第三聖典神国サァス・セイクリッダム英雄騎士ヴァロルの【レクサ・スー・サァス】というキャラクターに入っている魂は、日系三世のブラジル人であり、祖父は日本人だった。日本語を読み書きはできないものの、簡単な会話を祖父には習っていた。

 それに日本の文化も好きで、子供の頃はよく日本の写真などを見せてもらっては、祖父に説明を聞かせてもらったものだ。特に神道などはミステリアスで、彼の好奇心を大いに刺激した。

 目の前の女性を見ると、その時に見た白い服に赤い袴の巫女の写真を思いだす。


 もちろん、見た目はまったく違う。目の前にいる女性は、幾何学模様のような銀の冠に、真っ白な裾が大きく広がる西洋風ドレスを纏う、気品あるいでたち。

 しかし、そこから醸しだされる神秘性に、まさに日本の巫女と通じるものを感じていたのだ。


 レクサは玉座に腰かける彼女に、頭上で合掌をしたまま頭をたれる。それは相手に敬意を示す、この世界の挨拶。

 彼女はまだ十代半ばという年齢ながらも、落ちつきもあり威厳も備わっている。自然に敬意を払いたくなる雰囲気に包まれていた。


「恥ずかしながら、今回はわたくしめの個人的な事情。それにご存じかと思いますが、わたくしは故」


「それは存じております。しかし、なにもこの非常時に……」


「いえ。非常時だからこそでございます!」


 謁見の間と言われる大部屋に、レクサは力強い声を響かせた。


 少し縦長で、大きな石柱が立ち並ぶ天井の高い部屋。周囲にもシータを守るための近衛兵達が、その柱と一緒に立ち並ぶが、彼らはまるで置物かのように微動だにしない。

 おかげで、その場にはシータとレクサの2人しかいないかのようだった。自国にいるときのように、うるさく口をはさむ者はいない。


「不躾ながら、申し上げます」


 だからレクサは、頭を上げると言葉を続けた。

 ラベンダー色の板金鎧プレートアーマーを鳴らしながら、真っ直ぐに姿勢を正す。黄色に近い金髪に、色白の肌、二重の双眸、筋が通って高めの鼻、上品な口許。色黒の少し厳つい顔で、似ても似つかない容姿だったというのに。

 ただ、現実の世界よりも整った己の顔のレクサというキャラを気にいっていた。そして気にいりすぎて、まるでナルシストのように鏡を見ながら、どうすれば自分がよりかっこよく見えるのかも研究していた。

 その研究成果を試すように、顔だけを少し斜めにして目許にかかった髪をかきあげる。


「国民にも愛された英雄騎士ヴァロル殿を失った第九にとって、その娘の生存は士気に関わるのではないかと」


「無論、関わりがないとは申しませんが、いくら英雄騎士ヴァロルの娘と言っても準騎士リロルです。あなたのような英雄騎士ヴァロル、しかも他国の方が……」


「何を仰いますか。他国の者などと水くさい。同じ連合国の同志。それに、前からお伝えしたとおり、わたくしの気持ちは本物でございます」


「……本気で……本気で、彼女と添いとげたいと仰るのですか?」


 心を覗きこむような聖典巫女シータの切れ長の眼差しをレクサは正面から受けとめた。

 彼はそのことに、何のやましさもなかった。


「もちろんでございます。嘘偽りはございません! 彼女こそ、わたくしの求めていた女性なのです。わたくしは彼女さえいれば、側室もとることなく、わたくしの愛情のすべてを注ぐつもりでございます。だからこそ、彼女の生存情報があるのなら、何をおいても命がけで駆けつけましょう」


「生存情報……。確かに密偵より、第六にてファイ殿の噂が報告されました。しかも、怪しい男と行動を共にしているとも情報が入っています。もしかしたら、何かよからぬ事に巻きこまれているのかもしれません。ただ……第八はまだしも、第七と第六に貴方様が入るのは許可されないでしょう」


「はい。無論、隠密にて行動致します」


「それは見つかれば争いのタネになりかねません。第三聖典巫女サァス・オラクル・シビュラ様と聖典様は許可なさっているのですか?」


「先ほども申し上げた通り、これは個人的な事情です……」


英雄騎士ヴァロル殿が動くのに、その理屈は通用しません。……とはいえ、わたくしには他国の英雄騎士ヴァロル殿を縛る権限もありません」


 ふと、シータは表情を緩めた。

 その表情が、年相応の少女の不安を浮かべる。


「情報はさしあげます。……ファイ殿は、我が国の準騎士リロルであると同時に、わたくしにとっては友なのです。結婚の話はともかく、わたくしとしても心から無事を願っています」


「おまかせください。もし、不逞の輩に囚われているのでしたら、そやつを成敗し、必ずや無事にファイ殿をお連れ致しましょう!」



 こうしてレクサがファイを探す旅に出たのは、守和斗たちが宝物庫迷宮ドレッドノートダンタリオンの最下層から脱出する20日以上前のことであった。

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