第二幕:ターゲット(二)

 英雄の帰還は、瞬く間に広まった。

 日も半分以上、沈んでいる時間だ。当然、多くの冒険者が帰路につき始めていた。

 ところが情報を聞くやいなや、誰もが踵を返して迷宮館ノーティスに戻ってきたのだ。

 それどころか広まった噂は、自宅にいた冒険者や野次馬たちまでも駆りだしてきたのである。


「こりゃぁ、すごいな……」


 ウィローがボソッとこぼすと、横にいたトゥも思わずコクコクとうなずいてしまう。2人とも、宝物庫迷宮ドレッドノートの出入り口にあたる迷宮館ノーティスに、これだけの人が集まった様子など見たこともない。


 だが、騒がれるのも当たり前だ。

 宝物庫迷宮ドレッドノートで行方不明になった騎士団ローレのパーティ。誰もが彼らはもう助からないと予想していた。

 ところがすぐさま、世界冒険者ワールドクラスの冒険者が2人も加わった救出パーティが結成された。その結成の素早さも驚きだったが、結成しただけではなく、たった1日で誰もが無謀だと思っていた救助を成功させてしまったことの方が驚異だったであろう。しかも、1人の脱落者もなく助け出したのだ。


 ありえない。これは奇跡に近い。いやはや、さすがは世界冒険者ワールドだと、タウとテラの周りにはあっという間に人だかりができた。しかも、タウの足には宝物ドレッドまでついている。ただ救助するだけではなく、宝物ドレッドまで手にいれていれば英雄扱いも当然だろう。


 だが、騒ぎになったのはそれだけではなかった。

 その人々に囲まれ、英雄だともてはやされたタウとテラが、そろって首を横にふったのだ。この偉業は自分たちの力ではない。ファイとクシィの活躍によるものだと、世界冒険者ワールドである2人の冒険者が褒め称えまくったのだ。


 最初は、そのことを信じる者がいなかった。しかし、以前にファイとクシィの2人とパーティを汲んだことがある者たちが、やはり2人の力を認めたのだ。それにもちろん、ウィローたちもまちがいないと後押しした。

 とたん、2人も人だかりに飲まれていった。


 もちろんウィローとトゥの元にも人は来たが、あっちの4人と比べればかなりまばらだ。2人はおまけとしてみられていたのだろう。

 少しくやしい気持ちもウィローの中にはあったが、おまけであることは事実だからしかたがない。たぶん、自分などいなくとも何の問題もなく助け出すことができていたであろう。

 ただ、嬉しい事もあった。元パーティメンバーだった、弓術士キュールの【カール・カーン】、魔術士マジルの【キィ・ドラーヤ】の2人が顔を見せて、「すげぇな」「見直した」と声をかけてくれたのだ。

 一度は袂を分かった2人だったが、また冒険しようと誘ってくれた。ウィローは、それだけで満足だった。


「ところで、ウィロー」


 自分たちの周りに人だかりがなくなったタイミングで、トゥが目を伏せ気味にしながら口火を切る。


「やっぱり……やっぱり、アンとはよりを戻すの?」


 いつ聞かれるだろうと思っていた話題だ。

 そしてトゥを傷つけるとわかっていても、やはりきちんと言わなければならない。


「ああ。アンがクーラ……クーラ殿との婚約を破棄してくれた。オレと婚約したいって言ってくれたんだ」


「……いいの? それでウィローはいいの?」


「ああ。オレは彼女を幸せにしてやりたいんだ……。ごめん、トゥ」


「謝らないでよ。わたしも覚悟はしてたし……それに……」


 赤いマントをひるがえしながら、トゥがいたずらっぽく微笑する。


「わたし、かなりあきらめ悪いし……ね?」


 いつも仲間を癒やしてくれる優しいトゥが、こんな顔をするのかとウィローは驚く。

 長いつきあいだが、童顔のためにいつまでも子供のようだと思っていたトゥ。彼女ももう立派な大人の女性なのだ。


「トゥって……そんな強い子にいつの間になったんだ?」


「いつのまにって……失礼ね、ウィロー。それに強いってのは、彼女たちみたいなのをいうんじゃないかな?」


 そう言ってトゥは、ファイとクシィの方を向いた。

 そこにはタウとテラも混ざって、人だかりの向こうで少し顔が見える程度だ。

 4人には入れ替わり立ち替わり人が集まり、祝辞と酒を贈っている。さらにファイとクシィには、パーティのお誘いが相次いだ。それこそ喧嘩になりそうな争奪戦が今も繰りひろげられている。

 それは、世界冒険者ワールドに認められる強さというだけではない。輝く金髪の凜とした美少女と、艶やかな黒髪のわずかな妖艶さを併せもつ美少女。そんな彼女たちを男の冒険者たちが放っておくわけがない。


「確かにあの2人にタウ、それにアンだってオレより強いんだから嫌になるぜ……」


 その大人気を見ながら、ウィローは肩をガックリと落とす。自分は彼女たちに比べたら凡人もいいところだ。


「あの2人は特別だけどね。なにしろ騎士団ローレの人たちより強いんだから。騎士団ローレの人たちが早々に消えるのもわかるよ」


 トゥの言うとおり、アンたち騎士団ローレは地上に帰還後、休憩も取らずにそうそうに街を出る準備に戻った。そのまま王都に戻って報告に行くのだという。

 単に生真面目だとか任務に忠実だと言うだけではなかった。天下の騎士団ローレが冒険者に助けられたというのは恥なのだ。その場にいれば、とんだ笑いものとなる。

 それにクーラを始め、多くの騎士ロールが自信を喪失していた。なにしろ、まだ森林冒険者フォレストになりたての女の子2人にさえ敵わなかったのだ。そして、常識を遙かに超えた強さの冒険生活支援者ライフヘルパーにまで出会ってしまった。


(まあ確かに、これじゃ真実を報告なんてできないよな……)


 クーラがこれから王都でする報告は偽りとなる。それは守和斗の要望であり、クーラたちにとっても望むのであった。だから、ウィローたちはも口裏をあわすことになっていた。


 偽りの内容は、簡単だった。クーラが罠にかかって落下した先は、最下層ではなかったことにしたのだ。

 つまり魔神ダンタリオンとは戦わず、たまたま運良く見つけられた脱出口から外にでられたという筋書きである。これなら、「どうやってクーラたちが魔神を斃したのか」とか「最深部の宝物ドレッドをどうしてもってこなかったのか」を説明しなくて済む。それは同時に「守和斗という冒険生活支援者ライフヘルパーに助けられた」という恥ずべきことを隠しておけることに他ならなかった。

 そして守和斗は、それを望んでいた。彼は人数あわせの荷物持ちとして同行した、ただの冒険生活支援者ライフヘルパーにしてほしいと願ったのだ。


「スワトも祝い酒ぐらい呑んでいけばいいのにな」


「そうだね。目立ちたくないって言っていたけど……」


 本当に心底、富にも名声にも興味がないのだろう。守和斗は自分のやったことを全員に口止めし、地上にでるやいなや直帰してしまったのだ。


「本当に変な奴だな、あの冒険生活支援者ライフヘルパーは」


 ウィローの苦笑に、トゥは微笑で同意する。


「そうだね。でも、確かに変に目立ったらスワトさん、いろいろなところから狙われちゃうかもよ?」


「かもしれないけど、とてもあいつを殺せる奴がいるとは思えないけどな……」

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