第一〇幕:大魔王(五)

 パイはここしばらく独りだった。


 学生時代にから、彼女はずっとファイの側にいた。ファイを慕って仕えるように彼女の横に立ち、彼女を守り支えてきた。

 ファイがよく怪我をするから回復させるための魔法マギアを優先的に覚えた。料理が苦手だというから、代わりに料理を懸命に練習した。とにかくパイにとって、親友のファイは何よりも優先すべき大切な存在で、もっとも近しい存在だった。


 ところが、あの冒険生活支援者ライフヘルパーの男が現れてから、パイはファイのそばにいることが段々とできなくなっていった。戦場でも背中合わせで共に戦ってきたというのに、今ではその席を事もあろうか敵国の女に奪われてしまっている。

 しかも自分を冒険には連れて行ってはくれないのに、冒険生活支援者ライフヘルパーとは一緒に行く。確かに実力の差があることは認めるが、今の自分の仕事は家事だけだ。これでは、どちらが冒険生活支援者ライフヘルパーなのかわからないではないか。

 だからと言って、冒険生活支援者ライフヘルパーに鍛えてもらうなど面子が許さない。否、元凶に教えを乞うなどできようはずもない。


(奴さえいなければ……)


 いつからか心にそういう声が響き始めた。その声はどんどんと大きくなり、頭の中で反響し、とまらなくなった。

 だいたい最初から気にいらなかった。「学徒」などと偽り、胡散臭い謎の術を使う存在。神人であるとも聞いたが、それとて信じられたものではない。そもそも神人など伝説に近いはずだ。

 確かに神人らしく、古代語は扱っていた。しかし、それとて本当に正しい古代語である確証などない。

 それに古代語をファイだけではなく、敵国の女であるクシィにまで教えたことも気にいらない。しかも、たまに3人で古代語を使って会話されたときに感じる疎外感は胸をかきむしりたくなる。


 のけ者にされた孤独感。

 忘れ去られた存在感。

 すべての元凶は……。


 ああ、スワトだ。

 あいつがファイ様を鍛えて自分との強さを離させた。わたくしに背中を預けさせないようにした。

 あいつが敵国の女を取りこんだ。わたくしの場所を奪わせた。

 あいつがファイ様の興味を奪った。わたくしへの興味を失わせた。

 このままでは、わたくしのファイ様が奪われてしまう。

 ファイ様は、わたくしのもの。

 昔から、ずっと一緒にいたわたくしのものです。

 それをあいつが奪おうとしている。

 なんてとんでもないこと!

 ならば、あいつを排除しなくてはならなりません。


 だが、そんな激しい心の中の囁きは、こうも静かに告げる。憎むべき男だが、その強さはまちがいない事実だ。まともに戦っては勝ち目がない。だから、搦め手を使った方がいいだろうと。表面にださず、平静を装い、罠を張るべきだと。


 その囁きをパイは最初、「悪魔の囁き」だと思った。なんと怖ろしいことを考えるのか、誇り高き騎士ロールとしてまちがった考えであると恥じていた。

 しかし、囁きがワンワンと鳴り響き始めると、それを「神の啓示」だと思うようになった。何しろ、悪たる守和斗を退治するのだから、それが悪いことのはずがない。

 どんな卑怯に見える手段を講じても、それはすべて正義の行いなのだ。


(あいつは悪魔だ……悪魔なんだ……)


 だから、行動を起こした。

 策はある。

 最強の存在に見える守和斗に見つけた、唯一の弱点。

 パイだからこそ、見つけることができた隙。

 そのために、彼らが留守の間にパイはコツコツとコネクションを作った。

 見つけた隙をつくには、どうしても手にいれなければならない物があったからだ。


 そして今日、が手に入った。

 守和斗たちが出かけてからすぐに家を出て、闇販売をする者と接触してを手にいれた。幸いにして、はさほど高額ではなく、食費として預かっていた金をやりくりすることで手にいれることができたのだ。

 準備は整った。


(あいつがいなくなれば、きっとファイ様も目が覚めるはず……)


 今夜あたりに、3人は宝物庫迷宮ドレッドノートから戻ってくるだろう。

 あとはチャンスを見計らえばいい。

 ファイを巻きこまないタイミングで慌てず平静を保って仕込めばいい。


(これでファイ様は……わたくしだけのものに……)


 パイは小瓶に入ったを恍惚とした目で見つめていた。

 そんな彼女をまた恍惚とした目で見る闇がいることも知らずに……。

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