第七幕:大魔王(二)

 前衛は3人。

 中央から、先陣を切ってファイが走る。


 この組み合わせの能力職ジョブならば、騎士ロールである彼女が盾を持って敵の意識をひきつける役目である。

 しかし、彼女は盾を持っていない。たぶん、守和斗の指導なのだろう。細い剣だけをもち、それを使って敵の攻撃を捌くという戦い方をしている。


 もちろん、そんなことは一朝一夕にできるような技術ではないし、そもそも普通の剣を振るうだけでは、魔力ギリアンによる攻撃を捌くことなどできない。

 そのため、前衛能力職ジョブは、必ず気力アウラによる装気術アウラエンハンスを使用する。刃にその力を宿らせれば、魔力ギリアンに作用して力の方向を変化させることができる。つまり、魔法攻撃を弾く事も可能なのだ。


 ただ一般的には、装気術アウラエンハンスは、さほど細かいコントロールができる技ではない。高い集中力も必要となる。だから、面積が大きく避けるのも容易な盾全体に、装気術アウラエンハンスを使って、敵の剣戟も魔力もとにかく弾くという使われ方をする。


 ところが、ファイはそのコントロールの力がすばらしかった。

 剣の刃に、「斬る」という力と「捌く」という力の両方をまとわせている。そのため、敵の魔力ギリアンによる攻撃を斬って分解しながら、横に受け流すというタウから見れば非常に器用な真似をしていたのだ。


 だが、その技に見とれてもいられない。

 ファイが敵の攻撃を引きつけ、その隙にクシィが魔術マジアによる攻撃を放つ。

 2人は正面から、魔神の2本の腕をしっかりと引きつけている。

 だから、その隙に、タウとテラは左右に分かれてサイドから攻める作戦だ。


 タウはテラとほぼ同時に連撃を放つ。

 しかし、伊達に4本もの腕があるわけではなかった。

 魔神はその腕で魔術マジアを放ち、さらに装気術アウラエンハンスまで使ってくる。

 なんとか隙を見て攻撃を入れられたとしても、下半身部分は見た目通り非常に硬くて攻撃が通りそうになかった。


(使ってみるか。やるなら、まず腕……)


 タウは高く飛び上がると、空中で気力アウラを放って加速する。


 そして魔神が拳を振るってきたタイミングで、また気力アウラを放つ。


 ただし、それは方向転換のため。


 敵の攻撃をそれでかわし、無防備になった二の腕を狙う。


 拳の先は装気術アウラエンハンスで強化されているが、腕までは強化されていない。


 だからそこに、手にいれたばかりのインパクト・スパイクで強烈な蹴りを叩きこむ。


「――せいっ!」


 今までとはまったく違う感触が伝わってくる。


 それは足の裏から脚を伝わって響く、「効いた」という手応え。


 確かな証拠に、魔神から呻きが響く。


 だが、腕を弾きとばすことはできても、折ることはできなかった。


 空中で放った分、踏ん張りが利かない。


「生意気な!!」


 魔神の顔がタウに向けられる。


 その不気味な口から、唾のような液体が線状に飛来する。


 装気術アウラエンハンスによる障壁を全身に張る。


 だが、やはり勢いは殺せない。


(――くっ! 強い……)


 液体の槍に貫かれることはなかったものの、そのまま背後に飛ばされてしまう。

 そして壁まで飛ばさせれ、衝突するかと思った。


(――!? なんだ、今の動き……)


 しかし、不思議なことに途中で勢いは殺され、壁にぶつかる前に失速する。

 そして体勢を立てなおして無事に着地できる。

 おかげで大きなダメージにはならなかったが、今の失速は明らかにおかしい。


(どうなって……)


 ふと、反対サイドを見ると、テラも苦戦していた。

 彼の得意技である【六条穿孔】も、通用していない。

 一方で、彼自身もこれほどの相手に対して、大きなダメージを負っていない。

 そして、その理由はすぐにわかった。

 当たれば彼に致命傷を負わせるであろう痛撃の軌道が、不自然に逸れたのだ。


(……まさか!?)


 そう思い、守和斗を一瞥した瞬間だった。

 魔神から怒声が唐突に上がる。


「ふざけるな! 貴様か! 貴様がオレ様になにかしてやがんな!」


 あまりの怒声に、仲間の攻撃も一斉に止まってしまう。


「なにか邪魔していやがるだろう! ふざけやがってー!」


 大喊たいかんに、自然とタウの身は強ばる。 

 しかし、それを真っ向から受けている守和斗は、小馬鹿にしたように「勘がいいな」と嘲笑する。


「下人のくせに……もう面倒だ、まとめて燃えかすになりやがれ!」


「――ったく。短気め!」


 魔神の全身が赤く光り始めた。

 それは灼熱の赤から金のように眩しくなっていく。

 ともなって集まる大量の魔力ギリアン


(こっ、これは――!?)


 まずいと思い、魔力障壁を張る。


 しかし、あまりの眩さに目を閉じてしまう。


 瞼の裏で感じたのは、体に突き刺すような熱。


 それは刹那で感じなくなる。


 代わりに、肩に感じる人の体温。


 そして大爆音。


 ただし、爆風が身を焼くことは一切ない。


(……? なにがどうなって……)


 タウは怖々と目を開く。

 すると、目の前に見えたのは黒髪の背中。

 さらにその向こうには、炎を包含する熱風が吹き荒れている。

 だが、その熱風がこちらに来ることどころか、熱を伝えてくることもない。

 すべては黒髪の背中――守和斗の前で流されていた。


(なんと強力な魔力障壁……)


 タウはゴクリと唾を呑みこみ驚愕する。


「ピョン……こ、これは、まずいところでしたね……はぁはぁ……」


 背後からの聞き慣れた声に振りむくと、そこには強ばった顔のテラがいた。

 かなり疲労したのか、呼吸が乱れている。

 そして、その背後にはファイとクシィも立っていた。2人もさすがに息が荒い。


「う、うむ……。これはさすがに我らでは防ぎきれんな。はぁはぁ……緋鷹も使用禁止されていたし」


「そうね……ふぅ……。わたしもミネケ・プスを呼んだらだめって言われてたから……守和斗が引っぱってくれなければ、燃えかすも残らなかったかも……」


「ピョン。というか……私たちはいつのまに、スワトの後ろに連れてこられたのでしょうか?」


 テラにつられて、タウも守和斗に視線を向ける。

 もちろん、タウだってわからない。守和斗は戦っていた4人のかなり後方に立っていたはずだ。それなのに今は、全員その守和斗の後ろに連れてこられている。それこそ瞬きする間のできごとであろう。

 いくら速く動けたとしても、これはさすがに無理なはずだ。それに急激にそんな動きをすれば、体の負担も大変なことになる。ところがタウ自身には、激しい動きどころか、体を動かしたり動かされたりした感覚さえないのだ。


「ああ。これは、守和斗のテレポ……裏技みたいなものだ」


 ファイが苦笑しながら言うと、クシィが呆れたような口調で続ける。


「そうそう。ズルよ、ズル能力。『チート技』ね」


「チート? なんだそ――っ……はぁっ……ぐっ……」


 会話の途中で、タウは言葉を続けられなくなる。不自然なぐらい、どんどんと息苦しさがましている。確かに今まで、激しく動いて呼吸は乱れてはいた。しかし、それとはちがう。まるでは肺に穴でも空いたかのように、いくら息を吸っても吸っても息苦しさがおさまらない。


「ああ。今の爆発と炎で、この辺りの酸素を使いまくったみたいですね」


「なっ……なんだと……」


 よく見ると、テラもファイやクシィさえも、やはり息苦しそうになってきている。

 宝物庫迷宮ドレッドノート内の酸素は、迷宮内の壁から少しずつ供給されてはいる。しかし、大人数が入ってきたて激しく活動したり、今のような燃焼が起きればそれは一気に減ってしまう。需要に供給が追いつかなくなる。

 普通ならば、上層部とつなげることで上から空気を送り込めるようになるのだが、今はその方法がとられていない。ここにある空気の中で戦わなければならないのだ。


「グフフフフ。よく防げた。しかし、息ができず苦しいだろう、下人ども!」


 呼吸をしない魔人は、圧倒的に優越な立場に立ったことを確信したのだろう。まるで勝負は決まったと言わんばかりに嘲る笑みを見せる。


(い、いや……たしかに……これはまずいな……)


 どんな達人であろうと、人間である以上は息をしなければならない。しばらくの間、無呼吸で行動することは可能だろうが、激しい戦いを繰りひろげてはそれほど保つわけがない。


 というか、体を動かすどころではなくなってきた。あまりの苦しさに、タウは膝を折りそうになる。


「……よし。じゃあ、ここで第1ラウンド終了だ」


 守和斗が唐突に指をパチンとならす。

 すると、タウは自分たちを包むように球体の見えざる壁ができあがるのを感じた。

 それは魔法師マギタが使う結界に近いが、どこか違う。言い表す言葉はすぐには思いつかなかったが、外と中で世界を区切られたかのような感覚だ。結界の外のことが、まるで占い師が水晶の中に見せる幻像のように思えたのだ。


「グヌヌヌ……どこに消えた、下人ども! ここからは出られぬはず……どこに隠れている!?」


 魔神が叫ぶ。しかも、正面に立っているのに、周りをキョロキョロと見まわしているのだ。


(こちらが……見えていない? ……って、息ができる?)


 いつの間にか息苦しさが弱まっていることに気がつく。肺を動かせば、ちゃんと酸素がとれる感覚。すぐに呼吸が整えられていく。


「ピョン……。もうだいぶん、スワトに驚かされるのは慣れてきましたが……これはいったい?」


 そうだ。タウもテラと同じく、守和斗に驚かされることには慣れてきた。彼に常識が通じないことも充分に理解してきた。

 それでもやはり立て続けだと、理性はついていっても感情が追いつかない。今だって、理解できない現象が立て続けに起きて、混乱の一歩手前ぐらいでなんとかとどまっている。

 これ以上、理解不能なことが起きたら、冷静でいられる自信がなかった。


「ふむふむ。これは守和斗君の物理結界と論理結界の複合結界ですよ」


 しかし、タウはまた驚くことになる。


「そこに彼の固有亜空間に溜めてあった空気と入れ替えている状態ですね、はい」


 唐突に聞こえてきた男性の声。それは、タウやテラ、ファイやクシィたちの背後から聞こえてきた。

 あわてて4人は振りむく。

 さっきまで気配などなかったその場所。

 守和斗の結界の中に、今まで見たこともない男が1人、右手に分厚い本を持って立っていたのである。

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