第六幕:大魔王(一)
どうして、地下にこれだけの建造物を建てられるのか。
そう考えてから、タウはここが地下ではないことを思いだす。地下迷宮の様に感じているが、
ダンタリオンの最深部、その巨大な両開きの扉。
守和斗が手を触れて魔力を流しこむと、それは自動的に内側へゆっくりゆっくりと地面を引きずるような轟音と共に開き始めた。
そして現れたのが、この巨大なドーム状の部屋だった。
部屋と呼んでいいものかも悩ましい。壁も天井も淡く光を放つ大理石のような素材で作られており、広い空間ながらも視界が確保されている。部屋というより、どこか別の空間のようにも感じられた。
相変わらず、その背中に身構えたそぶりは見えない。それが頼もしくもあるのだが、同時に心から信じきれてもいないため不安も残る。
たぶん、守和斗に対する不安を感じていないのは、ファイとクシィだけだろう。2人は身構えながらも躊躇いなく守和斗に続いている。
「…………」
ゴクリと唾を呑みこんでから、タウはテラと目を合わせた。そして意志を確認し合うと、共に守和斗たちのあとに続く。
踏みしめる床は、石畳のようだった。ただ、靴底から伝わる感触は普通の石畳よりかなり硬そうである。
たぶん死闘を繰りひろげることになろう戦場の足場だ。滑りやすさなど、いろいろ今の内に確認しておいた方がいい。
(しかし、広い)
目線をあげて周囲を見まわす。
宝物庫といいながら宝の山など見当たらない。それどころか、柱一本見当たらない。どうやってこれだけの天井を支えているのか不思議になってしまう。
だが、本当に何もなかったわけではない。タウたちの進む突き当たりには、巨大な棺のような直方体が設置されていたのだ。
全体が銀色に輝き、全面になにやら模様が描かれている。ここからでは細かい形はわからないが、文字のようでもありただの柄のようにも見えた。ただ、上部に横一本の線が入っている。
(蓋? あれは箱か? ならば、宝はあの中に……)
しかし、箱としては巨大すぎる。遠くにあるため遠近感で感覚が狂ってしまうが、横幅は少なくとも大人五人が横に手を広げてやっと手が届くかどうかというサイズ。高さについても、テラの身長の3倍は最低でもあるだろう。
いったい、これほど巨大な箱を誰が空けるというのだろうか。それとも先ほどの巨大な扉と同じで、魔力を流すと自動的に開くのだろうか。
「――!?」
そんなことをタウが悩んでいるうちに、背後で扉が異常な速さで轟音と共に閉じられた。開くときはゆっくりとだったのに、閉まるときはまるで逃がさんとばかりの勢いだ。なにしろ、ウィローたち待機組の「まずい!」「閉まるぞ!」という叫びと、両開きの扉が閉じ終わる轟音が同時に聞こえたぐらいである。
「ピョン。閉じこめられたみたいですね」
「まずくないか?」
タウがなんとか声を震わさぬよう、守和斗の背中に問う。
「まあ、こういうのはお約束だろう。――ったく、本当にゲームっぽい。どこの世界でも神や悪魔はお遊び好きだな」
だが、彼は振りむくこともしない。扉がけたたましく閉まったときでさえ、後ろを見るどころか、歩みをとめることもなかった。
初めからわかっていたかのように、ただただ前へ進む。
「おでましだ……」
そしてやっと足をとめたのは、広いドームの中央あたりにたどりついたあたりだった。
前方にあった巨大な箱の上に魔力が光となって急に集まりだす。
そして見る見る間に、光は人のような形を成していた。
巨大な箱に鎮座する巨人。しかも、ただの巨人ではない。
1つの頭に2つの顔。左右に顔があるのだが、中央は犬の鼻先のように前に伸びて、その下で左右の口が不気味に繋がっていた。
右の顔の左目、左の顔の右目が、ちょうど頭の正面にくるようになり、それで一つの顔のように見えている。
ただ、目は2つしかない。後頭部に近い左右の目にあたる部分からは、まるで頭の中から芽吹いたように木の枝のようなツノが生えているからだ。そのツノは、まるで自己主張するかのように赤黒くうっすらと明滅をくりかえしている。
「なんと……禍々しい……」
タウは身震いする。その禍々しさは決して頭部だけではなかった。
上半身は男性の肉体のようだが赤黒い染みが全体にあり、腕が4本生えている。その指先は異常に伸びて尖り、黒光りしていた。まるで上半身全体で、どす黒い血を浴びたかのようだ。
そして下半身は、鎧のような金属質で覆われている。それを肌と言っていいのかさえ怪しい。ゴツゴツと
「やっと来たか、略奪者どもめ」
「――!?」
巨人たる魔物が、空気を震わせて言葉を発したことに、タウやテラ、そしてファイやクシィも一様に驚いた。
話すだけではなく、その言葉には少なからず知性がある。知性がある魔物は、かなり高位の存在である事はまちがいない。
もちろん、そのことを誰しも予想しなかったわけではない。このダンタリオンの最深部にいるのだから、そのぐらいのレベルがいても不思議はないことだ。しかし実際に目の前に現れると、その迫力にどうしても身がすくむ。
「奪略者というのは、俺たちのことか?」
そしてやはりというべきか、そんな中でも守和斗は超然としている。
それどころか彼は両手を腰にあてて、呆れるような声色をだしていた。
「当たり前だろうが。貴様たち以外に誰がいる。神の財宝を狙う不届き者が」
「だったら、厳重に閉じておけばいいだろう。
「下人ごときが、神よりこの
魔神と名のった魔物は、そう言った後に口の両端をつり上げる。そして2つの顔の1つずつの目も愉悦にゆがませた。
明らかに、嘆いているわけでも、怒っているわけでもない。そこにあるのは、激しい嗜虐性だ。目の前にいる圧倒的に弱い存在をどのようにいたぶろうか。そう考えていると、ありありと伝えてくる。
タウは気圧されてはいけないと心を持ちなおそうとする。
が、これと今から戦うのかと考えると、体が強ばってしまう。
「で、その
「ダンタリオン……。貴様らはこの
「ああ、勝手に名のってくれ。そんなことより、俺たちは宝はいらないからとっとと外にでたい。出口はあるのか?」
「なぁにぃ~?
気色の悪い声での嘲笑に、それでも守和斗はため息を返す。
「――つたく、よく言うよ。ここまで落とし穴でショートカットさせておいて、用意している敵は大木の魔物が3体だけ。あれは確かにこれまでより強かったが、狭い通路に戻れば逃げきれるようにしてある。そして頭のいい奴なら、仕組み的に走り抜けることも可能だったと気がつくだろう。なにしろ、部屋の出口もずっと開きっぱなしだったからな」
「…………」
「つまり、ここには実力不相応の弱者もたどりつくことがある。いや、むしろそう仕向けているんだろう? 貴様が、楽しむために……な、ゲス魔神?」
「……殺す順番が決まったな!」
宣告と同時に、魔神が左右で一本ずつ手を上に掲げた。
そこに一瞬で氷塊が生まれる。
「――まずは、貴様をすり潰す!」
そして氷塊を守和斗へ投げるように飛ばす。
刹那、金髪をたなびかせてファイが前にでた。
彼女の手の剣が、いつのまにか炎の刃となっている。
「――させんっ!」
気合と共に一閃。
人の大きさほどある氷塊が、中央から真っ二つに裂かれて左右に飛ぶ。
それと入れ替わるように、今度は守和斗の背後に光の玉が生みだされる。
「お返しよ!」
それはバチバチと光線が弾ける、クシィが生みだした魔術の雷球。
今度は彼女の気合と共に、それが守和斗の頭上から魔神に飛んでいく。
「――フンッ!」
されど魔神の右2本の腕が、ノーダメージでそれを弾きとばす。
たぶん、腕に魔力障壁を張っているのだろう。それにしても、人の大きさほどある炎の玉を力づくで弾け飛ばすなど、尋常な力ではないとタウは恐々とする。
そして同時に、それを瞬時に生みだしたクシィに対しても戦いた。
「ああ、もう!
「だから、言っただろう。全属性を同じように使えるようになれって」
「わ、わかっているわよ! だから練習してるじゃない!」
クシィと守和斗の会話に、さらにタウは戦いてしまう。
(あ……あれで苦手なのか。……くっ! なにをしている、ボク! 恐れている場合ではない!)
タウも自分を鼓舞して守和斗の前に足を踏みだす。
まるでそれに合わせるように、テラも前にでていた。
「逆らうか、弱き下人ども!」
「そりゃ、逆らうさ。なにしろここにいるのは、弱き下人じゃない。
守和斗の挑発に、魔神の顔が明らかにゆがむ。
「死なないぐらいのサポートは、
背後から聞こえる頼もしい言葉。
それを合図とするように、タウは仲間と共に駆けだした。
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