第五幕:悪魔(五)

「ほ、本当に……これ、もらっていいのだろうか?」


 強ばった顔のまま、タウは改めて片足をあげて尋ねた。

 その膝から足の先まで、金属の光沢をもつ鈍色のブーツに包まれていた。もちろん、体を支える反対の足にもそれがある。

 やはり神秘的だった。ところどころに魔種子マシらしきものが埋めこまれていて、レリーフのような銀のラインで幾何学的に繋がっている。今は魔力をこめていないので反応していないが、魔力をこめると魔種子マシが輝いて銀のラインが光りだし、真の力を発揮する仕組みだった。


「ピョンピョン。いったい、何度目の確認ですか。まあ、気持ちはわかりますけどね」


 テラはウサギの口角をクイッとあげると、かるく笑って見せた。


「でも、テラ先輩……これ、とんでもない価値の宝物ドレッド……」


「ピョン。そうですね。しかし、それを手にいれたスワトさんがいいと言っているのですからもらっておけばいいのですよ」


「…………」


 守和斗が開けた宝箱から出てきた宝物ドレッドは、まさに大当たりだった。かなり変わった武具ではあったが、売れば一生働かなくても食べていくことはできそうな品物である。

 しかし守和斗は、それを見てどのようなものか把握したとたん、事もなげにこう言ったのだ。



「どうやら闘士トール向けみたいだから、テラさんかタウさんにあげますよ」



 あまりに自然に言われたので、しばらく多くの者が何を言っているのか理解できなかった。そして理解したとたん、叫喚のような声がいくつも宝物庫迷宮ドレッドノートに響きわたった。

 騎士ロールたちだけではなく、クーラもそしてウィローやトゥさえも、まるで責め立てるように「何を考えている!?」と口々に守和斗に詰めよった。それほど彼が口にしたことは、常識外だった。


 しかし、常識外は彼の連れも同じだった。

 他人事ながらあたふたとしたアンが、フェイとクシィに「貴方たち、それでいいの!?」と興奮気味に聞くと、2人はやはり落ちついて肯定したのだ。金が欲しくて冒険者をやっているはずなのに、「守和斗がいいと言うのだから」と未練の欠片も見せずに納得してしまったのである。


「ま、まあ、確かにお金は必要だけど……そ、そんなに慌てないし、大金はちょっとね……」


 クシィは小声でそう言っていた。まるで大金が入ると困るかのような口ぶりだ。むしろ、守和斗が譲ると言って安心している節もある。


「ふむ。それにせっかくの武具だ。使わぬともったいない。だが、我らは闘士トールの武具など使えぬし。守和斗は使えるであろうが、必要はないだろう。ならば必要とするものが使った方がよい。このあとの戦いのことを考えてもな」


 一方で、ファイの言い分は単純だった。

 そうなれば、反対できる者などいるはずもない。羨ましそうに見る騎士ロールたちも、すでに守和斗へ意見を言える者などいなかった。


 そのためテラかタウが使うということになったのだが、テラは少し足を入れただけで「小さい」と辞退してしまう。かなりの伸縮性はあるはずなのだが。

 結果、タウが使うことになったのである。

 しかし、だからと言って本来、そんな気軽にもらえるような品物でもない。身につけるだけで柄にもなくタウは緊張してしまったぐらいだ。自分がこれを手に入れることに、罪悪感さえ感じてしまう。


(しかし、もらったからには活用しなければ。それに凄いし……)


 守和斗が機能から命名した、この武具の名は【インパクト・スパイク】。古代語らしく意味はわからなかったが、タウは力強い発音が気に入っていた。

 また、ふくらはぎの背後につけられた円盤状のパーツに秘められたギミックも面白い。魔力マギアによって作動したあと、気力アウラによって爆発的な威力を発揮する。試しに壁を蹴ってみたが、たしかに凄まじい威力を実感できた。


(だけど、敵に試さないと使い勝手、わからない……)


 敵と言っても、この武具は人間相手には使う気になれない。だから、魔物が出てきたら試そう、そうタウは考えていた。


 しかし、敵はあれからいっこうに現れない。それどころか魔物の気配すら全くない。ただ一本道がくねくねと続いているだけだった。

 唯一、不自然なところは、通路が先に行くほど上と横へ広がっていたことだろう。どんどんとそれは広がっていき、最後は巨人でも歩くのかというほどの高さと横幅になっていた。


 そしていい加減、何もない通路に飽きてきた頃。

 正面に、扉が現れた。


(大きい……)


 まさにそれは巨人の扉だと言えた。人の丈の30倍ほどの高さがある左右に開く扉は、先端がアーチ状になっている。周囲の煉瓦色をした壁とは違い、全体的に美しい金色。そこにドラゴンのような絵画が銀で描かれていた。

 あまりの迫力に、タウ、そして他の者たちも圧倒される。


「どうやら、ここがダンタリオンの最深部ってところか……」


 その守和斗の言葉で、周囲にさらなる緊張が走る。この扉をくぐり、この向こうにいるであろうダンタリオンの主たる守護魔物ガルマを倒さなければ、上には戻れそうにない。

 しかし、その主のレベルは80ほどはあるはずだ。目安とは言え、最高レベルのテラでさえ闘士トールレベル62である。その力量差は明らかであった。

 たとえ、1パーティが同レベル揃っていたとしても、倒せるのは10レベル上までと言われている。


(こうなると騎士ロールたち、役に立たない……。だが、少なくとも英雄騎士ヴァロル並のスワトがいるのだから、きっと彼だけでも……)


 そう期待しながら、タウは守和斗を盗み見た。

 とんでもない強さの冒険生活支援者ライフヘルパーがいれば、きっと無事にここから出ていけるだろう。レベル80の守護魔物ガルマだって敵ではないはずだ。

 タウは自然と安堵のため息をもらしてしまう。


 だがその直後、守和斗の表情が変わったことに気がついた。彼は小さく口角をあげて、ニヤリと笑ったのだ。

 途端、タウの中に悪い予感が生まれる。


「では、騎士団ローレのみなさん、それからウィローさん、トゥさんはここで残って待機していてください」


「……え?」


 驚くタウに守和斗が静かに微笑んだ。

 それは明らかに悪魔の微笑みだった。


「ここから先は、タウさん、ファイ、クシィ……テラさんはどうします?」


 挑発的な表情の守和斗に、テラが小さな口を大きく歪めた。


「ピョン。もちろん行きますよ」


「そう仰ると思っていました。ならば、テラさん、タウさん、ファイ、クシィの4人で戦っていただきます。私はサポート役に徹しますので」


「……え? 戦わないのか?」


 思わず不安からそうタウは口にしてしまう。きっとその表情はひきつっていたことだろう。

 対して守和斗は、どこか朗らかさをもって答える。


「はい。もちろん」


「もちろん……って……。まさか、これがさっき言っていた、ボクに見せたい『強さ』の一端か?」


「いえ、これはただの小手調べですよ。まずは基準となる強さを味わっていただかないと比較しにくいので」


「…………」


 守和斗の言う意味はよくわからなかった。

 だが、タウにもわかったことがある。


(この男、本当に怖い。悪魔より質が悪い気がする……)


 後にタウは、その勘が当たっていたことを実感するのであった。

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