第四幕:悪魔(四)

 宝物庫迷宮ドレッドノートと言うだけあって、その各所には宝物ドレッドが置かれている。

 それはまさに神々の至宝と言うべき品から、何の変哲もない品まで様々だ。中にはどう考えても売ることさえできないゴミのような品もあることがあり、神々がどういう価値観や意図で宝を定めているのかはわからない。

 しかも、宝は1階層に1~2個しかない場合がほとんどである。3個もあれば大当たり、4個あれば奇跡、5個もあったら世界が終わるのではないかとぐらい言われていた。


 しかし神話によると、当初はどの宝物庫迷宮ドレツドノート内も宝物ドレッドであふれていたという。それがどうして現状のようになったのかは諸説ある。

 例えば、実は各地に現れる宝物庫迷宮ドレツドノートは別物のように見えても実はひとつのもので、誰かがその中の宝物ドレツドを奪えばどの宝物庫迷宮ドレッドノートからも宝物ドレッドの数が減っていくという説だ。

 または、宝物庫迷宮ドレッドノートは複数あるものの大量にあるわけではなく、いくつかの宝物庫迷宮ドレッドノートが順番に現れては消えているという説もある。だから宝がどんどんと減ってしまったという説だ。


 ちなみに宝物庫迷宮ドレッドノートは、ここ最近は100年も経たないうちに消えていっているからだ。

 宝物庫迷宮ドレッドノートは、中に入ってきた者達から魔力を奪い、自分の中に蓄えていく。そして満足いくまで蓄えると、また宝物庫種子ドレッドシードに姿を変えて大地の奥底で眠ると言われている。

 そのため、人気がある宝物庫迷宮ドレッドノートほど現れている時間が短くなりやすい。冒険者支援制度で冒険者人口が増えた昨今、昔よりも宝物庫迷宮ドレッドノートの魔力の吸収が早くなっているのだろう。

 ただ、魔神級ともなれば必要魔力も多くなるため、持続時間も長くなる。だがそれでも、各階層が広く、そして深い階層まであるために、ほとんどの場合が最下層までたどりつけないと来ている。

 本来ならば……である。


「これがダンタリオン最下層の宝箱……」


 タウは目の前にある宝箱を見つめた。

 いや、タウだけではなく周囲のほとんどがその宝箱に視線を奪われて興奮気味である。なにしろ目の前に張るのは、魔神級の最下層に眠っていた宝のはずだ。伝説級の宝具や国も買えるのではないかという価値の宝石が出てきてもおかしくはない。


「神々が用意した宝物ドレッドという名の餌か……」


 その昂る雰囲気に呑まれていないのは、やはり守和斗だった。彼は興味深そうに宝箱を観察している。ただし、5歩ほど離れた部屋の外からだ。全員、部屋の中を通路に立ったまま覗いていた。


 大木の怪物を3匹倒した後、彼らは宝物庫迷宮ドレッドノート内を進んでいった。

 その道案内は、守和斗である。彼は「ゆっくりとしていると酸素濃度が薄くなる」という理由で、「今回はおまけですよ」と分岐でもまったく迷うそぶりを見せず、岩肌の道を先導したのだ。

 彼がどうやって道を選んでいるのか、もちろん誰にもわからない。それはファイとクシィという謎が多い二人の美少女も知らないようだった。

 ただ彼は時折、足をとめると道の先や何もない壁を凝視して何かを確認するようなそぶりを見せていた。まるで他の者には見えない物でも見ているかのように。


 そんな中、守和斗が唐突に足をとめて少し驚いた顔を見せたのがついさっきのことだ。


「そこに宝箱がありますね」


 横幅が5人分ほどの一本道の通路を進む途中、守和斗が横の赤黒い壁を指さした。

 一見、そこは煉瓦のような岩肌以外に何もなかったのだが、彼が壁の一部に触れるとその部分が丸く窪んだのだ。

 とたん、今度は目の前の壁がへこみ、ゴリゴリという音を立てながら左右に開いていく。


「隠し部屋……だと?」


「た、宝箱が本当にあるのか!?」


 騎士ロールたちが騒ぎだす。

 開いた隠し扉の向こうには、薄暗い空間が広がっていた。

 頭上に輝く照光星イルラスが、トゥによって部屋の中に運ばれる。

 すると、その照らされた部屋の奥に宝箱が無造作に置かれていたのだ。

 形自体は単純な長方形だが、宝石らしきものが各所に埋めこまれており、その装飾はまさに宝箱と言わんばかりである。


「しかし、不思議と古さを感じないですね。状態保存機能……この宝箱自体にも価値がありそうですが……」


 守和斗の言うとおり、外装を飾る金色の装飾は曇り一つなく輝いている。角を守る鉄の部品に錆一つない。鍵穴や取っ手の周りも使用感などなく、新品同様のようだった。

 まるで、この宝箱だけ時間が止まっているかのように見える。

 それは、美しく魅力的だった。誰しもが手を伸ばしたくなる引力がはたらいていた。きっとそこにいた誰もが、今すぐにでも宝箱に駆けよりたかっただろう。


 だが、誰も動けない。部屋の中に入ることさえしない。

 みんな知っているからだ。宝箱には、必ず罠がつきものであると。今までその罠により、多くの欲にまみれた冒険者が命を落としていったことを。

 それでも理性と感情は別だ。その場にいた多くの者が、目の前で姿も見せぬ神宝に心をつかまれてしまっていた。


「こういう場合は、確か潜行士ニールなら罠の情報など持っているんだったか。でも、あいにくこのパーティにはいません。というわけで、放置かな」


 守和斗が容赦なく、全員に冷水ひやみずを浴びせた。

 その言葉に、特に聖典騎士団オラクル・ローレの者達は青ざめたような顔を見せる。


「ま、待ってくれ! 放置する気か!?」


「そうだ! 目の前に魔神級宝物庫迷宮ドレッドノート深層の宝物ドレッドがあるんだぞ!」


 興奮する騎士ロールたちは、自分たちが助けられたということも忘れているのだろう。まるで責め立てるように守和斗に迫る。


 一方でウィローとアンは、とっくにあきらめたようだった。それどころか2人はあまり宝に興味がないらしい。

 もともとは幼馴染で、恋人だった2人だ。アンが泣いてから唐突に詰まった距離は近すぎて、周りが目に入らないほど盲目的になりつつあった。彼女も「アン」としての過去の記憶と想いを受けいれたのだろう。ピッタリと体を寄せ合っている。横で宝箱よりも2人を睨むトゥの刺々しい視線にもまったく気がついていない。


 また、テラとクーラはさすがに己を知っているのだろう。興味がないと言えばウソになるだろうが、ここで下手に欲をだして命を落としては元も子もないとわかっているのだ。


 もちろん、それはタウとして同じ考えである。さらに言えば、彼女には今、宝などよりも別のことに興味がいってしまっている。


(そう言えば……この2人はどう思っているのだろうか)


 ふと気になり、タウはずっと黙っているファイとクシィの方を見た。

 なぜか2人は、黙ったままそろって守和斗の方を見ている。そして守和斗も2人のことを横目でうかがっていた。それはまるで目で会話しているかのように、たまにファイとクシィは表情をコロコロと変えている。

 その様子を不思議に思い、タウが2人に声をかけようとしたところだった。


「隊長! 取りに行きましょう!」


 まだ若そうな騎士ロールの1人が、クーラに迫る。

 対して、クーラが大きくため息をついてから返答する。


「落ちつかんか、愚か者。ここは最下層とおぼしき場所。そこにある宝箱の罠を貴様たちが突破できるはずもない。せっかく拾えそうな命をここでみすみす捨てていく気か!」


「し、しかし、宝物ドレッドを持ち替えるのは、我らに命じられた任務の一つでもあるはずです、クーラ隊長! 手に入れば名誉挽回も……」


「可能性があるならそうしている! しかし、無駄死にしては……」


 クーラも、宝物ドレッドが起死回生のチャンスになることはわかっている。しかし、失敗して部下を失えばさらなる評価の問題となる。宝物庫迷宮ドレッドノート攻略に失敗しただけならばまだしも、部下を無駄死にさせたとなっては今の地位を失うことにもなりかねない。

 だが、欲に目が眩んだ騎士ロールに加えて、今度は同行していた30代の魔法師マギタまでもが宝が取れないか考えるべきだと騒ぎだした。


「――ったく。そんなに取りに行きたいなら、さっさと行けよ。早い者勝ちでいいぞ」


 もめ始めた騎士ロールに守和斗が、ため息まじりに呆れた声を放つ。

 その口調は、すっかり素に戻っている。しかも、いくらうんざりしている。

 正義の味方と言うより悪党のようだ。


「ただし、罠にかかっても俺は助けないぞ。まあ、何人かが串刺しになれば、宝物ドレッドは手に入るんじゃないか?」


 その具体的な被害に、騒いでいた騎士ロールたちも少し怖じ気づく。

 同時にタウは、守和斗がすでにここにある罠を見抜いていることに気がつく。どうしてわかったのかわからないが、「串刺しになれば」ということは、この部屋にはそういう罠があるということなのだろう。


 ところが、そう言われてもまだ騎士ロールたちはあきらめられずにいた。


「守和斗。やはり私も・・・・・取ってしまった方が早いと思うぞ?」


 フェイの提案に、クシィもうなずく。

 対して守和斗は大きくため息をついて見せた。


「――ったく。わかったよ。確かにクシィの言うとおり・・・・・・・・・、宝がなまじ誰のものでもないから、あきらめもつきにくいか」


 その会話に、タウはまた違和感を抱く。3人の間で会話などなかったはずなのに、まるで先ほどまで相談でもしていたかのような口ぶりだ。


(だいたい、先ほど潜行士ニールがいないからあきらめると……)


 タウが怪訝に感じている内に、守和斗が足を動かす。

 その唐突な行動を黙って全員が見守る中、彼は部屋を2歩ほど進む。


 刹那、彼を包むように、黒い閃光が10本走る。


 同時に彼の四肢が木枯らしの中で舞い狂う木の葉のように渦巻く。


 いったい、その場にいた何人がそれを認識できただろうか。

 タウでさえ、黒い閃光が壁面から現れた金属の槍だと認識するのがやっとだった。

 それを全て鈎型にへし折った守和斗の手足の動きなど、軌道を追うのさえやっとだった。


「……テラ先輩、見えましたか?」


 タウは横で顔をひきつらせているウサギの顔を横目で覗う。


「ええ……かろうじて最後の3手ぐらいは。初撃などはいつ放ったのかも……」


「ボク、2手だけ……」


 タウは視線を反対側に立っていたクシィとファイにも向ける。

 すると察したのか、クシィがまず口を開く。


「悪いけど、あたしは体術は専門じゃないわ。きちんと見えたのは2手よ」


 魔術士マジルで2手も見えていれば大したものだが、やはりすごいのはファイだった。


「私は5手だな。ちなみに初撃が足だということはわかった」


「足……見えなかった……」


 タウがファイの言葉に驚愕すると、予想外にファイも「私もだ」と苦笑する。


「目では見えていない。気で追えただけだ。修行の賜だな」


「…………」


 やはりタウは目の前の宝物ドレッドよりも、守和斗の修行の方が宝に感じる。何が何でも、守和斗より与えられるという試練を突破しなければならない。


「宝箱だけ透視が阻害されるから、なにか特殊な術がほどこされているようだが……鍵穴もなし、錠もなしか。簡単に開くということは、なおさら……」


 周囲の折れ曲がった槍に囲まれながら、守和斗は箱をしばらく観察するとそうつぶやいた。

 そしておもむろに片膝をついて、左手で蓋を上に持ちあげる。

 とたん、カチリという作動音が鳴る。


「――っと! やっぱりか」


 いつの間にか、右手が彼の眼前にきていた。

 その手に握られているのは、短い鉄の矢。

 どうやら宝箱から飛びだしてきたらしい。

 あれほどの至近距離から飛びだしたら、普通は避けることさえできないはずだ。それを素手で捕らえてしまうというのは常識外れにもほどがある。

 その彼の異常さは、改めて他の者にも充分伝わっただろう。


「貴方たちが行っていたら、最低でも2人は死んでいた……」


 タウの言葉に、宝物ドレッドを手にいれるべきだと主張していた騎士ロールたちも押し黙るしかなかった。

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