第四幕:リーダー(四)
ウィローには、絶望しかなかった。
まず確認したのは、
2名は、心が折れてしまっていた。すっかり怯えてしまい、戦える状態ではなかった。その2名は、現れた魔物に刃を食いこますことさえできなかったのだ。
残った3名は、クーラ、あとウィローが知らない
アンの怪我は酷かったが、トゥと
そのせいで、その
一方で、
すなわち、
それにウィローたちは、7人。
しかしウィローは、自分が役に立たないであろう事を理解していた。レベル50以上の
トゥは回復役としてなら力になれるだろう。しかし、敵を弱体化させたり味方を強化するような
ただ、こちらにはタウとテラという、レベル60以上の頼れる
すなわち戦力は3名。これであわせれば、一応は7名というフルパーティー状態を作れる。
ちなみに、ファイとクシィという2名もいるが、戦闘力は未知数だ。
ただ、しょせんは
ならば、やはり戦力にいれるわけにはいかない。
あとは守和斗に頼ることになるが、彼の強さも未知数だ。
(そもそも、この辺りで最強の総合力があった
絶望を感じながらも、ウィローたちは前に進んでいた。
まずは、その先にいる魔物を確認しておかなければならない。
「この部屋か……魔物は消えているらしいな」
部屋には入らず、守和斗が廊下から見まわしている。
ウィローもその後ろで正面の部屋を覗いた。
なるほど、巨大な魔物がでても暴れられそうな大きさがある。ウィローはこんな部屋を見たのは初めてだった。
部屋は正方形をしており、第9層の
高さは、今までの部屋の3倍ぐらいはあるだろう。
遠くてよく見えないが、天井には手前に大きな法術円が2つ、そして奥には1つ描かれていた。
それがなんだかはわからないが、なんとも不気味なことだけはウィローも感じていた。
そしてもうひとつ。部屋の床には巨大な大理石のようなプレートが埋めこまれている。そこに書かれた記号は「|-○○○-」。それは確かに「70」を表していた。
「魔物が現れたタイミングは?」
守和斗の問いに、クーラが応じる。
「我々が固まって真ん中を4~5歩ほど進んだぐらいか。突然、上から降ってくるように2体が同時に現れた」
「真ん中か……なるほど。たぶん、そういうことかな」
守和斗が1人で納得したように肯いてみせる。
「よし。それでは、こうしよう。
守和斗が部屋の真ん中辺りを指さす。
「この部屋を正方形に4等分した形を想定してくれ。そして、できた正方形のエリアのうち、向かって右手前の正方形内のみで戦ってくれ」
「……え? なんだよ、それ」
「まあ、今は指示に従ってくれ。絶対に、ラインを越えないように気をつけて欲しい。部屋に突入する時も右によって入り、一気に右隅まで走るんだ。いいね? たぶん、これで1匹しか現れないと思う」
「ど、どうして1匹だけと言える!?」
クーラが驚くが、その横ではテラが「ピョン。なるほど」と腕を組んで肯いていた。
もちろん、ウィローにも理由はわからない。
「まあ、あくまで推測だから、2匹でてくるかもしれない。その時は、待機しているウィローとファイ、クシィが新たに現れた方を頼む。それまでファイとクシィは、
確かにレベル80相当の魔物でも、1匹ぐらいならばレベル60以上のフルパーティーで相手にすることはできるだろう。しかし、それもかなりギリギリだ。テラとタウがどれだけうまく戦えるかにかかっているとも言える。
「先陣……――行くピョン!」
テラが一跳躍で、守和斗に指示されたエリアのど真ん中に飛びこんだ。
それに1秒と遅れず、タウも続く。
とたん、天井の右にあった法術円がだんだんと青く輝きだす。
その円全体が青く光り終わってから、瞬き1つの間しかなかった。
確かに、何もない中空に魔物が現れる。
「なっ……」
全長は、ウィローの身長の10倍近い。
その巨体が、轟音を目の前で上げる。
「で、でかい……ってかなんだこれ……」
一見、蜘蛛のように見えたが、甲殻類のような脚は4本だけだった。
その艶のある黒い脚の先端には、針のようにつがっている。
上にのる体は大木の幹のよう。
そこからいくつもの枝が伸びて、それがまるで腕のように関節をもち、ウネウネと動いている。
さらに葉にあたるものもあった。
ただ、それは美しい緑葉とは言えなかった。
目だった。
鼻だった。
耳だった。
葉の代わりに人間のそれが枝のあちらに生え、ユラユラと揺れている。
しかも、機能しているのかどうかわからないが、その目玉はギョロキョロと動きまわり周囲を見まわしているかのようだ。
その不気味さは、
だが、目鼻耳ときて口はないのか、そうウィローが思った瞬間だった。
幹の真ん中が裂けるように、縦になった口が現れる。
口内に並ぶのは、やはり人間のような歯と歯茎。
その口の大きさだけで、ゆうにウィローの身長ぐらいあった。
まさに化け物だ。
(こ、こんなの2匹相手にして、
ウィローが恐怖で体が動かせなくなっている間にも、戦闘は始まっていた。
テラとタウが次々に襲いかかる枝や脚を素早い動きで裂け、さらにたまに拳や蹴りを叩きこんでいる。
「六条穿孔! ピョピョピョピョピョピョーン!!」
そしてやはり恐るべきは、テラだった。
彼の脚がまるで複数あるように見えた。それほど速い蹴りが、何度も空中に蹴りだされる。
そこから見えない衝撃が6本の槍のように敵を襲う。
間の抜けたかけ声だが、威力は凄まじい。
その攻撃で、彼はすでに枝の何本かをへし折ってみせた。
もちろん、3人の
彼らは手持ちの大盾で、振りまわされる枝を受けとめはねのける。
そして隙を見つけては、大剣を振るって攻撃を仕掛けていた。
ただ、やはりまともにダメージになっているのは、クーラぐらいだ。
アンともう1人の
ダメージにはなっているだろうが、トドメを刺すことは難しいだろう。
しかし、枝を凍らせてもしばらくすると砕かれてしまう。
氷の矢も、やはり傷つけるも貫くまでにはいかなかった。
人間が作ったレベルという観念は、あくまで目安だ。しかし、わりと強さは適切に表されている。
そのレベルが20も違うと、やはり力の差は歴然と現れていた。
最初は恐怖に固まっていたトゥだったが、彼女も忙しく回復を唱えている。
つまり、長く戦っている前衛のスタミナを回復させることができるのだ。
しかし、強者ほど体力タンクが大きいだけではなく、スタミナの消費も激しい。
当然、回復係の力も強くないと、回復量が間にあわない。
「ふむ。なるほど。改めてわかった。これが高レベル者の戦いか……」
枝を半分ぐらいへし折った辺りで、ファイがボソッと呟いた。
「そうね。レベル50ぐらいの
それにクシィが続けた。
2人とも蚊帳の外にいるせいだろうか。妙に落ちついて、目の前の戦闘を見ている。
「しかし、本当に1匹しか現れなかったな。これはどういうことなのだ、守和斗」
「バカね、まだわからないの? エリア反応型の罠じゃない」
答えたのは守和斗ではなく、クシィだった。
「バカは余計だ! ……しかし、なるほどな。この戦い方なら1匹に抑えられるのか」
「抑えられているけど……ちょっときつそうね。酸素はもともと部屋が広いこともあって大丈夫そうだけど、後衛の魔力がもう尽きそうよ」
言われてウィローは、トゥたちの様子を見る。
すると、確かに息切れ気味だった。特に
「それにあの
「――え?」
ファイの言葉で、ウィローはアンを見る。
確かに足がふらつき始めている。
左右から、鞭のように振られる枝の攻撃をかろうじて盾で避ける。
だが、最後の一撃を受けた時、とうとうバランスを崩して倒れてしまう。
「アン!」
ウィローは反射的に走りだす。
命令違反、自分が役に立たない、怖い、そういう要素は彼の中に欠片もなかった。
アンが危ないから助けに行く。
純粋に、それだけで盾を持って走りだす。
「大丈夫か!?」
「ウィロー! 逃げ――」
「――!」
アンの側に駆けより手を貸そうとした瞬間、気がついた。
別の枝が、横から薙ぎはらおうと振りかざされている。
「くそっ!」
ウィローはアンを庇うように少し前にでる。
そして大盾を前にかざす。
「――
盾に枝がぶつかる瞬間、ウィローは気を放つ。
周囲の敵までも吹き飛ばす衝撃波。
これなら少しは堪えられる。
そう思ったのだが、完全に甘かった。
ウィローは盾ごと、背後に吹き飛ばされる。
床を転がる。
呻き声さえ上げられない。
何回転もして地面に這いつくばる。
「…………」
衝撃を喰らったということだけは認識した。
あとはよくわからない。
ぼんやり見えてくる視界。
自分と同じように、這いつくばる自分の盾。
かなり離れた所から、こちらに慌てた様子で走りよるアン。
腕を動かそうとして激痛。
たぶん、盾を支えていた左腕は折れている。
動けない。
まずい。
仄かに頭上に光を感じる。
少しだけ首を動かす。
天井でもうひとつの法術円が、青白い光を放ち始めていた。
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