第三幕:リーダー(三)

 第9層を魔力子房マッシブを解除したのだから、本来ならば第10層に降りるための道に向かうべきである。

 しかし、守和斗はパーティーを魔力子房マッシブがあった部屋につれてきた。


 なぜなら、行く場所は第10層ではないからだ。


 落とし穴を調べた時、守和斗には空間的に連続しているようには思えなかった。

 第10層ならば、空間位相がずれていようと、少なくとも一部は繋がっているため連続部分があるはずである。しかし、闇の向こうに精神波を流して感じたのは、不連続な空間だった。

 そこで守和斗は、落とし穴が開く時に見えた魔力の波動を魔力子房マッシブの代わりに自分で再生することにした。

 それで全員、まとめて落とし穴に落ちることにしたのである。


 はたして、それは成功した。

 永遠に続くかのように感じた闇を通りぬけたわりには、落ちた衝撃はせいぜい数メートル程度。

 おかげで特に怪我もなく、別の層に全員がついていた。


「ここは何層なんだ? 本当に最下層なのか?」


 ウィローの問いに、守和斗は答えない。

 確かに「最下層かもしれない」と語ったが、それはこのダンタリオンという宝物庫迷宮ドレッドノートからの想像でしかない。

 螺旋を描き、地下に潜るように配置された層と層をつなぐ穴。

 結果、段々と見つけやすくなる難易度。

 簡単に見せかけて、その後に来るのは、きっと作った者の意地の悪さがでているはずだと思っただけなのだ。

 もし、予想通りに性質が悪い迷宮ノートならば、絶対に油断はできない。


「悪いけど、こっからはリーダーとして遠慮なしに指示させてもらうよ。俺の指示なく絶対に勝手に動くことは禁止だ。……というわけで、タウ、テラ、ウィロー、ファイは四方を警戒。トゥは【照光星イルラス】」


 周囲の風景は、第9層までと大差ない。

 壁が薄く赤い光を放ち、仄かに周囲を見わたすことができる。そのままならば、まるで赤い非常灯に照らされた空間のようだ。守和斗ならば、目を活性化させれば普通に見ることもできるが、他の者では視力が弱くなってしまう。


「――照光星イルラス!」


 トゥが唱えると、彼女の眼前に大きな光の玉が1つと、その周りに小さな光の玉がまわる物体が現れた。

 それはまだ、あまり強い光を放っていない。ほのかな蛍のような光。

 彼女はそれを上に押しあげるような手ぶりをする。

 すると、それは天井近くまで上がっていき、動きをとめた。


「眩く輝きなさい、照光星イルラス!」


 パッと光の球体が強い光を放ち始める。

 まるで小さな太陽のようで、とても直視できない。

 その光源のおかげで、普通に20メートル近くの視界は確保できるぐらいにはなっていた。

 あとは放置しても、しばらくはトゥのあとを等距離でついてくる。


「ありがとう」


 礼を言ってから、守和斗はまた周囲を見まわす。

 そこは30メートル四方はある四角い部屋だった。天井までの高さは、平均的な10メートルほど。特に今までと変わったことはないが、正面に廊下に繋がる道があった。


「正直、何層だかわからないから慎重にいこう」


 通常、階層が深くなれば、現れる魔物が強くなる。

 そしてそれは、「レベル」と深く関係している。


 冒険者には、冒険者レベルとは別に、能力職ジョブレベルというものが存在する。これは能力職ジョブごとに判定されるが、冒険者レベルとは違い純粋に強さを表すための指針となっている。

 そしてその指針の決め方は、宝物庫迷宮ドレッドノートの階層が基準となっていた。

 通常、10層程度までは強さに大きな変化はない。そして10層ぐらいまで対応できる最低の強さをレベル20と設定している。

 そこからは、10層ごとに10レベルが対応している。

 つまり、ここが50層ならば、能力職ジョブレベル60は必要になってくる。


 ちなみに、ウィローは戦士バールレベル29。

 タウは、闘士トールレベル61、テラはレベル66。

 聖典騎士団オラクル・ローレ騎士ロールの場合、レベルという考え方がない。ただ目安として最低限、準騎士リロルが25、正騎士ラロルが50、英雄騎士ヴァロルが100必要だと言われていた。

 しかし、これはかなりいい加減である。なにより、60層以上の宝物庫迷宮ドレッドノートは今まで見つかっていないのだ。だから、90層の宝物庫迷宮ドレッドノートが現れたからといって、英雄騎士ヴァロルが必ずしもクリアできるとは限らないわけだ。


「何層だかわかるまでは、とりあえず俺が先行する。俺の後ろにトゥとクシィ、その左右をタウとウィロー、最後をテラとファイで警戒してくれ」


 守和斗はそう言うと先陣を切る。本当はあまり出張りたくないが、これは非常事態でリスクが高すぎる。

 武器も持たない冒険生活支援者ライフヘルパーを先頭にした奇妙なパーティーは、そのまま部屋から通路を通り、そこを真っ直ぐに進んだ。

 妙に湿気臭さが鼻につく。いや、どちらかというとカビ臭い。あまりいい空気だとは言えなかったが、致し方ないだろう。ほとんど手つかずのここは、空気の循環がほぼされていないのだ。

 しかし、酸素があるだけマシだ。贅沢は言っていられない。


「……いた」


 しばらく進んだ後、守和斗は目の前に見えた部屋を指さす。

 守和斗たちが進む廊下は、その部屋の隅に接続されているのだろう。

 そこには部屋の壁にもたれかかり、ぐったりと座りこんだり横になっている鎧姿の者たちがいた。


「――アン!」


 ウィローが走りだそうとするのを守和斗は腕を横にして止める。

 そして、黙しながらも厳しい目線を向けた。

 気持ちはわかるが陣形を乱れさすわけにはいかない。

 ウィローも納得したのか隊列に戻り、パーティーは慎重に進んだ。


「ふんっ……さては貴様らも罠にかかったな」


 1人立ち上がっていたクーラが、守和斗たちを嘲りながらも威嚇するように睨む。

 ウィローの声を聴いてから、ずっとこっちをうかがっていた騎士ロールたちも、みなが警戒色を強めていた。

 満身創痍だが7人ともそろっている。これで守和斗たちも罠にかかったとなれば、ここからは生き残るためのサバイバルになるかもしれない。


「ピョンピョン。我々は救援に来たのですよ」


 だが、後方にいたテラが、そのウサギの顔で空気を変えた。

 予想外の顔ぶれに、クーラたちは一同そろって目を丸くする。


「テラ・カース……殿。救援……まさか貴殿が、救援隊を率いてくれるとは……」


「ピョンピョン。違いますよ。率いてきたのは、スワトくんです。今の私は、彼の配下にいます」


「……え?」


 驚愕するクーラの横で、ウィローがアンに駆け寄っていた。

 横になったアンの意識はあるようだが、腕から血が滲み、足首が変な方に曲がってしまっている。一番、重傷を負っているように見えた。


「まさか……助けに、来た……のか……バカじゃ……ね……あれだけ……」


「しゃべるな、アン! トゥ、頼むよ! 回復を!」


「……!」


 トゥに表情で尋ねられ、守和斗は首肯する。


「ただし、脱出しなくてはなりませんから、魔力を考えて回復は最小限動けるぐらいまでで。小さな怪我は放置して。他の方は、周囲を警戒を」


 冷たいが仕方ない。

 魔力残量を考えると、ここで無理して使うわけにはいかない。

 無論、守和斗が治すという手もあるだろう。

 しかし、守和斗の中には厳しく鍛えられた時の考え方が染みついていた。

 自分の試練は自分の力でできる限り乗り越えなくてはならない。

 父親に千尋の谷に突き落とされるような育て方をされせいか、彼は他人にもそういう教育をしてしまう。だから、手を貸すのはいつも必要最小限だ。


 とりあえず怪我をしているものは多いが、命に別状がある者はいないなら、このままトゥに任せておいていいだろう。

 ただ、回復はゲームのように一瞬では終わらないので、しばらく時間がかかる。

 守和斗は、話を進めるためにクーラに訊ねる。


「それで、この負傷はどこで?」


「……フンッ」


 しかし、クーラが鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 その様子に、ファイとクシィがいきり立つが、その前にテラが開口した。


「クーラ殿。我々は危険を冒してまであなた方を救援に来たのです。協力していただかないと、お助けすることもできませんな」


 ウサギ頭の紳士は、あくまで丁寧な口調だ。

 まるで諭すように、話しかける。


「そして我々のリーダーは、こちらのスワトくんです。助かりたいのでしたら、彼の指示に従ってください」


「し、しかし……しかし、なぜあなたがリーダーではないのですか! 世界冒険者ワールドの……闘士トールレベル60を超えるあなたが、こんなレベルもなにもない冒険生活支援者ライフヘルパーごときの下に……」


「レベルやランクがすべてではない……ということです。レベルなど、ただの目安にすぎませんからね」


「…………」


 溜飲を下げられないのか、奥歯をかみしめる顔のまま顔を下に背ける。

 気持ちはわかるが、守和斗としてもここからはスムーズに事を運びたい。


「こちらとしては、あんたらが魔物を俺たちにけしかけたことをゴタゴタと言うつもりはない」


「――ピョンッ! まさかそのようなことを!?」


 横でテラが小さい目を見開く。

 彼には、クーラたちの所業を話してはいなかった。

 しかし、今はそれを無視して守和斗は話す。


「ブライドもマナーもあったもんじゃない行為だったが、そいつはもういい。助かりたいなら、ここを出るまで従え。従う限りは助けてやる」


「……なにが助けてやるだ。偉そうに。たとえ、テラ殿でもこの先には進めやせん!」


 その言葉でなにかを思い出したのか、少しだけ希望を見せていたクーラの仲間たちも改めて肩を落とす。

 打って変わって彼らに漂う空気は、どうしようもない絶望感だ。

 守和斗は、その絶望感の正体が知りたかった。


「なにがあったんだ?」


 問いかけに、クーラが自棄気味に鼻を鳴らす。


「フンッ。いいさ、教えてやる。この先の部屋に巨大な魔物が2体いる。我らは、そのたった2体にやられてこのざまさ。巨体ゆえに廊下を通れず、ここまで来られないおかげでなんとか生き残れたがね」


「なるほど……」


「それから、その部屋で我々はプレートを見つけた」


 プレートとは、まれに壁に貼り付けられている階層を表わす記号が書かれたものだった。棒と丸で数字が表わしてあり、慣れれば簡単に読み取ることができた。

 もともと宝物庫なので、ある程度の区切りでわかり易くするために貼ってあるのだろう。

 つまり、その数字がこの階層となる。


「プレートの数字は……70。つまり、ここはレベル80相当の第70層だったんだよ」

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