第三章:救世主は、用心棒?

第一幕:リーダー(一)

「テラさん、すいません。お手数をおかけして」


 守和斗は横を歩くウサギ頭の獣呪族の世界冒険者ワールド、テラ・カースに礼を言った。

 するとテラは、タキシード服姿に似合った上品な笑い方をみせる。

 ただ、その笑い方は独特だ。


「ピョンピョンピョン。そう何度も礼はいりませんよ、スワトくん。むしろ、礼を言いたいのは私の方なのです。妹のように思っているタウの手伝いをしてくれるのですからね」


 そう言いながら、テラが横を歩くタウを一瞥する。

 するとタウも肯く。


「ボクも本当に感謝。スワトがいなければきっと無理」


「いえいえ。私はウィローさんから仕事を受けたにすぎませんから」


 守和斗からの視線を受けとったウィローが大きく首を横にふる。


「いいや。本当におまえがいてくれなかったら、こんなことやろうとも思わなかった。こんな無茶な依頼を受けてくれたこと自体、感謝している。ありがとうな……」


 守和斗は微笑を返す。

 そしてそのまま4人は、早朝の陽射しの中、街の中を冒険業仲介所ハロークエストを目指して歩き続けた。

 冒険者資格認定協会クエシャルトに書類を提出してきたので、これから再びダンタリオンに突入するのである。

 昨日、罠にはまったアンたちを助けるために。


 第9層の魔力子房マッシブを手にいれて地上に戻った後、その足で守和斗たちは冒険業仲介所ハロークエストを通じて、冒険者資格認定協会クエシャルトにアンたち聖典騎士団オラクル・ローレのパーティーが罠にはまったことを報告した。

 そして、その探索・救援任務を任せてもらえるよう依頼したのだ。


 しかし、冒険者資格認定協会クエシャルトの返事は冷たいものだった。


 まず、聖典騎士団オラクル・ローレのメンバーが、その程度で窮地に陥るとは考えられないというのだ。

 これは素直に見れば聖典騎士団オラクル・ローレの実力を信じていると好意的にも取れる。

 ところが、実情は違っていた。


 冒険者資格認定協会クエシャルトは国家機関に属さない組織である。組織自体は、聖典神国セイクリッダム連合の国々だけではなく、黒の血脈同盟の国々にも存在している。

 すなわち二大勢力とは別の独立した勢力で中立の立場をとっている。これは公的に三者間で結ばれている条約でもあった。


 しかし、やはり国によっては冒険者資格認定協会クエシャルトに対して圧力をかけてくることも多いらしい。

 ここの冒険者資格認定協会クエシャルトも、どうやら第七聖典騎士団セフス・オラクル・ローレから便宜を図るようにと圧力をかけられたようだった。

 もちろん多くの場合、冒険者資格認定協会クエシャルトは断る。だが今回、どのような取り引きがあったのか不明だが、どうやらクーラの聖典騎士団オラクル・ローレパーティーがダンタリオンに挑戦する権利に関して便宜がはかられたらしい。その為に、彼らは連続してもぐることができていたのだ。

 このことに関し、当たり前だが冒険者資格認定協会クエシャルトも不満をつのらせていたことだろう。だから、探索・救援などしてやる必要がないどころか、せいせいしているはずである。


 ちなみにチャンスがそれだけあっても、クーラたちは第7層、第8層と魔力子房マッシブを取れなかった。つまり連続して任務を失敗したと評価されていたのだろう。

 必死になった彼らは、きっと情報を集めて守和斗の存在にたどりつき、第9層でのMPKをするまでに至ったのだろうが、それがこの結末とはなんとも情けない。


 ともかく冒険者資格認定協会クエシャルトの思惑は別として、ウィローはアンをなんとしても助けたかった。


 そこで協力者である守和斗は、まずテラに連絡を取った。事情を話し、協力を依頼したのだ。

 そもそも救援に行くと言っても、メンバーの実力に不安があり過ぎて「救援などとは立て前で、探索をする気ではないのか」とも疑われていた。それも仕方がないだろう。弱いパーティーが行っても二重遭難がオチである。

 ならば戦力を強化すればよいと、テラを仲間に引きいれたのだ。これでパーティー内には、このエリアで最強クラスの世界冒険者ワールドが2人もいることになる。また、この2人からの要請ならば、冒険者資格認定協会クエシャルトもそうそう無碍にはできないだろうと考えたのだ。

 そしてもうひとつ。守和斗は言葉巧みに冒険者資格認定協会クエシャルトの地区代表を丸めこんだ。これで聖典騎士団オラクル・ローレを助ければ、彼らに恩を売ることができ、今後の関係を有利に進められるという話をしたのだ。


 その作戦は功を奏した。

 無事に冒険者資格認定協会クエシャルトは、翌日に救援パーティーとしてウィローたちの参加を認めたのだ。

 これは、第9層の魔力子房マッシブを持ち帰った、ウィローたちの実力を認められたことも大きかった。


 ただ、他にも問題が発生した。


 魔術士マジルのキィと、弓術士キュールのカールが同行を拒否したのである。

 これは仕方がないことだった。2人はお金が欲しくて冒険をしているのだ。それなのに今回の救援活動は収入が約束されていない。救援に成功すれば聖典騎士団オラクル・ローレから報奨金が出るかもしれないが、それも約束されているわけではない。

 また、リスクも大きい。あの落とし穴が、どこに繋がっているかわからず、戻れるかもわからないのだ。しかも守和斗の予想として、最下層に繋がっているなどと聞いたらなおさらである。

 2人はウィローとダンタリオン探索のために契約をしただけで、タウやトゥのように友達というわけでもない。それを無理に引き留めることなどできるわけがなかった。


 結果、パーティーメンバーは、ウィロー、タウ、トゥ、テラ、そして守和斗の5人。ダンタリオンへの探索許可は6人以上。しかも今回のような救援ならば、7人のフルメンバーが欲しいところだ。

 しかし、このような探索についていく者など、はたして他にいるわけがなかった。


「大丈夫です。私に2人、心当たりがあります」


 だから、守和斗はそう提案した。

 あの2人ならば、喜んで行くだろう。なにしろ最近の修行の成果を試すにもうってつけである。

 案の定、家に帰ってから話してみたら、2人は二つ返事で承諾した。

 そして今は2人と合流するために、冒険業仲介所ハロークエストに向かっているところだった。


(……ん?)


 ふと守和斗は横道の離れた所の人影を目にする。

 それは皮のマントを羽織った黒髪の男だった。20代前半だろうか、見た目はごく普通の男だった。

 ここが日本ならば……だ。

 顔の作りが、この辺りでは珍しいアジア系のというより日本人の容貌をしていた。黒い目に黒髪、黄色人種の肌。

 こちらにもいないわけではないが、顔の作りがここまで日本人顔なのは珍しい。

 しかも、やはりかなり美人の日本人風の女性を連れていた。

 そしてもうひとつ。

 その男から、どこか懐かしい魔力の匂いがしたのだ。


(誰だ? あいつは……って……あれ?)


 気になる男を追っていると、守和斗はその先でまた気になる人物を見つけてしまう。

 それは灰色のフードを深くかぶっているが、まちがいなくパイであった。

 今日は自宅にいると言っていたのに、やはり深くフードをかぶった見知らぬ男となにか道端でコソコソと話している。


(なんだ? なにをして……)


「おい、守和斗。行くぞ!」


 立ち止まっていたせいか、少し先に進んでしまったウィローから声をかけられた。

 守和斗は「すいません」と謝りながら、早足で追いかける。


(……まあ、パイさんだっていろいろあるんだろう)


 これから、ダンタリオン最深部の探索に行かなければならない。プライオリティ的に今、考えるべきは、いかに彼らを守っていくかである。

 だから、守和斗はパイのことをかるく流してしまう。


 この時、声をかければ、もしかしたらなにかが変わっていたかもしれなかったのに……。

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