第一〇幕:強者(五)

「止まって! はいっちゃダメだ!」


 守和斗は緊迫した声で、全員が部屋に入る前に足をとめさせる。

 3メートル四方の廊下。その先にある小部屋。目の前には、縦になった赤い瞳のような魔力子房マッシブが明滅している。

 しかし、人影などは一切見えない。となれば、うかつにはいるわけにはいかない。


「いない……アンたちはどこに!? オレたちを出し抜いて先に来たんじゃないのか?」


 ウィローが責めるように問いつめてくる。

 もちろん、守和斗とていつも答えを知っているわけではない。

 そしてウィローも、そのことはわかっているはずだ。

 しかし、アンの事が心配で冷静でいられないのだろう。


「入ったのに出ていっていない。でも消えているなら、答えはひとつでしょう。ここからどこかに行ったということです。どこかに隠し扉があるのか、それとも……」


 守和斗は落ちつかせるためにゆっくりと説明する。

 だが、ウィローの顔には焦燥感しか浮かんでいない。


「ふむ……」


 そんな中、タウは冷静だった。

 彼女は部屋の手前でしゃがむと、床を何度か叩く。

 床は少し固い木の板のような感触だ。それが切れ目なく一枚板のように広がっている。そして彼女が叩いて反ってきた音にも、なんら変なところはない。


「……ウィくん、手を貸して」


 ウィローはタウに言われたまま片方の手を握った。

 それは即席の命綱。

 タウは片足だけで、部屋の床を踏み抜くごとく振りおろす。

 武道にある震脚と同じだ。気をこめた踏みこみで迷宮ノートを揺るがす。

 だが、床が抜けたりすることはない。


「ふむ……抜けぬ」


「そうですね。物理的なものではないのでしょう」


 守和斗は、タウにそう答える。

 タウは真っ先に「落とし穴」の可能性を考えたのだろう。いい勘をしていると感心する。

 しかしウィローを始め、他のメンバーはまだ理解できていなかった。


「落とし穴って……ここは普通の迷宮ノートではなく、宝物庫迷宮ドレッドノートだぞ」


 カールの指摘は真っ当である。

 宝物庫迷宮ドレッドノートの各層は空間的に異なっている。つまり、穴が開いても下の層と繋がるわけではない。繋がっているのは、特定の出入り口である一箇所だけだ。

 今までの常識ならば。


「法術的な落とし穴なのでしょう。この宝物庫迷宮ドレッドノートを作った神様は、なかなか意地が悪そうだ……」


 そう言いながら、守和斗は部屋の中にはいっていった。

 もちろん、背後から「危ない」と静止する声がいくつも飛んでくる。

 しかし、守和斗は首をふる。


「大丈夫ですよ、多分」


「な、なんでそう言えるんだよ!」


 怯えるようなウィローに、守和斗はゆっくり歩きながら説明する。


「簡単な話です。聖典騎士団オラクル・ローレパーティー、誰もいないではないですか」


「え? ああ、そうだけど?」


「争った後もないですよね。つまりここに落とし穴があった場合、全員同時に落ちた可能性が考えられます。ならば、全員が落とし穴に落ちるタイミング……そのきっかけってなんでしょうね?」


「え? ……ああ、なるほど。たとえば全員が入ったら……人数や重さで作動するとか?」


「その可能性も否定できません。だから、皆さんは入らないでくださいね」


 守和斗は魔力子房マッシブの前に到着する。


「しかし、それならば神々が『7人はいったら』と定義したことになる。パーティーメンバーの最大値が7人だと決めたのは神々の時代よりもあとだし、そもそも7人未満なら意味がないことになります」


「あ、そうか……」


「つまり、発動条件は……」


 守和斗は、右腕を横に伸ばす。

 そして固有亜空間武器庫より、刃の幅が30センチほどある大剣を呼びだした。

 ずっしりとした重みを感じながら、彼はそれを逆手ににぎり、振りあげ、魔力子房マッシブの横の壁へ突き刺す。

 剣は刃を横にして、まるで壁から生えた枝のように、ほぼ真横に深々と刺さっている。これなら簡単に抜けそうにない。

 しかし、宝物庫迷宮ドレッドノートには自己修復能力がある。このまま放置していれば、剣は吐き出されて穴がふさがってしまうだろう。

 だから急がなければならない。

 守和斗は、ふわっと浮かび跳び、壁に刺さった刃の腹へ立つ。

 バランスを取りながら、魔力子房マッシブに手を伸ばす。



――パンッ!



 触れたとたん、まるで何かが破裂したような音が響く。

 同時に眼下に広がる闇。

 一瞬で部屋の床が消え、そこには底が見えない暗闇だけが存在した。


「な、なんだこれ……」


 ウィローたちが慄く。

 端的に言えば落とし穴の罠なのだが、現れたそれは見る者に「穴」という印象を与えなかった。

 深さという概念を感じられないのだ。

 むしろ、「そこに何もない」のではなく「そこに闇がある」という不思議な感覚が漂っている。


(ほむ。空間湾曲……接続先は……)


 守和斗はすべての感覚を研ぎ澄まし、闇の中を探る。


「――待って! ウィくん!」


 その最中、トゥの悲鳴に近い声が聞こえた。

 見れば、トゥとタウが、ウィローをつかまえて動きを止めている。


「離してくれ! きっとこの穴の向こうにアンが――」


「落ち着け、バカ者!」


 タウに背後へ引き倒されるも、ウィローの青ざめた興奮は止まらない。


「――ったく」


 やれやれ気分で、守和斗は魔力子房マッシブに力をかけた。

 本当は周りを崩しながら取るべきだが、ゆっくりやっているとウィローが危うい。

 しかたなく、念動力テレキネシスも併用して、周囲もまとめてズッポッと引き抜いてしまう。


 一刹那で、床が戻る。

 まるで何事もなかったかのように。

 本当に性質の悪い手品のようだと、守和斗は苦笑いする。


「アン! ……くそっ! 戻せ! オレは――」


 魔力子房マッシブを抱えて剣から降りた守和斗に、ウィローがすごい勢いで迫ってくる。

 襟首でもつかみあげてくるつもりなのか、彼の手が守和斗の喉元に伸びる。


「スワト! その魔力子房マッシブをオレに――」


 とりあえず、守和斗は問答無用でウィローの頬をはたき倒す。

 むろん手加減はした。

 しかし、ウィローは呻き声を挙げながら背後に倒れてしまう。

 その彼の前に立ち、守和斗は目力を入れて睨みつける。


「――ったく。あんたの役目はなんだ!」


「……なっ……」


 トゥが心配そうにウィローに近づき、守和斗からかばうように身を置く。

 だが、守和斗はお構いなしに言葉を投げつける。今、必要なのは優しくすることではない。


「あんたはリーダーだろう! あんたのプライオリティ……優先順位で最も大切なことはなんだ! あんたが背負う責任はなんだ!?」


「せ……責任……」


 ウィローは何を思ったのか、タウの顔を見つめる。

 それを受けて、タウがうなずく。

 そして、彼はかばってくれているトゥの顔を見て、カールとキィも順番に見渡していく。


「なあ、スワト……」


 真っ赤な頬をおさえ、トゥに肩を借りながらウィローが立ち上がる。


「おまえなら、アンたちを助けられるんじゃないのか?」


「そうだな……できるかもしれない」


「な、なら――」


「俺を正義の味方みたいなものだとでも思っているのか?」


 守和斗は自分で言いながら、棘が胸に刺さる痛みを感じる。

 確かに自分は「救世主」と呼ばれ、その言葉を嘘にしないように努力を続けてきた。しかし、「救世主」は決して「正義の味方」ではないのだ。この2つは目的が似ているようで異なる。そして場合によって、「救世主」は「正義の味方」と敵対することさえもあるのだ。

 それに今は、「救世主」でさえない。


「今の俺は、ただの冒険者だ。そして、この落とし穴に落ちた奴らも、同じ冒険者という立場だろう。それなのにあんたは、まさか俺にただで命を賭けて助けに行けと言うのか?」


「そ、それは……」


「落とし穴に落ちたのが、戦うすべもない一般人なら、俺だって言われなくとも助けに行くさ。けど、奴らは冒険者だ。冒険者は自分の命に責任をもって冒険に挑む者じゃないのか? その冒険者が、他の冒険者の命を危険にさらしてまで、私欲のために進んで、愚かにも罠にかかった。本来、奴らは国民の命を守る騎士ロールでもあるのに。……俺はそんな愚者をいちいち助けるほど、お人よしではないんだ」


 守和斗の冷たい言葉に、ウィローがすっかりうなだれる。

 だが、まず自分が背負っている責任を片付けなくてはならない。

 その背負っている責任のために、切り捨てなければならないものもでてくる。

 リーダーならば、まずはそれを学ばなければならない。


「それに俺の契約は……おっと失礼。私の冒険生活支援者ライフヘルパーとしての契約は、あなたたちのパーティーと結んでいます。だから私の仕事も、貴方たちを無事に戻すことが優先です」


「……もう敬語とか気持ち悪いから、素のしゃべり方にしてくれ」


 乾いた笑いをもらすウィローに、守和斗も「ご希望なら」と乾いた笑いを重ねる。


「ああ……ああ、わかったよ、ちくしょー! そうだな……まずは、帰還だ。それにこれは俺の問題。オレ1人でやってやる!」


「そう、それがいい」


 自棄気味のウィローに、守和斗が微笑を見せる。


「ちなみに、愚か者を助けることはしませんが、私は冒険生活支援者ライフヘルパー。大事なものを取り戻したいという勇敢な冒険者を助けることなら喜んでしましょう」


「え? おまえ……」


「彼らは、まだ生きていました。1パーティーだけなら酸素も余裕。仮にも聖典騎士団オラクル・ローレの騎士たちですから、愚かに突撃などしない限り明日までは生きているでしょう」


「じゃあ……」


「明日、冒険者資格認定協会クエシャルトに交渉して救援隊を組織しましょう」

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