第六幕:強者(一)

 タウは、酒場でテラから聞いたスワトの話を思いだしていた。そして話を聞いてからずっと考えていた。タウにとって、守和斗こそが突破口だ。ここしばらく伸び悩み続けていた壁を壊すきっかけになるかもしれない。


 タウは1年ほど前に一度、高難易度のクエストを受けて挑戦したことがあった。それは魔物の討伐依頼であり、勇気と知識もだが、なにより高い戦闘力が必要な内容だった。

 そしてクリアできれば、ランク10になれるはずだった。ランク10になれば、次はランク11からの万能冒険者オールラウンドの資格に挑戦することができる。11になれば、今度は危険な【狂獣化レビス】討伐依頼に参加することもできた。それが今の彼女にとって最終目的である。


 しかし、失敗した。運良く生きのびたが、命からがら逃げだしたのだ。


 当然、彼女の自信は揺らいだ。それからもがむしゃらに、闘士トールとして訓練は積み続けたが、その手にはなにもつかめなかった。上位者と手合わせしても、助言をもらっても、どんな魔物を倒しても、なにもつかめない。五里霧中で山の中、頂の方向さえ見失って、ひたすらさ迷い歩いていたようなものだった。


 もう後は、万能冒険者オールラウンド以上か、それこそ英雄騎士ヴァロルと手合せでもするしかない。

 そう思っていたところに現れたのが、守和斗という名の実力者だった。これは彼女にとって千載一遇のチャンスだった。この若さで、しかも冒険生活支援者ライフヘルパーなのに、この強さを手に入れるには、なにか秘密があったに違いない。


「君の強さ、ボクに教えて」


 燃えるような緋色の短髪を揺さぶりながら、タウは真摯に必死に守和斗へ求めた。いつもより双眼を赤く鋭く光らせる。


「なにか……なにか事情があるようですが、とりあえず続きはここをでてからにしませんか?」


「……わかった」


 守和斗の返答に、タウはおとなしくうなずく。答えは後回しだったが、決して拒絶はされていない。そもそも危険な宝物庫迷宮ドレッドノート内で、わざわざ話すことではないことも重々承知している。我慢できず先走ってしまったが、話を聞いてくれるなら、ここを出てからでもかまわないのだ。

 だから、異論はなかった。異論はなかったのだが、彼がこの話を打ち切った一番の理由は、別の所にある。ついさっき、タウもその理由に気がついたところだった。


「…………」


 来た方向を振りかえる守和斗。

 その目線の先を一瞥してから、タウは小声で尋ねる。


「知り合い?」


 そしてもう一度、守和斗の視線の先を見る。

 そこは、タウたちがいる部屋のような空間へつながる通路だった。ほぼ正方形で、人が5人ほど横に並んで歩けるぐらいのサイズである。この部屋と同じように、ほのかな光を放つ赤土のような色をした壁に包まれ、少し先で左に折れている。

 守和斗とタウが2人してそちらを見ているせいか、横でウィローが怪訝な顔をする。彼はまだ気がついていないのだろう。多分、他の3人も気がついていないはずだ。


「知り合い……というべきでしょうかね。多分、先ほどの騎士団ローレパーティーの方々でしょう。かなり距離を詰めてきましたね」


 その言葉でやっとわかったのか、息を呑むように「えっ」とウィローが声をもらす。


「どういうことだ? もしかして、アンたちがオレたちを?」


「ええ。入ってすぐのところに潜んでいて、ずっと私たち……というより、私を追っているのでしょう」


「君、あいつらに、なにかした?」


 タウの問いに、ウィローが顔を青ざめさせる。


「まさかクーラの奴、さっきの仕返しをするつもりじゃ……」


「違うでしょう。午後のパーティーは我々が最後です。後に続く者はいない。つまり、いつでもちょっかいは出せた。ならば、深いところに行く前に襲ってきた方が、向こうのリスクも少ないはず。なのに、今まで何もしてきませんでした」


「なら、なに?」


 タウは当然のように尋ねる。騎士団ローレの奴らがなにを考えているのかなんて、守和斗だってわかるはずがない。それが普通だ。

 だけど守和斗は答えてくれる。そうタウには思えていた。

 はたして、彼は開口する。


「彼らとは先ほど少しもめたのですが、私の名前を聞いた途端に剣を納めた。つまり私のことを知っていて、私に剣を納めるだけの価値を見いだしていた……ということです。たぶん、私が第7層と第8層の魔力子房マッシブへの案内に、一役買ったことを知っていたのでしょう」


 第7層に引き続き、記録的早さでクリアした第8層は、守和斗がいたから可能だった。そう、テラは言っていた。つまり守和斗は、第9層でも効率よく魔力子房マッシブに案内できるのかもしれない。彼を利用できるかもしれない。そう考えてもおかしくはない。

 そこから連想した言葉をタウはつぶやく。


「横取り……」


「まっ、まさか~ぁ……」


 ウィローが顔をひきつらせて歪んだ笑顔を見せる。


「スワトが第9層の魔力子房マッシブも見つけるかどうかなんてわからないだろう?」


「多分、ウィローさんがケンカを売ったせいですね。それがクーラとかいう男に根拠を与えてしまった」


「……どういうことだ?」


 ウィローが首を傾げた。


「たぶん、あなたは意気込み程度で根拠なく、『騎士団ローレより先に魔力子房マッシブをとる』と勝負を仕掛けたのでしょう」


「うっ……」


 息を呑むウィローの横で、初めて聞いた話にタウは呆れてしまう。


「ウィくん、バカなことを」


「し、仕方ないじゃないか……」


「普通に考えて、勝てるわけがない」


 タウの言葉に、守和斗がうなずく。


「それです。普通は勝てるわけがない。それなのに、勝負を挑んできた」


「ウィくんは、なにも考えていないだけ」


「タウ……おまえなぁ……」


「でも、クーラさんはきっとそう思わなかったのでしょう」


 守和斗がウィローの言葉を遮るように続ける。


「理由は、私がいたから」


「――あっ。なるほど」


 そこまで言われれば、タウだってわかる。

 クーラは「第7、8層をクリアするのに貢献した守和斗」を知っていた。その守和斗が、ウィローのパーティーにいた。、ウィローは勝てると思って賭けを挑んだのではないか。、守和斗は第9層の魔力子房マッシブの場所も知っているのかもしれない。

 クーラの思考は、三段論法に近い推論かもしれないが、そう思わす要因は十分にあったのかもしれない。


「だとしても、オレたちが守護魔物ガルマと戦っているうちに、後ろから出てきて魔力子房マッシブを横取りしようとする……とか? そりゃねーだろう。天下の聖典騎士団オラクル・ローレが、そんなせこい真似……す、するのか?」


 騎士団ローレたちが、ダンタリオンに参加したのは第8層の時だ。確か初参加の時に「第8層の魔力子房マッシブは自分たちがとる」と豪語していたことをタウは覚えている。それなのに別の冒険者にとられてしまったのだから、カッコがつかないことはわかる。そして次こそは魔力子房マッシブを手に入れないと、面子が保てないと考えてもおかしくはない。


「しかし、どうして聖典騎士団オラクル・ローレが冒険者のまねごとをするんでしょうかね。冒険者になった騎士ロールは、聖典騎士団オラクル・ローレを抜けたものだと聞きました。しかし、どうみても彼らは聖典騎士団オラクル・ローレとして宝物庫迷宮ドレッドノートに挑戦していますよね」


 守和斗の問いに、ウィローが答える。


「ああ。なんか最近になってなんだよな、聖典騎士団オラクル・ローレ宝物庫迷宮ドレッドノート魔力子房マッシブを集め始めたのって。たぶん、ここ数ヶ月の話だぜ。第六聖典神国シッス・セイクリッダムの奴らがやっていると聞いたけど、第七聖典神国セフス・セイクリッダムでも始めたのかな……」


「……なんか気になりますね。まあ、横取りも戦略。とりあえず、こちらに直接的な害がない限りは放置しましょう」


 あくまで悠然。ずっと尾行されていることに気がつきながらも、今までおくびにも出さなかった態度は、経験豊富な冒険者も顔負けである。

 ウィローと会話しているところを横から見ても、どちらが年上なのだかわからないぐらいだ。


「しかし、騎士団ローレも慌てすぎだろう。まだ第9層の探索が始まって3日だぜ。この広い層の魔力子房マッシブに、今日中に辿りつけるはずが……」


「いえ、たぶんもうすぐ辿りつきます」


「……え?」


 守和斗の言葉に驚いていると、離れていた3人が近寄ってくる。


「スワトさん。魔種子マシを拾っておきましたよ」


 そう報告してきたトゥの手には、革の袋が握られていた。中に入っているのは、魔種子マシという召喚された魔物の媒体になっているものだった。宝物庫迷宮ドレッドノートから生みだされた、いわゆる魔物の核となるコインサイズの七色に輝く球体であった。

 先ほど倒した亜邪鬼デミデーモンの体の中に埋めこまれていたのだが、非常に丈夫で普通の攻撃で壊れることまずない。業火で焼かれても燃えることはない。小さく簡易化した魔力子房マッシブのような物で、魔力を溜める性質があり、その利便性からいろいろな法術道具にたくさん利用されている。つまり、売ると金になる。


「ああ、すいません。荷物運搬キャリアーの私が集めなくてはならないのに」


「いいんですよ。お姉ちゃんたちと、なにか大事な話があったのでしょう。はい、これ。あとは、お願いしますね」


 守和斗は革袋を受けとると、腰につけていた小さな革袋に中身を移し替え始めた。それは本当に掌サイズの小さな袋で、トゥが渡した袋の5分の1程度の大きさしかない。もちろん、何の変哲もない革袋。

 しかし、不思議なことに5倍の量が簡単に収まってしまう。それどころか、その小袋はまったくふくれていなかった。もちろん、なくなったわけではない。先ほど全員が心配になり確認したが、袋に入れた物は守和斗が袋を振ると中から出てきたのだ。


「本当に不思議な袋ですよね、それ」


 トゥが感心する。

 守和斗曰く、どこかで手にいれた珍しい魔法の袋らしいのだが、荷物運搬には信じられないほどの利便性を持つアイテムと言えるだろう。売ればとんでもない金額になるはずだ。

 最初に見た時、そのような高額な品を簡単に人様に見せて狙われたらどうするのだろうと、タウは他人事ながら心配になった。しかし、今になってみれば、余計な心配だったとわかる。守和斗からものを奪える人間が、そうそういるとは思えない。


「ところでスワト。さっきの話。もうすぐ魔力子房マッシブって本当か?」


 ウィローの問いに、話を聞いていなかった3人がざわつく。

 そんなメンバーの顔を一通り見ると、守和斗はゆっくりと話し始める。


「実はこのダンタリオンって第1層から第8層まで、下層に続く穴が外から内側に渦巻き状に配置されているんです」


「……え? じゃあ、だんだん降りた穴と下層に降りる穴が近づいているということか?」


「まあ、直線距離的には。ただ迷宮シードですからね。そう単純には辿りつけないのですが、それでもどうやら近くなっていて、私の予想ですともうすぐなんですよ」


「本当か!? やべ……オレたち魔力子房マッシブを手にいれられるのか!」


 ウィローの声でメンバーからも歓喜の声が上がる。ウィローを中心に、すでにクリアしたかのような喜びようだ。

 このパーティーを組んでから、魔力子房マッシブを手にいれたことなどなかったし、もちろん宝を見つけたこともなかった。いつもわずかな魔種子マシを売って、なんとか生計を立てていたのだ。

 しかし、もし魔力子房マッシブを手にいれればしばらくは楽に暮らせるはずである。


 だが、守和斗の顔はあまり晴れやかではない。

 タウはそっとウィローから離れ、守和斗に近づき小声で尋ねる。


騎士団あいつら、気になる?」


「いえ。気になるのは、そのことではないのです」


「なに?」


「これで魔力子房マッシブまでたどりついてしまったら、第9層にしては……簡単すぎませんか?」


「でも、第8層も第7層に比べて近かったのでは?」


「それ自体が伏線だとしたら……いやらしいなと」


「伏線? 罠と言うこと?」


「わかりません……が、用心した方がいいことはまちがいないでしょう。この宝物庫迷宮ドレッドノートって、なんとなく神々の遊びのような意地悪さがあるんですよね」


「……よくわからない」


「あはは。すいません。要するに、悪い予感がするということです」


「ふーん。君ほど強くても、悪い予感とか気にするのか」


「ええ。……私の経験上、強い人ほど悪い予感は気にしていますね。それは警戒する慎重さに繋がりますから。時間が許す限り慎重になるのは悪いことではないのです」


「ふむふむ……。しかし、君の話し方、本当に年寄り臭い」


「うっ……。これはあくまで仕事向け口調で……」


 守和斗が少し顔を顰める。常に隙なく立ちふるまい、なにがあっても悠然と構え、冷静に指示を飛ばしていた守和斗の初めて見た崩れた表情。

 その表情がおかしくて、赤髪を揺らしながらタウは頬をゆるませてしまう。


「でも、勉強になる」


「……そうですか」


 タウの言葉を喜ぶように、守和斗もまた頬をゆるませるのだった。

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