第七幕:強者(二)

「あれ……この感じ……」


 次の部屋にはいる手前、キィがボソッと呟いた。その声で全員の足が止まる。


「あ。私も感じました。これ……魔力子房マッシブですね!」


 続いてトゥが手を叩きながら嬉しそうに言うので、全員が通路から部屋の中をうかがう。

 この迷宮シードは、いくつかの広い部屋が廊下で繋がった形をしていた。そのすべての部屋は、赤黒い木の生皮に包まれていていて淡く光っている。だから灯りがなくとも部屋の様子は仄かに見えた。

 しかし、さすがに離れた所は見えにくい照度だ。だから、トゥが照明の代わりにしていた光の球を10歩ほど先まで進ませる。

 ふわっと光が球状に広がっていく。部屋の形は円柱形。天井までの高さは、かなり高い。ウィローの身長の5倍以上はあるだろう。そして部屋の直径は125歩(100メートル)ほどもあった。

 ウィローは、そのサイズにブルッと身震いする。多くの場合、こういう広い部屋には大がかりな仕掛けがある事が多い。


「このタイミングでこの大きさ……守護魔物ガルマがでるか?」


「たぶん。魔力子房マッシブは、この部屋の奥にあると思うから」


 そう言いながら、トゥが真っ直ぐ先を指さした。それに同意するようにキィもうなずく。

 魔力に敏感な魔法師マギタ魔術士マジルがそう言うなら、まずまちがいないだろう。だが念のためと、ウィローは横目で守和斗をうかがった。


「…………」


 守和斗がかるくうなずく。これで確定だ。と思うのと同時に、ウィローは自嘲してしまう。魔力とは関係ない冒険生活支援者ライフヘルパーに太鼓判を押されて、どうして自分は安心しているのか。

 しかし、信じられるのだから仕方がない。


「みんな、準備はいいか? さっき話した配置でいくぞ」


 ウィローの言葉に、全員がうなずく。

 守護魔物ガルマには、いくつかのタイプがある。よくあるのが強い魔物が1匹でてくるタイプだ。それから、弱いのが多数でてくるタイプも多い。

 今のところダンタリオンでの守護魔物ガルマは後者の方が多かった。だから、陣形はそれに合わせる。防壁となる結界だけは敵に合わせて属性を決める必要はあるが、基本は亜邪鬼デミデーモン戦と同じだ。

 本当は拠点を部屋の入口にして、いざとなればすぐに通路にさがって逃げられるようにしたいところだ。しかし、その場合は後方からの攻撃を警戒する必要がある。人数がフルメンバーならばよかったが、戦闘メンバーが5人しかいないこの状態では、背後の警戒が疎かになりかねない。それに背後からは、騎士団ローレがついてきている。


「トラップの法術円は?」


「右奥……1つある……と思う」


 ウィローの質問にキィが答える。


「酸素は?」


「まだ……平気……余裕ある」


 キィが、かざした左手で踊る炎の玉を観察して答えた。それは本当の炎ではなく、火の精霊だ。火の精霊は酸素が少なくなると元気がなくなる。しかもその反応は、人間よりも敏感だ。その性質を利用して、精霊魔術を使う魔術士マジルは周囲の酸素濃度を測ることができていた。


「よし、それなら……行くぞ!」


 ウィローはタウと2人で部屋へ突入する。駆け足でそろって左前に。

 とたん、人の大きさほどあるトラップ用法術円が予想通り反応する。

 今まで隠されていた法術円を描く線が、血の色に光りだす。奇妙な振動音が聞こえてくる。キーンと高くなり響き、耳の奥を震わせる。


「来るぞ!」


 ウィローの警告と同時に、法術円から黒い影がいくつも飛びだしてくる。

 四足の肉食守護魔物ガルマ獄炎狼ヘルンド】。大人ほどの大きさがある、赤黒い毛で包まれた狼にそっくりの魔物だ。かなりスピードがあり凶暴。その上、群れて行動してくる。


「後衛、こっちに! トゥは物理結界! キィは氷壁の用意を!」


 ウィローはあらかじめ、守和斗から受けていたレクチャーに従って指示をだす。敵による対応策は何パターンか聞いていた。

 だが、予想よりかなり数が多い。最終的には20匹もの影がその場で唸っていた。その低い音は幾重にもなり、地響きをおこすのではないかというほど大きくなる。


「ちょっ、ちょっと……多くねーか!?」


 カールの震えた声に、ウィローは自信をもって答える。


「大丈夫だ! 今のオレたちならいける! カール、支援頼むぞ!」


 どんな時でも、リーダーが崩れればパーティーはあっという間に瓦解する。守和斗に言われたのは、「自信をもつ努力は必要。自信がなくても、本番では自信をもて」。それはハッタリとも言うかもしれないが、不安がっているリーダーについてくる奴がいるわけないのも確かだ。自信をもつための経験は必要だが、その場でもっていないのは仕方がない。不安よりもハッタリの方が、物事の成功率は上がるというのが守和斗の考えだった。


「でもよ、ウィロー……法術円、まだ可動してるぞ!」


「――なにっ!?」


 ウィローは目を見張る。確かに法術円の光は消えていない。脈動する血管のごとく、赤い光が走り続けている。それは魔物がまだ召喚される可能性を表していた。だが、不思議なことに脈動するだけで、次の獄炎狼ヘルンドは出てこない。


「多分、補充型です!」


 背後から守和斗のひときわ大きな声が上がった。


「一度に多くの獄炎狼ヘルンドをだすと魔力消費が激しい。だから、減ったらだしてくるとかではないですかね。キィさんに、あの法術円を潰してもらうのがいいかと」


「――よし! それでいこう。キィ、氷壁を張った後に頼む。他は作戦通りに!」


 そのウィローの指示を皮切りに、獄炎狼ヘルンドが同時に走り、そしてウィローとタウに飛びかかってきた。


「――震盾気打シルバルド!!」


 ウィローはもっていた大盾を床に突き刺すようにして震動波を生みだす。

 飛びかかってきた5匹ほどが一気に吹き飛ぶ。

 とにかく一度に多くはまずい。まずは散らせなければならない。


 一瞬、他の獄炎狼ヘルンドも怯む。

 その隙に、タウが自ら狼の群れに飛びこんでいく。襲われるのを待っていれば、同時攻撃の餌食となる。自分から飛びこんだ方が、個別撃破しやすい。


 背後を見ると、トゥの結界、そしてその前に横長の氷壁が広がっていた。上辺じょうへんは氷柱のように尖っているとはいえ、高さはウィローの胸元ぐらいまでしかない。獄炎狼ヘルンドなら余裕で飛び越せる。

 しかし、それでいい。飛んでいる間は避けることもできない。その瞬間をカールの弓が狙い撃つ。


(――オレも!)


 ウィローは負けじと剣を振るった。しかし大剣の攻撃は、素早い獄炎狼ヘルンドになかなか当たらない。襲ってきたところを返り討ちならばやりやすいのだが、こちらから攻めるには重装備もあってスピードが足らなくなる。


(やっぱりダメか……しかし、オレは敵を後衛に近づけなければいい!)


 ウィローが倒せなくとも、タウとカールのおかげで数匹の獄炎狼ヘルンドが地に伏せられる。

 このペースならいける。そう思った矢先、やはり守和斗の予想が当たっていた。

 法術円がしばらくすると輝きだし、獄炎狼ヘルンドをまた生みだしてきたのだ。


「くそっ……キィ!」


「わかって……る!」


 キィはずっと唱えていた呪文を放つ。

 狙いは、壁に展開されているトラップ用法術円。


「――γ μ λガンミュシグ!!」


 唐突に光が集まり固まって、巨大な石の槍となり、キィの頭上に浮きあがる。

 それはあたかも、扉を壊す攻城兵器の杭。


 そして放たれる。


 魔物の現れる扉を壊すため。


 しかし、複数の黒い影が横から飛び込んでくる。


「――なっ!?」


 すばやい獄炎狼ヘルンドの体当たりが、石の杭の横っ腹をいくつも叩く。


 軌道が逸れて、粉々に砕け散る石の杭。


 だが、体当たりした獄炎狼ヘルンドもただでは済まなかった。


 3体の獄炎狼ヘルンドが、力尽きてその場に倒れている。


「う、うそ……捨て身で……ぼ、ぼくの……攻撃を止め……た……」


 キィが愕然とする。

 だが、休んでもらっては困る。せっかく、向こうも3体減ったのだ。このチャンスを逃す手はない。


「キィ! それならいかずちで――」



――ウオオオオオオォォォッ!!!!!



 ウィローの指示が遮られた。

 こだまする、この世のものとは思えない呻き声。


「な、なんだ!?」


 音源は、通路の方。

 そちらから、ドタドタと不規則な足音がいくつも聞こえ、同時に意味不明の呻きと、不気味な気配が漂ってくる。


 最初に部屋に入ってきたのは、生命力にあふれた光の玉だった。


 それを不思議に思っている暇もなく現れる、大量の人影。


「――【生食亡者リゾビア】!」


 生気を失った人間の成れの果て。迷宮シードに食われた死体に魔種子マシが埋めこまれ、トラップとして利用された魔物。

 手がちぎれた者、頭がない者、体に穴が開き、腸を引きずる者。体と心が欠けた肉体が、足らない生命を恨み求めて貪るためにさ迷い歩く。

 それが今、誘蛾灯に誘われたかのように、最初に飛び込んできた光の玉に群がった。その数、ざっと15体。


 だが、光の玉はすぐに消え失せる。


 渇きに囚われた生食亡者リゾビアは、すぐに次の生命を探りだす。


 すなわち――


「ウィローさん、タウさん、すぐに下がって! キィさん、カールさん、2人のサポートを! トゥさん、結界を解除して、2人が射程内に入ったら再び結界を! 結界内に入ってしまった敵は各自対処!」


 守和斗の指示に従い、混乱しかけた全員が動きだす。

 動揺は大きかった。しかし、指示が明確だったおかげで迅速に処理される。


「これは予想外だった……」


 ウィローがタウと結界に戻ると、守和斗が珍しく眉間に皺を寄せていた。

 結界の周囲には、怒り狂ったように見えない壁に体当たりする獄炎狼ヘルンド。そして、乾ききった血で彩られた生食亡者リゾビアが貼りついている。

 トゥの結界とて長くはもたない。それは、誰の目にも明らかだった。

 その様子を見て、守和斗は憎々しそうにもらす。


「――ったく。いくらなんでも強者がこんなことをしてくるとは……」


「こんなこと?」


 素の口調に戻っている守和斗に、ウィローは尋ねた。だが、なんとなくは感づいている。現状で「強者」が誰を示すのか。


「まさか……これ、騎士団ローレの!?」


「ええ。奴らに『MPK』……魔物を仕向けられたんですよ」

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