第五幕:世界冒険者《ワールド》(二)

 ――昨夜の酒場で起きた、無知な泥酔冒険者の一騒動。


 その後、タウはテラ・カースと少し離れた席に座って、エールで満たされたジョッキを握っていた。


「まず一杯」


 そう言ったテラの片手にはビール、もう一方にはにニンジンスティックが握られていた。そして小さな口でニンジンスティックをポリポリポリポリと、すごい速さで小さい口の中に納めると、続けてそれを流しこむようにビールを呑みこむ。

 前まではエールを好んでいたテラも、最近流行のビールにすっかりはまってしまっているようだ。美味そうに呑み干すと、彼は満足そうに息を吐く。


「はぁ〜。仕事終わりのお酒も美味ですが、休みの日のお酒もやはり美味です。酒こそ心のよりどころ。私なんて酒がなければ死んでいます。むしろ酒がなければ、私に生きている価値なんてありません」


「相変わらず。生きていて安心」


 抑揚なくそう言いながら、タウはテラを横目で見る。タキシード姿のウサギ頭が、ニンジンスティックをポリポリしながら酒を呑む姿は、なかなかシュールだ。しかし、それもタウにとっては見慣れた様子であった。

 タウもつきあうように、エールを少し口に運ぶ。


「ピョン。タウさんもエールではなく、ビールを呑んではいかがですか?」


「ボク、エールでいいです。ビール高い」


「ピョンピョン! タウさんはまだ知らないのですか、この廉価なのにおいしい、革命的なビールであるノエル酒造ビール【ミヨッシー】を」


「ノエル酒造? 妙しーぃ? 聞いたことない」


「酒と言えば、とりあえずエールという世の中ですが、私はそれ以外の酒の素晴らしさを広めたい。だから、「エールではない」の意味で【ノーエール】。これを短くして【ノエル】というわけです。降神者エボケーターの友人がつけてくれたのですがね、なかなかいい名前でしょう? その中でもこのビールは、ミヨッシー地方の大麦を――」


「……テラ先輩、起業したのですか?」


 テラが目を線にしてうなずく。

 冒険者が起業することは珍しくない。なにしろ冒険者は、ある程度の年齢になれば引退するのが普通だからだ。とくに世界冒険者ワールドになった冒険者ならばよくあることだ。


 世界冒険者ワールドになるには、恐れを知らぬ勇気、どんなことにも動揺しない冷静さ、法術・魔物等に関する豊富な知識、高い知能、そして強力な戦闘力など総合的に求められる。稀に素晴らしい武勲をたてただけ、飛び抜けた強さだけで世界冒険者ワールドに認められることもあるが、基本は総合判断だ。

 世界冒険者ワールドの上には、万能冒険者オールラウンドというランクがあるが、その超人的な領域に辿りつけた者は、全世界でも数えるほどしかいない。さらに最高ランクの自由冒険者アンリミテッドに至っては、この世に現在、3人しかいないという。

 つまり世界冒険者ワールドは、普通の冒険者にとって頂点だ。そしてここまで上りつめれば、仕事に困ることはないし、当然ながら高収入になる。

 ただし、もちろん比例するようにリスクも大きくなりやすい。だから、ある程度の貯蓄ができたら、冒険者を引退した後の生活のために別の仕事を始めるのは自然な流れであった。

 それに世界冒険者ワールドになれば、貴族並みに信用性も高くなる。そして世界を渡り歩いた経験から、多くの人脈や地域ごとのいろいろな商売のアイデアを得る者も多い。中には商才がなく失敗する者もいるが、話を聞くとテラの酒造の運営は順調であった。


「テラ先輩、冒険者引退するのですか?」


「ピョン! しませんよ。酒造は趣味の一環です。それに冒険者は新しい酒を探すのにもいい仕事なのですよ。今、米で作った酒というのを探しています。米は食べたことがありますか? 実はですね……」


 そのテラの楽しそうな説明に、タウは小さく安堵のため息を吐く。

 テラは同じ村の出身の上、闘士トールとして尊敬できる先輩でもあった。そして、もっとも身近で目標としている人物だ。普通の人間では見切れないほどの俊敏な動きで敵を翻弄し、稲妻のごとき鋭い蹴りでミノタウルスさえ一撃で倒すと噂される、凄腕の闘士トールなのだ。

 タウはいつか戦って勝ちたいと、身の程知らずと思いながらも勝手に彼をライバル視していた。それを目標にしていたからこそ、タウ自身もこの若さで世界冒険者ワールドに達することができたのではないかとさえ思っている。


「ピョン。少し興がのりすぎました。……私の話はまた今度にして、本題に入りましょうか」


 酒の話が一段落したところで、テラのトーンが少し低くなる。


「スワトさんは、タウさんのところに行ったのですね」


 タウは、コクリと無言でうなずく。

 尊敬するテラ・カースの名前を守和斗から聞かされた時、タウは居ても立ってもいられなかった。あのテラが欲しがる人材、その理由をどうしても聞きたかったのだ。それに、大事な妹がいるパーティーに加入させて大丈夫な男なのかも確認しなければならない。


「そうですか。タウさんのところに。偶然ですが、こういうこともあるのでしょう」


「ボク、彼の事が知りたい。やはりテラ先輩のところにいたのは本当? 第8層のクリア時に、テラ先輩が彼を欲しがったのは本当……ですか?」


「ピョン。すべて本当ですよ。だから、私はこう言います。『あなた方は、とてつもない幸運を手にいれた』と」


「幸運……。ボクには最初、胡散臭いだけの男に見えた。でも、話していると不思議な雰囲気あった……けど……」


「わたしも同じことを感じました。……ところでタウさんは、彼に【闘士トール式挨拶の儀式】は試しましたか?」


「……?? 試すわけない、です」


 【闘士トール式挨拶の儀式】とは、本当の儀式ではない。闘士トールの間でよくおこなわれる力量を計る行為だ。内容を端的にいいえば、いきなり殴りかかるのである。そして相手がどれだけうまく避けられるのか見極めるのだ。

 当然、手加減はするもののかなり乱暴な手法である。だが、闘士トールたちにとっては昔からある挨拶みたいなものであった。それで殴られた方が怒ったりしたら、逆に周りから笑われるぐらいだ。

 もちろん、闘士トール以外におこなうことなどありえない。ましてや、戦闘職でもない冒険生活支援者ライフヘルパーをいきなり殴ったりしたら、最悪の場合は国立探索管理庁により処罰されるかもしれない。


「まさか、テラ先輩。試したのですか?」


「ピョンピョン。試そうかと思いましたけど、すぐにやめました。私は結果がわかっていることはやらないタチなので」


「……よかった。冒険生活支援者ライフヘルパーが、テラ先輩の拳を喰らったら死にます」


「ピョン。違いますよ。。そう確信したから試さなかったのです」


「な……なにを……」


 一瞬、テラが言っている事を理解できず、タウは懸命に思考を整理する。否、思考と言うより感情が言うことをきかない。そんなことがあるわけない。冗談に決まっている、先輩の拳が当たらないなんて何をバカなことを……と怒りに近い感情が否定してくる。


「テラ先輩の不意打ち、避けるのは同じ世界冒険者ワールドでも五分五分」


「ですね。私もそのぐらいの自信はあります。つまり、彼は最低でも万能冒険者オールラウンドクラスの力ということです」


「ありえ……ない……」


「ピョンピョン。ならばタウさんも明日の探索の間に隙を狙って、挨拶の儀式を試してみなさい。もし、あなたがスワトさんに一撃でもいれることができたら、私はあなたの望みをひとつ、可能な限り叶えましょう」


「…………」


 テラの自信に絶句する。彼は約束を守る男として有名だ。そんな彼がここまで言うとなれば、その信憑性は高い。


「そこまで……」


「私から言えることは、彼のことをよく観察し、彼の言うことになるべく従いなさいということです。彼はなぜか戦ってはくれません。しかし、我々のパーティーが第7層クリア後、第8層を記録的な早さでクリアしたできたのは、彼のおかげなのですから」


「――!!」


 魔神級宝物庫迷宮ドレッドノート【ダンタリオン】は、発見されてから2年が経過している。最初の半年は、設備の準備の方に時間がとられていたため、第1層から第6層のクリアまで期間は1年半程度だろう。平均すれば、1層のクリアに90日かけていることになる。もちろん、最初は冒険者も少なく時間がかかっていたが、強いパーティーがそろった現在でも第6層のクリアに30日ほどはかかっていた。


 しかし、第7層は20日ほどでクリアされていた。さらに第8層に至っては10日ほどである。


「まさか第8層だけではなく第7層のクリア時にも……」


「ピョン。スワトさんも一緒にいましたよ。彼は第7層の途中から参加したのですが、そこから驚くほどスムーズに進むことができました。……彼はあの年齢で不自然なほど、冷静沈着で頭脳明晰。そしてたぶん、信じられないほど強いのに、信じられないほど人間ができている。よくいる降神者エボケーターのような危うさもない。正直、私には信じられない……ありえない存在・・・・・・・です」


「…………」


 テラの言う、信じられないほどの強さ。ならば、もしかしたらタウが求めるものをあの冒険生活支援者ライフヘルパーはもっているかもしれない。

 そう思ったとたん、心臓が一度、大きく跳ねた。思いだしたようにわきたつ殺意で、血が騒ぎ始める。


「ピョン。その様子だと……やはりタウさんは、まだ仇討ちをあきらめていないのですか」


 心情を読んだテラの質問に、タウは息を呑む。昔から、彼には隠し事ができないし、彼は事情をすべて知っている。

 だから、彼女は黙ってうなずいた。


「100年に1人発生するかしないかと言われる【狂獣レビス】化した獣呪族じゅうじゅぞくを相手に、そのままでは勝てませんよ」


 タウとてわかっていることだ。今の自分では力不足だ。なにしろ、テラでさえ1人では勝てないと断言した相手である。今のままでは、一撃を浴びせるどころか向き合った次の瞬間には死んでいるだろう。

 だからせめて、変わらなければならない。

 目覚めなければならない。

 されど、それは怖い。不安要素が多すぎるのだ。


「でも……そうですね。もしかしたら彼は、タウさんに見せてくれるかもしれませんよ、この冒険で」


「なにをですか?」


「光……希望と言うべきでしょうか。私は、信じます。ええ、確信しますよ。あなたが復讐者ではなく、冒険者であるなら彼が助けてくれるはずだと」


「なぜです? ボクを助ける理由なんてない」


「ありますよ。彼は困っている人を助けたくなる人です」


 首を傾げたタウに、テラの口がUの字に歪んだ。

 そして目を細めてから、鼻の左右からヒョコヒョコと伸びた髯を揺らしながら口を開く。


「なにしろスワトさんは、冒険者を助ける、冒険生活支援者ライフヘルパーなのですから……ね」

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