第九幕:喚起師(三)

 守和斗がこの世界に来たのは、半年ぐらい前のことだった。


 2038年に世界を闇が覆う。その予言から世界を救うために彼は、超能力・魔力・霊力・その他あらゆる異能を持つように調整されて生まれた。

 その背負わされた多くの期待に押しつぶされず、彼は懸命に応えようとした。多くの楽しみを捨て、17年間という生きている時間のすべてを費やして、学び、鍛え、戦い、最後は自滅覚悟で闇の核ごと亜空間に転移して世界を救った。

 しかし、その転移に何らかのトラブルがあり、彼は気がついたらこの異世界にやってきていたのだ。現実に無理矢理ゲーム感覚を割り当てたような、どこか歪んだ異世界に。


 そこで彼は戦のどさくさで捕らえられていた、第八聖典神国エイス・セイクリッダム英雄騎士ヴァロルの娘である【ファイ・ララ・エインス】と、黒の血脈同盟軍盟主・黒帝ブラディッシュの娘である【テェィ・クシィ・デモニカ】を助けて、2人を安全なところまで送り届けることになった。

 ただ、聖典神国セイクリッダムと黒の血脈は敵対国。喩えるなら2人は、勇者の娘と魔王の娘のようなものだ。呉越同舟となったファイとクシィは、当然ながらいざこざが絶えなかった。そこにファイの部下である【パイ・ルー・ママイ】も加わり、さらに即席パーティーは混乱するかと思えた。

 しかし、とある事件でファイとクシィは守和斗を信頼することになり、そこからなんとか4人は旅をすることになったのである。


 ところが、彼らは旅の資金がなかった。

 そこで旅をしながらでもできる仕事として冒険者を始め、金を稼ぐことにした。ただし、パイは家事を受け持つことになり、ファイは騎士ロールとして、クシィは魔術士マジルとして、そして住所不定で資格もなかった守和斗は冒険生活支援者ライフヘルパーとして働き始めたのである。

 またその働く合間に、守和斗はファイとクシィに頼まれて修行をつけていた。


「守和斗、今日は仕事じゃなかったの?」


 その修行が一段落し、守和斗が草むらに敷いたシートに座って休憩していると、隣にクシィがやってきて腰をおろす。


「ああ。今日は午後からの出発だ」


「ふーん。そうなんだ」


 ふと正面に影が落ちる。それは守和斗が貸した日本刀を握るファイのものだった。


「しかし、まさか能力職ジョブもちの私たちより、レベルのない冒険生活支援者ライフヘルパーの守和斗の方が先に宝物庫迷宮ドレッドノートに挑戦できるとはな……」


「ホント、うらやましいわよ。しかも、何回も……なんかずるくない?」


 クシィの言葉に守和斗は苦笑する。


「ずるくないさ。数字的なレベルは上がらないけど、見えないレベルアップに励んでいたからな」


「見えないレベルアップだと?」


「ほら、報酬に金ではなく紹介状と口添えを頼んだだろう。あれで人脈レベルをアップだよ」


「なるほど……。まあ、我々も間もなく森林冒険者フォレストになれる。そうなれば、宝物庫迷宮ドレッドノートに挑めるしな!」


「でもさ、守和斗なら宝物庫迷宮ドレッドノートなんて空間転移テレポーテーションで簡単じゃないの?」


 クシィが木製の水筒で口を濡らすと、それを守和斗に手渡してくる。

 守和斗は水筒を受けとると、同じように口を濡らした。


「ありがとう。……えーっと、テレポは残念ながらそうはいかないんだよ。宝物庫迷宮ドレッドノートは、まさに神々の力の賜だろうな。なにしろ、各層は別空間にあるんだ。実際にその場の地下にあるわけじゃない。しかも、魔力子房マッシブを壊さない限り、各層ごとに位相がずれていて層と層の間でも空間転移テレポーテーションなんてできやしないしね」


「それは逆に言うと、同じ階層ならできるということ?」


「まあね。ただ、前に言ったでしょ。世界の情勢に大きく影響を与えることに、異世界人の俺の異能はなるべく使わない方がいいって……」


 そう言いながらも、守和斗は改めて考える。いったい、どのぐらいまで許されるのだろうかと。

 異世界人たる自分は、この世界にとって異物だ。その自分が、さらに異質の力を使うことでなにかを壊してしまうかもしれない。

 ただ、少なくとも異能を使わなくても使っても結果が変わらないなら問題はないと考えている。たとえば、「目の前にある石を持ちあげる」という行為は、手で持ちあげようが、念動力サイコキネシスで持ちあげようが結果は変わらない。一番の問題は、できないことをできてしまうことだ。そしてそれにより、大きな流れを変えてしまった時に、なにが起こるかわからない。


(でも、まあ、もう手遅れかもしれないな……)


 もし、この世界をコンピューターゲームに喩えるなら、自分はきっとチートキャラなのだろう。いや、下手すればウイルスなのかもしれない。

 この異世界に来た時、言語を知るために、ファイとクシィの2人と精神感応テレパシー応用の言語情報交換をおこなった。しかし、予想外の弊害で脳に影響を与えてしまい、2人は精神感応テレパシー能力に目覚めてしまったのだ。

 それはこの世界に、超能力者というイレギュラーな存在を増やしてしまったということに他ならない。

 これが、ゲームシステムを壊すバグによるチートキャラ増殖なのか。

 または、新規要素追加によるゲームシステムのバージョンアップとなるのか。

 今は五里霧中で手探り状態。とりあえずは慎重にすすめるべきだ。


「――ファイ様、ご飯ですよ!」


 そこに離れた所から、少し幼い感じの声が響いてくる。

 その食事ができたことを知らせる声は、パイのものだった。それにファイが元気に「今、帰る!」と答える。

 今の守和斗たちには帰る家があった。しかも、一軒家である。長期滞在だと、4人で宿を借りるより、街のハズレにある一軒家を借りた方が安かったのだ。

 もちろん、その他にもいろいろと節約をしている。おかげでかなり資金は貯まっていた。


「……なあ。もうかなり金が貯まったし、そろそろ帰路につくべきじゃないか?」


「そ、そんなことはないぞ。もう少しあった方が良いだろう、うん」


「そうね! あたしもそれには同意よ」


 こういう時だけ、妙にファイとクシィの息がぴったりである。


「だけどさ、パイさんも言っていただろう? もう帰ろって」


 2人に比べて、パイの態度は明確に異なっていた。なかなか帰ることに同意しない2人に対して、パイは一刻も早く帰るべきだと訴えている。


 それにパイは、守和斗のことを明らかに嫌っていた。

 彼女にとり、守和斗は異端で異様で異質であった。どこの馬の骨ともわからない怪しい男だったのである。それがクシィという敵国の女と仲良く話している。それどころか、自分が大切に思っているファイとも不思議なほど親しくしている。

 たぶん、パイからしてみたら後者の理由が大きいのだろう。最近、守和斗はファイから信頼だけではなく、強い親しみも感じるようになっていた。

 昔から一緒にいたパイにしてみれば、面白くないのは当然だ。おかげで最近は守和斗に声をかけるどころか、姿さえ見せたがらない。顔を合わせても、まるで汚物を見るような目で見られてしまう。


「俺も2人は早く帰るべきだと思うんだ、安全のためにも。それに心配する人も……」


「いやよ。まだダメ!」


 唐突に強く否定したのはクシィだった。

 その勢いに守和斗が驚いていると、それにファイも続く。


「それは私も同じだ。もっと強くなりたいのだ。強くなってから戻りたい……いや、強くなって戻らないといけないのだ! お飾りには……なりたくない」


「あたしも強くならなきゃダメなのよ。じゃないと……自由がないわ」


「…………」


 2人は強さに関して貪欲で、そして頑なだった。よくぶつかり合う2人だが、この点に関してはほぼ同じ意見である。理由はそれぞれ違うようだが、想いの強さは同じぐらいであった。


「ま、まあ、それよりも守和斗。今日のパーティーはどうなのだ?」


 誤魔化すことが苦手なファイの瞭然とした話題転換。

 だが、守和斗はそれにのることにする。本当は帰るべき。守和斗もそうは考えている。しかし、想いは違う。彼もまた、今が楽しかった。


「ああ。今回のパーティーは、かなり苦労しそうだよ」


 少なくても2人が宝物庫迷宮ドレッドノートに挑戦するまでは帰らなくてもいいだろう。そのぐらいは許されるはずだ。世界の命運をかけているわけでもないのだ。守和斗は、そう自分を甘えさせるのであった。


 それが後に、自分に向けられる殺意の決定打になるとは知らずに……。

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