第二章:救世主は、コンサルタント?

第一幕:元恋人(一)

 宝物庫迷宮ドレッドノートは、どんなに強いパーティーでもいきなり最深部まで行って宝を取得するような真似はすることができない。戦闘を繰り返せば、文字通り息が続かなくなる・・・・・・・・からだ。


 各層には、魔力障壁というものが張られている。それは階層全体を覆っていて、人が通るとき以外、出入り口経由での魔力や空気の流入がされないようになっていた。

 もちろん、中に魔力や空気が全くないわけではない。宝物庫種子ドレッドシードが張った根から吸いとられる魔力や酸素が、宝物庫迷宮ドレッドノートの壁面(種皮)から内部へ呼吸をするように供給されている。

 しかし、その分量は決して大量ではない。大人数が内部で魔術マジアを放ち、暴れ回れば、すぐに魔力も酸素もすぐに不足状態になってしまう。特に狭い空間に大人数が固まれば、戦うどころか酸欠で命を落としかねない。


 そのために最高7人までのパーティーを編成し、突入するパーティー数をコントロールしながら、まずは各層の魔力子房マッシブを奪うことを目的としている。魔力子房マッシブを奪ってしまえば、その層の魔力障壁は消されて出入り口からの空気や魔力の供給ができるようになるからだ。それにより活動時間が延び、さらに深層まで潜ることができるようになるわけである。

 宝物庫迷宮ドレッドノート【ダンタリオン】も例外ではなく、そうやって8層までクリアされている。


 そして次の9層をクリアするために、ウィローたちも出発時間より早く迷宮館ノーティスに集まっていた。

 今いるのは、迷宮ノートに入る冒険者のために貸し出される準備室。大きな机に長椅子が並ぶだけの個室である。

 今日の出発順番は、午後コースの3パーティー目。さほど時間はない。早急にいつも通り・・・・・の打ち合わせが必要だった。


「――というわけで、最初の数戦は細かい判断は自由に戦ってください。それにより私の方で方針を考えます。ただし、隊列はこのような感じで……」


 だが、その日の打ち合わせは、いつも通り・・・・・とは少し違っていた。

 音頭をとっているのが、パーティーリーダーであるウィローではなく、パーティーメンバーでは一番若く、一番の新人である冒険生活支援者ライフヘルパーの守和斗であるということだ。

 若いと言ってもウィローの4~5才下だろう。しかし、冒険者にとってその年月の差はかなり大きいはずだ。ましてや、冒険生活支援者ライフヘルパーなのだから探索などさほどしていないのが普通だ。迷宮ノート経験的には、ウィローの方があるはずである。


「基本的に使用してよい魔法はレベル9までとしましょう。魔力温存のためにも、攻撃は小規模ニューレ魔術マジアに。回復系魔法マギアもなるべく最小限にしてください。第9層とはいえ、入口の方の魔物は大したことがないはずです。使う魔法との順番と攻撃のタイミングですが……」


 しかし、その指示は非常に細かい。経験があるはずのリーダーであるウィローがしたことのない細かい指示をだしてくる。

 ウィローがだしていた指示などたかが知れている。どうせ6~7人しかいないのだ。前衛と後衛を決めて、それぞれ警戒しながらリーダーの指示で進む程度で終わりである。あとは臨機応変だ。


 そもそもパーティーメンバーは、よほど大所帯チームでもない限り、固定メンバーが少ないのが普通だ。毎回、毎回、顔ぶれの違う冒険者でパーティーを組んで探索するなどということは当たり前である。そこにチームワークを求めるのは、なかなか難しい。

 ウィローのパーティーも、固定メンバーはウィローとタウ、トゥの3人だけだ。2年前はもっといたのだが、今は補充メンバーと臨時契約してやりくりしている。

 弓術士キュールのカール・カーンと、魔術士マジルのキィ・ドラーヤもダンタリオンの探索で初めて一緒になったメンバーだった。


 もちろんメンバーは契約により、リーダーの指示に従うことになっている。だが、それは完全に書面上の話だ。

 ウィローにリーダーシップの資質や、リーダーとしての威厳などがあふれていれば別だろうが、そうでもない限り自由気ままが多い冒険者が、そんなに細かい指示を聞いてくれるわけがない。


 しかも、最近は冒険者保険も充実している。保険に加入していれば、パーティーと相性が合わず辞めたとしても、次のパーティーが決まるまでの一定期間、生活保護を受けることができるようになった。

 確かに冒険者生活は昔より安定度が増したが、逆に少しでも気に入らないとパーティーを抜けてしまうという事案も多くなっている。「最近の冒険者は根性がない」などとも言われるが、若い冒険者にしてみればそれが当たり前だった。

 それだけに各パーティーリーダーたちも、あまり強いことが言えない場合が多い。


「カールさんの弓の腕前は信じていますので、ここではあえて余裕を見せて前衛2人を助けてあげましょう。キィさんの魔術マジアも雑魚に使うにはもったいない。前半は魔力の使用を抑えましょう」


 ところが、臨時の補充メンバーの2人さえも守和斗の話を受けいれていた。彼は言葉巧みに2人をその気にさせている。自分は裏方に専念し、とにかく相手を持ちあげる。若くしてこの話術はいったいどこで学んできたのだろうかと驚くばかりだ。


「ボク、どうする?」


 そしてもうひとつ、驚くべき事にタウが積極的に守和斗の指示を聞いていたのだ。昨日の態度とあまりに違う。この豹変ぶりはなんなんだろうと、ウィローは彼女の顔をマジマジと見てしまう。

 だいたい彼女は普段、積極的に打ち合わせで口を開くことなどなかった。たぶん、彼女はパーティーメンバーの力量を信用していなかったのだろう。なにしろ、彼女がメンバーを頼ったことはない。いつもメンバーを助ける立場で、むしろその力量をわざとおさえて仲間とバランスを取っているところさえある。

 そんな彼女が、積極的に作戦に参加しようとしている姿をウィローは初めて見たのだ。


(オレがリーダーとして力不足だった……ということか)


 ウィローは後悔に苛まされる。

 探索に行くには、自分が強くなればいいと思っていた。強くなればパーティーメンバーもついてきてくれると思っていた。弱い自分に、レベルが上のタウに指示を出せるわけないと思っていた。

 弱い自分では、ダメなのだと。


 しかし、強くもなく、言うなればレベル0の冒険生活支援者ライフヘルパーの話をトゥもカールもキィも、そして世界冒険者ワールドランクのタウも真摯に聞いていた。

 それはウィローにとり、自分の生き方を否定されているかのようだった。


「……ということで、ウィローさん。よろしいですか?」


「……えっ? あ、ああ、うん……」


 突然、話を守和斗に振られて、ウィローは慌てて返事をする。

 しかし、もちろん話を途中から聞いていなかった。パーティーメンバーで卓を囲んで大事な打ち合わせだというのに、リーダーである自分が上の空などとんでもない話だ。

 思わず彼は、顔を下に向けて目を伏せてしまう。


「……ウィローさん。実際の戦略指揮・・はリーダーであるあなたの役目です」


 守和斗が、その彼に静かに話しかける。それはまるで、親が子を諭すように。


「今回の私は、あくまで戦術指導技師タクティクスコンサルタント。私は私が集めた戦闘記録バトルログから、あなたに指揮の指導をする立場です。あくまであなた方の冒険をサポートする冒険生活支援者ライフヘルパーの仕事の一部に過ぎません。冒険の主役はあなたたちなんです」


「――うっ、うるさい! そんなこと、お前に言われなくてもわかっている!」


 守和斗の妙に落ち着いた口調が癇に障った。年下で、レベル下で、たかが冒険生活支援者ライフヘルパーになぜ説教されなくてはならない。そもそも、なぜ自分のふがいなさを知り合ったばかりの彼は気がついているのか。ウィローにしてみれば、自分の心を覗かれているような苛立ちがある。


「このパーティーが強くなるかどうかは、あなたにかかっています」


「…………」


 ふと先日、袂をわかつことになった2人に言われた言葉がよみがえる。



――君たちは下手すぎる。


――だいたいテメーが悪いんだ。よく考えるんだな……



 それは確実にリーダーとしての資質を問われる言葉。

 だが、今はリーダーとしての自分などどうでもよかった。自分が強く、偉く、認められれば良かった。

 彼女にさえ認められれば良かったのだ。


「――!!」


 ふとウィローの視界に入ったのは、まさにその彼女の姿。聖典騎士オラクル・ロールの鎧を着こんだ仲間とともに、颯爽と歩く姿。


「すまん! ちょっと頭を冷やしてくる。すぐ戻るから……」


「あ、ウィくん……」


 トゥの止める声も聞かず、ウィローはその場をそそくさと立ち去ってしまった。

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