第六幕:世界冒険者《ワールド》(一)

 明日の探索メンバーが確定した後、タウはパーティーメンバーと別行動し、普段はいかない町の酒場へ向かっていた。

 まだ早い時間のため、夜道とはいえ人通りも多い。酒臭い息を吐きながらフラフラと歩く、冒険者らしき者たちとよくすれ違う。

 ダンタリオンが現れるまでは、かなりさびれていたらしいが、今では多くの冒険者が滞在するにぎやかな町となっていた。町に1つしかなかった食堂も、今では酒場と合わせて10軒ほどある。鍛冶屋は町はずれに1軒しかなかったのが、今では5軒に増えたという。そして、町の中に武器を専門に扱う店も数軒並んでいた。

 この町は、ダンタリオンによって大きく変わった。

 だが、変わったのは町だけではない。

 タウのパーティーも大きく変わっていた。


(ウィくんにも、困ったもの……)


 幼馴染みの顔を思いだし、少しの怒りと少しの諦め、そして少しの回顧に心を割く。

 昔からウィローは、無謀で無鉄砲で無茶をやる男だった。しかし、決めたことはなかなか諦めない根性のある男だった。そんな彼のことをタウは好きだった。少し抜けたところもあったが、根性のある努力家は嫌いではなかった。

 ただし、あくまで親しい友人としてだ。異性として見ることはなかった。なにしろタウの好みは、どっしりとしていて頼りがいがあり、自分より強い男だった。具体的に言えば、闘士トールとして名を馳せた父親のような人物が理想だったからである。そんな「山」のような父親と比べると、ウィローはその山の周りで走り回っている魔猪ボッシュみたいに感じていた。どこか危なっかしくて目が離せない。同じ歳ではあったが、ウィローのことを弟のように思っているところもあった。


 しかし、タウの妹であるトゥは違った。幼い頃から、ウィローのことが好きで、冒険者になったのもウィローと一緒にいたかったからだった。回復魔法が得意な魔法師マギタになったのも、怪我をしたウィローを回復してあげたいという思いからであろう。同時に、タウが受けた父親と同じ呪い・・を受けなかったから、闘士トールを選ばなかったというのもあったのかもしれない。


 ともかくトゥの恋心に、タウは当然ながら気がついていた。ただ、ウィローのことは気にいっていたし、よほどのことがない限り色恋沙汰に口をだしたくはなかった。だから、タウは2人のことを黙って見守っていたのだ。

 ところが、ウィローの方はトゥを妹のようにしか見ておらず、冒険者になってからちゃっかりと恋人を作ってしまった。


 恋人の名前は、【アン・マーキー】。


 彼女が性悪女でもあれば叩きつぶすこともできたが、性格が良く、剣術や魔術の才覚もあり、ふつうにきれいな女性であった。タウ自身も同じパーティーメンバーになってから、彼女のことを気にいってしまったぐらいである。


 ウィローとアンは非常に仲睦まじく、しばらくすると当然のように婚約した。

 それを知ったトゥは、きっぱり諦めることにした。早く告白しなかった自分が悪いのだと嘆きながらも、今度はパーティーメンバーとして2人をサポートし始めたのだ。


 だが、ダンタリオンが発芽した2年ほど前。

 その関係は急変する。

 突然の破局。

 パーティーの崩壊。

 いろいろなことが、そこから狂い始めてしまったのである。


(……ここか)


 タウは懐古をやめて、たどりついた店の前の看板を見あげた。そこには【アルファナの酒】という店の名前が書いてある。場所は知っていたが、訪れたのは初めての店だった。

 彼女は一応、身なりを確認する。と言っても、おしゃれをしてきたわけではない。頭には、緋色の髪を包む茶色の布。闘士トール特有のタイトな黒いスーツと、上に短い皮製の上着。この上着も茶色という地味な色のため、華やかさなど欠片もない。だが、このタイトなスーツは、男受けがいいことは知っている。タウとしては不本意だが、男から情報を引きだすにはうってつけのカッコだった。


(いることを願う……ん?)


 木製のドアを引いた途端だった。まるで計ったかのようなタイミングで、怒声が響いてくる。


「何様だ、テメー!!」


 声の主は男だった。20テーブルほどが並ぶ大きな店内。男は、その真ん中あたりで、片手剣ワンハンドソードを抜き放ち、正面に向かって威嚇している。

 また、その横には仲間らしい男が2名。それぞれ、ナイフと両手杖スタッフを構えていた。

 3人とも20代だろうか。まだ若く見える。服装などはバラバラだが、共通しているのは全員が顔が赤らんでいるということだ。かなり酔っているように見えた。酒場ではありがちな、酔っぱらいの乱闘というところだろう。

 ただし、目の前の騒動はひとつだけ「ありがち」ではないところがあった。


「やれやれ。君たち、暴れた上に得物をふりかざすとは、迷惑すぎますね」


 3人が相手にしている者の容姿は、この世界でも珍しいものだった。

 端的に言えば、頭が白ウサギそのものだった。横に開いた長い耳、ヒクヒクと動くピンクの鼻、そして赤い眼。頭部でウサギらしからぬところは、耳通す穴が空いた黒のハットと、左目にモノクルをつけているところだろう。

 しかし、首から下は打って変わって人間の姿をしている。体格の良い黒と白のタキシード姿は、なぜか不思議と頭にマッチしていた。


「お酒はね、味がわかる程度でやめておくものですよ」


 ウサギ男は、両眼を細めて笑う。

 いや、笑っているのだが、その正体を知っているタウから見れば、そこに浮かんでいるのは恐ろしさでしかない。穏やかな口調に、静かな怒気が含まれている。


「おまえが言うのかよ、テラ」


「リーダーに言われたらおしまいだなあ」


 だが、彼――テラ・カースの周りにいる者たちは平然と茶々をいれる。タウも何度か見かけたことがあったが、それは彼のパーティーメンバーたちだ。あの迫力に口を挟めるのは、やはりなれているのだろうか。タウなど、端から見ていても冷や汗がでるというのに。


「なんだ、ウサギ野郎! 誰だか知らねぇがおちょくりやがって!」


 酔っぱらいの1人がナイフを構えたまま走りよった。

 この辺りでナンバーワンの冒険者に向かい、同じ冒険者が「誰だか知らない」と言い放つ無知さにも驚いたが、それよりも驚いたのはやはりテラの対応だった。


 彼は中指を弾いた。

 そして酔っぱらいの額をそれで弾いたのだ。

 いつその指先が間合いに入ったのか、ほとんどの者は見えなかっただろう。下手すれば腕が動いたことさえ、見逃した者がいたかもしれない。

 それほど高速に放たれたデコピンは、相手の頭部を激しく揺さぶり、首をねじらせて背後に倒した。ピクリともしないが、タオが見る限り死んではいないはずだ。絶妙の手加減と言える。


「こ、このやろー!」


 仲間が倒されたことに激怒した片手剣ワンハンドソードをもった男が、今度は剣を振りかぶった。

 そして振りおろされる。

 その刃の横腹に、やはり中指が弾かれる。


「――うわっ!」


 弾かれた片手剣ワンハンドソードは振りおろした男の手を離れ、木製の床を削って転がって行く。


「くっ!」


 残った魔術士マジル両手杖スタッフを掲げる……が、その動きはすぐに止まった。


「いい加減、わかれよ。無駄だってさ」


 テラの仲間の1人、優男風の戦士バールの抜いた剣先が、魔術士マジルの喉元から赤い液体を滴らせている。

 低い悲鳴をあげながら、魔術士マジルは尻もちをつく。

 そこから酔っぱらいたちは無様だった。大慌てで倒れた仲間を引きずり、タウの横を通り過ぎていった。屈辱と恐怖の入り交じった表情を残して。

 だが、彼らはきっと、翌日には知ることだろう。そして、生きていることを感謝するはずだ。自分たちが酔っ払って絡んだ相手が、どんな恐ろしい相手だったかを。


「……ピョン? タウさんではありませんか。珍しいですね」


 去って行く酔っぱらいたちの近くにいたタウの姿は、必然的にテラの目にとまった。

 タウはかるく頭をさげる。そして、彼の元に近寄った。


「ご無沙汰しています、テラ先輩」


「本当にご無沙汰です。今日はいったいどうしました? とうとうあのパーティーを見限りましたか? ええ、我がチームなら大歓迎いたしますよ。もちろん、妹さんも」


 渋い落ちついた声で、いつものお決まりの挨拶。

 そんな彼に、タオは無表情に「違います」と一言返す。


「では、どうしたのです?」


「質問に来ました」


「ピョン? ……あ。もしかして、族性解放・・・・についてですか?」


「違います」


 淡々としたタウの言葉に、テラは大袈裟に肩を落としてため息をしてみせる。


「まだ隠しているのですね。そろそろ族性解放を考えた方が――」


「スワトという冒険生活支援者ライフヘルパーのことを知りたい」


「ピョン! ……冒険生活支援者ライフヘルパーのスワトですか?」


 言葉を割りこませたタウの質問に、テラの顔色が変わった。見る見るうちに、その口がつりあがり、頬が少し垂れさがる。それは今まで見たこともない、なんとも楽しげな表情だ。


「……テラ先輩?」


「ええ、ええ。なかなか面白そうな話です。質問をお聞きしましょうか」

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