第五幕:補充要員(五)

「タクティクス? それは古代語か?」


 ウィローは聞いたことがない言葉だった。しかし、「冒険生活支援者ライフヘルパー」とか「冒険業仲介所ハロークエスト」などの降神者エボケーターが考えた用語と雰囲気が似ていた。それなら古代語の可能性が高いと思ったのだ。


「はい。古代語です。意味は『戦術を指導する者』。ただし、指導と言うより、助言だと思ってください」


「助言? まさか、オレのような戦士バールに剣の使い方を冒険生活支援者ライフヘルパーが助言しようってのか?」


「それこそ、まさか・・・です」


 思わず苛立ちを含ませたウィローの質問を守和斗が笑って受け流す。


宝物庫迷宮ドレッドノートでの戦いには、3つのレベルがあります。まず、剣の振り方や魔法の撃ち方など、実際に戦う時の行動、すなわち【戦闘バトル】。それに対してパーティー全体での戦い方である【戦術タクティクス】、そして迷宮シードのクリアをするための作戦や攻め方である【戦略ストラテジー】です」


「……つまり、スワトさんはパーティーとして戦う時にどう動くかを助言するということですか?」


 トゥの控えめの質問に、守和斗は深々とうなずく。


「はい」


「そんなの必要ねぇだろう。前衛が突っこんで、後衛がぶっ放して、回復役が回復して――」


 カールの言葉に、今度はウィローはうなずいた。どこのパーティーもだいたいそんなものだ。


「そうなんですよ。一流パーティーでも、意外にそういうところが多いのです。お世話になった5パーティーでも、戦術タクティクスを考えていたのは2パーティーだけでした。これは個々のパーティーメンバーが、強くなれば強くなるほどありがちのようです。なんとかなってしまうからでしょう」


「なんとかなるなら、必要ねーじゃん!」


「たぶん、多くの方がそう考えているのです。確かに通常の戦闘ならそれでもいいのかもしれません。しかし、宝物庫迷宮ドレッドノートは限りある魔力と、限りある酸素の中で戦う必要があります。それだけに戦術を考えて合理化すると、大きな効果が出やすい。実際、戦術を一応は考えていたテラさんのナーガ・ザ・キノですが、さらに戦術の効率化に成功し、戦闘時間を短縮できました。結果、第8層の魔力子房マッシブを取った後に、さらに第9層の簡単な探索まで行えています」


「え……魔力子房マッシブ守護魔物ガルマを倒した上、魔力と酸素を補給せず、さらに希薄な第9層に降りたというのか……」


 各層には、その層の罠や魔物をコントロールする魔力子房マッシブと呼ばれる鉱石に似た物質が、どこかの壁に埋めこまれている。

 それを壁からとりだしてしまえば、その層の罠をとめたり、魔物の復活をとめることができる。さらに層を保護する魔力障壁を止めることもできるので、魔力や酸素の供給も自由にできるようになる。

 すなわち、魔力子房マッシブを奪うことは、その層を制覇したということになる。それを冒険業仲介所ハロークエストを通して、冒険者資格認定協会クエシャルトに申請すれば報奨金がもらえた。しかも、魔力子房マッシブはいろいろな道具に利用できるため、高額で取引されている。

 つまり、魔力子房マッシブ宝物庫迷宮ドレッドノートの宝の1つなのである。


 もちろん、そんな魔力子房マッシブが簡単に取れるわけがない。魔力子房マッシブがある場所にたどりつくのも一苦労だ。さらに、たどりついてもそこには魔力子房マッシブを守るための守護魔物ガルマという魔物が配置されている。魔力子房マッシブの近くで強力な魔力を受けとりながら戦う守護魔物ガルマは、もちろんその層で最強の敵となる。


 そんな魔力子房マッシブまでたどりつき、守護魔物ガルマを倒した上で、続けざま次の層に行くのは大変なことだった。もっと初期の層ならまだしも、第6層以下ではかなり難易度が高い。


「私は最初、情報サービスを主体に活動していました。事前情報収集サービス、迷宮シード地図作成マッピングサービス、そして戦闘記録バトルログサービスなどです」


「バトルログ? それ、なに?」


 珍しくタウが自分から質問する。


「はい。戦った敵の種類、配置、特徴、倒すまでのおおよその時間、誰がどのように倒したか……そういうことを事細かく記録していくのです」


「なぜ?」


 これほど食いつきのいいタウを見るのは、ウィローも初めてだった。先輩冒険者であるテラの名前がでてきたあたりだろうか。強くなることに貪欲な彼女の琴線に触れるものがあったのかもしれない。驚くほど熱心に聞きいっている。

 いや、それはタウだけではなかった。


「たとえば魔物が潜んでいる場所が最初から正確にわかれば、そこに向かって強力な魔術マジアを撃つ用意してから戦いに挑めます。そうすれば、効率的に一撃でけりがつけられるかもしれません」


「い、一撃……ボクの魔術マジアで……ふふっ……」


 最初はあまり興味なさそうだったキィが、興奮ぎみに笑いをこぼす。


「それによりダメージが抑えられますから、安全度もあがって回復が楽になり、消費魔力を減らすことができます」


「な、なるほど……それは助かります!」


 トゥが嬉しそうに手を叩きながら笑みを見せる。


「魔力が節約できれば、探索範囲も拡がりますからお宝を手にいれる可能性もあがるわけです。ご存じの通り、お宝をいくら手にいれても、私は分け前に含まれませんから、みなさんの収入が上がることになります」


「マジか……最高かよ!」


 カールまでニヤニヤ顔が止まらない。どこにも反対の色が見えやしないどころか、大賛成の色をなしている。


 これは説得と言うより籠絡だ。


 ウィローは横目で冒険生活支援者ライフヘルパーの顔を覗う。やはり若い。これほど若いのに、この手管はいったいどこで身につけたのかと恐ろしくなる。


「何度か宝物庫迷宮ドレッドノートに潜ると、だいたいの魔物の位置や種類は覚えられますが、きちんと記録などとっていないので、あくまでだいたいです。しかも、パーティーによっては何日も間が空いてしまうこともあります。そうなれば、ますます記憶は曖昧になります。まあ、さすがに罠の位置を記録しているパーティーは多いようですが、地図作成マッピングと記録を戦闘職の人がながら・・・でやるのは、なかなか難しいようなのです。そこで専門的に、地図作成マッピングと同時に戦闘記録バトルログを残し、さらにこれを役に立てられないと考えました」


「それが、戦術指導技師タクティクスコンサルタントということか?」


 ウィローの確認に「はい」と守和斗が明るくうなずく。


「今回のウィローさんとの基本契約は『荷物運搬キャリアー』『地図作成マッピング』となっています。しかし、もしご希望があれば、『戦闘記録バトルログ』と『戦術指導技師タクティクスコンサルタント』を初回無料サービスいたします。さらに私は第9層の一部ですが、地図作成マッピングしていたので道を覚えています。深入りしなければ、安全なルートをご案内できます。自分で言うのもなんですが、かなりお得だと思いますよ?」


「…………」


 いつの間にか、その場をしきっているのは若い冒険生活支援者ライフヘルパーだった。彼に反対するのではなく、彼に質問する流れができあがっていた。

 そして、そこからの話は早かった。彼の独擅場となったその場に、加入を反対する者はいなくなっていたのである。


「……では、滞りなく契約成立ということで」

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