第四幕:補充要員(四)

「あ、すまん。もう少し……」


 ウィローはあわてた。待ちきれなかったのだろうか。契約した冒険生活支援者ライフヘルパーがいつの間にか近寄ってきていた。

 確かにあれだけ待たせた上、もめているところを見せれば気にもなるだろう。辟易するかもしれない。契約をやめることも考えるかもしれない。

 しかし、彼は頭数として必要なのだ。ここで解約されるわけにはいかない。だから、もう少しさがってもらおうと彼に近寄り、肩に手をやり押し返そうとした。


(――えっ!?)


 ところが、不思議なことにその手が空かされてしまう。それどころかいつの間にか、逆に肩へ手を置かれている。

 そしてすれ違い様、耳元に聞こえる囁き。


「ソリューションのセールストークは、マイナスをゼロにしても魅力がありません。マイナスをプラスに転化するインパクトをプレゼンしなければ、顧客に対する訴求力が得られませんよ」


「そ、そりゅ? なにを言って……」


「意訳すれば、あとは任せてください……ということです」


 そう言うと、彼はパーティーメンバーが揃っている円卓に近寄った。全員の注目を一身に集めていることを確認するかのように、一通り全員の顔を流し見ると深々と頭をさげる。


「お初にお目にかかります。冒険生活支援者ライフヘルパーのスワトと申します」


 年齢はたぶん、この中で一番若いのではないだろうか。それなのに、誰よりも彼は堂々としている。どっしりとした落ちついた雰囲気は揺るぎない。先ほどからタウがさりげなく威圧しているが、それを意に介した様子もない。むしろ年齢に不相応の静泰に、誰もが気圧されて口をすぐに開けないでいる。


「せっかくなので自己紹介をさせてください。私は冒険者の皆さんに同行することをメインとした冒険生活支援者ライフヘルパーです。ご存じの通り同行……特に迷宮シードに潜る冒険生活支援者ライフヘルパーはほとんどいないため、ご不安もあると思います。しかし、ご安心ください。私はすでにダンタリオンに12回、合計16日間の探索参加経験があります」


「……はあぁぁぁぁ~!? じゅ、12回!?」


 カールが脳天から声を出す。

 いや、その驚きは当然だとウィローも思う。他の者も同じ衝撃を受けているはずだ。さすがのタウでさえ表情を微妙に変えている。色の変わらない瞳さえ揺れているように見えた。


「嘘つくなよ! わりと抽選で運がいいオレたちでさえ、まだ3回しか入れてないんだぞ! 明日でやっと4回目だ!」


「ちなみに挑戦し始めたのは23日前です」


「まっ、ますます、なに言ってんだ!? それならおまえ……えーっと……3分の2はダンタリオンにいたことになるんだぞ!」


「はい。5パーティーと契約し、抽選に当たったパーティーを梯子しながらお世話になっていました」


「なっ……なんだ……と……」


 あまりのことにおしゃべりなカールさえ言葉を紡げなくなる。そんな話、聞いたことがない。なぜなら、一般的な冒険者の話で言えば、複数のパーティーと契約するということはありえないからだ。

 冒険者の中には質の悪い者も存在する。宝物庫迷宮ドレッドノートの挑戦権を得るために他のパーティーを脅したり、宝物庫迷宮ドレッドノート内で事故に見せかけて襲って金品を強奪しようとする輩までいる。

 だから、パーティー内の情報は、なるべく外に漏らしたくないものだ。特に、探索した迷宮シードの情報や、パーティーメンバーの弱点などは致命的になることがある。


 もちろん、冒険に同伴しない冒険生活支援者ライフヘルパーは事情が違うだろう。部屋の掃除や料理などするだけならどうでもいい話だ。

 しかし冒険者に同伴する冒険生活支援者ライフヘルパーが、これほど短期間に、頻繁に、同じ宝物庫迷宮ドレッドノートへ挑戦するパーティーを梯子するなど、普通に考えて許されるはずがない。


「5パーティー……って本当か?」


 ウィローは思わず訊ねてしまう。本来、彼を推したいなら適当に相づちを打っておくべきだ。だが、そんなことよりも守和斗の経歴が気になりすぎる。


「おや。冒険業仲介所ハロークエストで職務経歴書はご覧になっていないのですか? それでしたら後で出してもらってもいいですが、契約したパーティーをご紹介させていただきますと、【クゥーズ】、【月の雫】、【アール・ヘート】、【ムラサメ】、そして【ナーガ・ザ・キノ】となります。お疑いでしたら、各チームにお問い合わせいただいてもけっこうですよ」


「ま、待て! どれも一流の冒険者パーティーじゃないか! 中でもナーガ・ザ・キノって、あの有名な世界冒険者ワールドのテラ・カースのパーティーだよな? 第7層に続いて、第8層の魔力子房マッシブを取得した……」


「はい。その通りです。ちなみに昨日、第8層の魔力子房マッシブをとる時に、私も同行していました」


「なっ、なんだって!」


「昨日はちょうど契約していたパーティーが2つ抽選に当たっていまして、どちらに行くかともめたのですが、テラさんに競り落とされた形になりました」


「あ、ありえない! そんな一流パーティーが、冒険生活支援者ライフヘルパーを欲しがるなんて……」


 苦笑する守和斗に、ウィローは顔をひきつらせる。

 完全にウィローは、自分の立場を忘れていた。この「冒険生活支援者ライフヘルパーのスワト」を推さなければならないのに、むしろ否定的な立場になってしまう。

 ウィローにしてみれば、彼になにも期待していなかった。頭数さえ揃えばいいと思っていた。戦闘はもちろん、荷物運びさえ期待していなかったぐらいだ。むしろ宝物庫迷宮ドレッドノートの最初にあるホール【始まりの部屋】で留守番してくれていてもいいぐらいだった。だから、冒険業仲介所ハロークエストから紹介された時、「評判が良い」としか説明を聞いてなかった。

 ところが、彼が言ったことが本当ならば、「評判が良い」どころではない。一流の冒険者が、普通の冒険者よりも欲しがる人材と言うことになる。戦えない冒険生活支援者ライフヘルパーをわざわざ選ぶ、そんなことがありうるのだろうか。


「あのぉ……」


 今まで黙っていたトゥが、恐る恐る手を上げる。


「スワトさん……でしたっけ? いったい、どうやって、そんな風にすごい人たちと出会えたんですか?」


 それはウィローも知りたかった。普通なら、冒険生活支援者ライフヘルパーを連れて行くなど考えないはずだ。


「それはですね、まずはテラ・カースさんに雑用係として無料で奉仕させていただきました」


「ただ働き!?」


 横でカールが驚く。


「ばっかじゃねーの? なんでそんな無駄なこと?」


「無駄ではなく投資ですよ。良さをわかってもらうための宣伝です。テラさんは人を見る目がある人格者だと噂でお聞きしていました」


「確かに、テラはできる男」


 ボソッと呟くタウに、スワトが微笑でうなずく。


「おや、ご存じで。そうなんです。実際にお目にかかってみたら、本当に素晴らしい方なので、きちんとした仕事をすれば正しく評価していただけるのではないかと思ったのです。そこでテラさんにしばらく、タダでいいのでお試しをしてもらえないかとお願いしてみました。もちろん最初は信用もないために雑用でしたが、それをきちんとにこなした上、ある仕事を追加で少しずつ提案してみました」


「ある仕事?」


「はい。私は冒険生活支援者ライフヘルパーになってから、いろいろと考えていました。冒険生活支援者ライフヘルパーとして、掃除や洗濯だけではなく、もっと積極的に冒険者の皆様を助けることができないかと。そこで考えた1つが……戦術指導技師タクティクスコンサルタントなのです」

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