第三幕:補充要員(三)

「はぁ~!? 冒険生活支援者ライフヘルパーだって!?」


 はたして、ウィローの予想通りの反応がパーティーメンバーから返ってくる。それは逆の立場ならば、同じ反応をしただろうから理解できる。問題はここからだ。


冒険生活支援者ライフヘルパーってあれだろう? 要するに家事使用人みたいなもんだろうが! ざーけんなよ!」


 小太りの弓術士キュール【カール・カーン】が、両手を腰にあててため息をつく。男でも繊細で細身が多い天精エル族にしては珍しい乱暴さと体形のため、本当は人間族ではないかと疑るが、尖った耳がその疑念を否定する。


「お、落ちついてくださいよ、カールさん。まずは話を聞いてみましょう、ね?」


 赤いマントをまとった【トゥ・カーリン】が身をのりだし、幼い顔を微笑させながら庇ってくれる。このパーティーのマスコット的存在である彼女の少し怯えがうかがえる表情に逆らえる者はほぼいない。カーンもやれやれ顔をしながらも、あげていた腰をおろして席に着き直した。


(ありがとう……)


 ウィローは幼馴染みのトゥに表情で礼を言う。

 彼女の能力職ジョブは、パーティーの癒し役である魔法師マギタ。それもあってか、彼女は戦いのとき以外もウィローを助け、癒してくれる。4つも下の18歳の女の子に励まされるのは情けない気もしたが、今の精神的に疲弊しているウィローには嬉しいことだった。


 なにしろ酒場の円卓に座る他のメンバーは今、彼を責めるような視線しか向けていない。


 特にトゥの姉である【タウ・カーリン】など、どう見ても機嫌が悪くなっている。目をつむり、少し俯き加減で頭に巻いた布の端から緋色の短髪を下に垂らしていた。先ほどから一言も口を利かない。普段から無口だが、今日はよりいっそう口を噤んでいる。


(そりゃあ、そうか……)


 ウィローだって、タウの気持ちはわからんでもない。なにしろ彼女は、このあたりの戦闘士バトアル界では有名な闘士トールだ。彼女の格闘センスは天才的で、周囲ではかなうものはいないと言われる。その実力の現れとして彼女は、20才でレベル9の世界冒険者ワールドランクの冒険者である。

 それに対して、他のメンバーはレベル5~8の「一般的に冒険者と言えばこれ」と言われる森林冒険者フォレストランクだ。

 そして、レベル8と9の間の壁は高い。森林冒険者フォレストまでは誰でも努力を続けることで達することができるが、世界冒険者ワールドランクに上がるには、冒険者資格認定協会クエシャルト認定の高難易度任務をこなさなければならない。

 要するにタウは、エリート冒険者と言える。本来なら、もっと高いレベルのメンバーとパーティーを組んでいてもおかしくはない存在なのだ。単に妹のトゥが心配だから、このパーティーにいるだけだ。

 ウィローにしてみれば、戦力としてはありがたいが、同時に非常にやりにくい存在でもあった。タウ本人がリーダー役をやりたがらないとは言え、ランクが下の自分がリーダーをやらなくてはならないのは心苦しい。


「おれ……帰る……無理だ……」


 ボソボソっとした小声でそう言ったのは、濃紺のフード付きローブを着込んだ【キィ・ドラーヤ】だった。小柄な男の魔術士マジルで、森林冒険者フォレストでは最高のレベル8。魔術マジアの腕は確かだ。しかし、普段は陰鬱で口数も少なく、あまり文句を言わない。

 そんな彼までもが、冒険生活支援者ライフヘルパーに対しては強く反対している。


「ちょっと待てよ! いいから聞けって!」


 ウィローは、ちらっと後ろを見る。そこに少し離れた後ろで大人しく立っているのは、まだ少年と言ってもいい男。こちらの話が聞こえない場所で待たせているが、もめていることはバレているだろう。

 まずい。あまり長引くと、彼にまでも逃げられてしまうかもしれない。


「みんな聞いてくれ。あそこにいる奴はさ、冒険業仲介所ハロークエストから奨められたんだよ」


「あん? 冒険業仲介所ハロークエストが?」


「そ、そうだ」


 少し語弊はあるが、そこは通す。


「あいつ、他のパーティーで凄く評判がいいらしくてさ。あいつが手伝ったパーティーの生還率も凄く高いらしいぜ」


「なんだよ、それ。くだらねぇ」


 カールの言葉に、キィもうなずく。


「だいたい手伝ったのなんて、どうせ1、2回だろうが。そんなので生還率どうのって言えるのかよ」


「どっちにしても、もうこれしか方法がなかったんだから仕方ないだろう! 今日がメンバー変更の締め切りで、これを逃したらもうしばらくお宝に辿りつけなかったんだぞ」


「そりゃそうだが……」


「で、でも、ウィくん。無理して死んだら意味がないよ」


 さすがのトゥも、すぐには味方してくれない。特に彼女はパーティーの回復役だ。仲間が死なないようにするのが仕事である。この点に関してだけは、さすがの彼女も譲らない。


「わかっている。だからとりあえず、今回はあまり無理をしないで無難にするんだよ。それにさ、知っているか? 冒険生活支援者ライフヘルパーは成功報酬制じゃないんだぜ」


「なら……よけい困る……」


「よく考えろよ、キィ。確かにお宝が1つも見つからなければ損だが、お宝を1つでも手にいれてみろよ。分け前は5人でいいんだぜ? 固定給の冒険生活支援者ライフヘルパーにわけなくていいから、宝を見つければ見つけるほど得なんだ」


「おお……なる……ほど……」


「でも、それも宝を見つければだろうが。見つけられなかったら、冒険生活支援者ライフヘルパーに払う金だけ損をするんだぞ」


「もし利益が出なかったら、冒険生活支援者ライフヘルパーの代金は今回、オレが持つ!」


「よし! それならオレはいい!」


 カールが力強く合意する。

 彼は意外に単純だ。ウィローとしてはこういう時に助かる。

 そして彼が話に乗ってくれれば、キィが折れるのも簡単だった。


「ぼく……もそれで……いい……」


 普段のキィは、周りに合わせようとするところがある。

 こうなれば、話はまとまる。結局、カールもキィも功名心は強い。冒険で一旗揚げたいというタイプなのだ。チャンスは逃したくないという気持ちは、ウィローと同じである。


(よし!)


これでチャンスを逃さずに済むと、ウィローは拳を握って成功を喜ぶ。


「――ダメ」


 しかし、そこで割りこんだのは、タウだった。彼女はまるで独り言のように無感情な言葉をボソッとこぼした。あまりに無感情すぎて、フェローは一瞬、なにを言われたのか理解できずにいた。


「ダメ……ダメ?」


 数秒の間を置いてやっと言われたことを理解して、タウの目を見る。

 彼女の少し赤らんだ双眸が、こちらに向けられている。だが、それは向けられているだけだ。その焦点は、いつものようにあっていない。どこを見ているのかわからない、感情の読めない、仄めく光しか灯さない瞳孔。それがどこか、ウィローに空恐ろしさを感じさせる。

 ウィローにとり、トゥよりもつきあいが長い幼馴染みのタウだったが、未だにその感情を読むことができないでいた。


「ダメ」


「なっ、なんでだよ! 他にメンバーは――」


「ウィくん、君は自分の命に責任をもつ冒険者」


「あ、当たり前――」


「だけど、他の命の責任をもつリーダーではない」


「なっ! オレはリーダーとして――」


「ボクはいい。でも、トゥはダメ。冒険生活支援者ライフヘルパーなんかを補充するパーティーに参加させない」


「お姉ちゃん……」


 普段着の白いローブ姿のトゥが、険悪な空気を漂わせるタウとウィローをキョロキョロと順番に見る。

 ウィローとてわかっている。冒険生活支援者ライフヘルパーを探索パーティーにいれるという無茶、それを心配するタウの気持ち、すべてわかっている。


「ボクたちのパーティーは弱い」


 それもわかっている。タウにわざわざ言われなくても百も承知している。1人1人はそこまで弱くなくても、総合的には他のパーティーに劣っている。戦績を見れば、それは明らかだ。それなのに、実質5人で魔神級の宝物庫迷宮ドレッドノートに挑もうというのが、どれだけ無茶なことかということも知っているつもりだ。

 だが、ウィローは退けなかった。退きたくなかった。挑戦しなくてはいけなかったのだ。彼には理由がある。


「元恋人のことは忘れろ」


「――!!」


 タウの言葉に、ウィローは息を呑む。突かれたくないところを突かれ、怒りに囚われ、思わず腰に吊していた剣に手が伸びそうになる。もちろん、本当にそんな気はない。幼馴染みに刃を向けるわけがない。


「…………」


 しかし、その動きにタウが敏感に反応した。彼女はスッと立ちあがる。特に身構えるわけではない。特になにか威嚇してくるわけでもない。しかし、動きやすいすっきりとしたデザインの服に包まれた自然体は、その気になれば一瞬でウィローを射程内に捕らえるだろう。


「やるの?」


「……や、やるわけないだろう」


「いや、やろう。久々に手合わせ。鬱憤たまるよりいい。それで決めよう」


 タウがゆっくりとウィローに歩みよった。そして、眼前で止まる。

 タウの身長は決して高くはない。彼女は少し見上げるように、ウィローの顔を下から見上げた。

 ウィローも対抗するように、視線を下げてその顔を睨むが、ちょうど視界に胸元がはいってしまう。


(デカ……)


 格闘技を生業とする闘士トールの服装は、全身を包むように密着したインナーに上着を羽織っている。密着しているために動きにくそうにも見えるが、ゴドムという魔物の革で作られた生地は、通気性が良く伸縮性が高く丈夫だという。

 ただ、それだけにボディラインがかなりしっかりと見えてしまい、胸の形も上から見ればクッキリと谷間がわかってしまう。


「……やはり、ウィくんにトゥは任せられない」


「なっ、なんで……」


「スケベ」


「ちっ、違う!」


 横からトゥの痛い視線も感じながら、ウィローはそれを無視して話題を戻す。


「ともかくもう明日なんだ。メンバーは確定だからな!」


「ダメ。認めない。どうしてもなら力尽く」


 一触即発の空気が2人の間を支配する。

 もちろん、ウィローはタウに勝てるなど思っていない。しかし、「彼女」を見返すには、多少無理でも通すしかないのだ。ならば当たって砕けるまでだ。


「あのぉ……」


 そう決心した瞬間だった。

 背後から、少し申し訳なさそうな声が割りこんできた。

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