第三幕:補充要員(三)
「はぁ~!?
はたして、ウィローの予想通りの反応がパーティーメンバーから返ってくる。それは逆の立場ならば、同じ反応をしただろうから理解できる。問題はここからだ。
「
小太りの
「お、落ちついてくださいよ、カールさん。まずは話を聞いてみましょう、ね?」
赤いマントをまとった【トゥ・カーリン】が身をのりだし、幼い顔を微笑させながら庇ってくれる。このパーティーのマスコット的存在である彼女の少し怯えがうかがえる表情に逆らえる者はほぼいない。カーンもやれやれ顔をしながらも、あげていた腰をおろして席に着き直した。
(ありがとう……)
ウィローは幼馴染みのトゥに表情で礼を言う。
彼女の
なにしろ酒場の円卓に座る他のメンバーは今、彼を責めるような視線しか向けていない。
特にトゥの姉である【タウ・カーリン】など、どう見ても機嫌が悪くなっている。目をつむり、少し俯き加減で頭に巻いた布の端から緋色の短髪を下に垂らしていた。先ほどから一言も口を利かない。普段から無口だが、今日はよりいっそう口を噤んでいる。
(そりゃあ、そうか……)
ウィローだって、タウの気持ちはわからんでもない。なにしろ彼女は、このあたりの
それに対して、他のメンバーはレベル5~8の「一般的に冒険者と言えばこれ」と言われる
そして、レベル8と9の間の壁は高い。
要するにタウは、エリート冒険者と言える。本来なら、もっと高いレベルのメンバーとパーティーを組んでいてもおかしくはない存在なのだ。単に妹のトゥが心配だから、このパーティーにいるだけだ。
ウィローにしてみれば、戦力としてはありがたいが、同時に非常にやりにくい存在でもあった。タウ本人がリーダー役をやりたがらないとは言え、ランクが下の自分がリーダーをやらなくてはならないのは心苦しい。
「おれ……帰る……無理だ……」
ボソボソっとした小声でそう言ったのは、濃紺のフード付きローブを着込んだ【キィ・ドラーヤ】だった。小柄な男の
そんな彼までもが、
「ちょっと待てよ! いいから聞けって!」
ウィローは、ちらっと後ろを見る。そこに少し離れた後ろで大人しく立っているのは、まだ少年と言ってもいい男。こちらの話が聞こえない場所で待たせているが、もめていることはバレているだろう。
まずい。あまり長引くと、彼にまでも逃げられてしまうかもしれない。
「みんな聞いてくれ。あそこにいる奴はさ、
「あん?
「そ、そうだ」
少し語弊はあるが、そこは通す。
「あいつ、他のパーティーで凄く評判がいいらしくてさ。あいつが手伝ったパーティーの生還率も凄く高いらしいぜ」
「なんだよ、それ。くだらねぇ」
カールの言葉に、キィもうなずく。
「だいたい手伝ったのなんて、どうせ1、2回だろうが。そんなので生還率どうのって言えるのかよ」
「どっちにしても、もうこれしか方法がなかったんだから仕方ないだろう! 今日がメンバー変更の締め切りで、これを逃したらもうしばらくお宝に辿りつけなかったんだぞ」
「そりゃそうだが……」
「で、でも、ウィくん。無理して死んだら意味がないよ」
さすがのトゥも、すぐには味方してくれない。特に彼女はパーティーの回復役だ。仲間が死なないようにするのが仕事である。この点に関してだけは、さすがの彼女も譲らない。
「わかっている。だからとりあえず、今回はあまり無理をしないで無難にするんだよ。それにさ、知っているか?
「なら……よけい困る……」
「よく考えろよ、キィ。確かにお宝が1つも見つからなければ損だが、お宝を1つでも手にいれてみろよ。分け前は5人でいいんだぜ? 固定給の
「おお……なる……ほど……」
「でも、それも宝を見つければだろうが。見つけられなかったら、
「もし利益が出なかったら、
「よし! それならオレはいい!」
カールが力強く合意する。
彼は意外に単純だ。ウィローとしてはこういう時に助かる。
そして彼が話に乗ってくれれば、キィが折れるのも簡単だった。
「ぼく……もそれで……いい……」
普段のキィは、周りに合わせようとするところがある。
こうなれば、話はまとまる。結局、カールもキィも功名心は強い。冒険で一旗揚げたいというタイプなのだ。チャンスは逃したくないという気持ちは、ウィローと同じである。
(よし!)
これでチャンスを逃さずに済むと、ウィローは拳を握って成功を喜ぶ。
「――ダメ」
しかし、そこで割りこんだのは、タウだった。彼女はまるで独り言のように無感情な言葉をボソッとこぼした。あまりに無感情すぎて、フェローは一瞬、なにを言われたのか理解できずにいた。
「ダメ……ダメ?」
数秒の間を置いてやっと言われたことを理解して、タウの目を見る。
彼女の少し赤らんだ双眸が、こちらに向けられている。だが、それは向けられているだけだ。その焦点は、いつものようにあっていない。どこを見ているのかわからない、感情の読めない、仄めく光しか灯さない瞳孔。それがどこか、ウィローに空恐ろしさを感じさせる。
ウィローにとり、トゥよりもつきあいが長い幼馴染みのタウだったが、未だにその感情を読むことができないでいた。
「ダメ」
「なっ、なんでだよ! 他にメンバーは――」
「ウィくん、君は自分の命に責任をもつ冒険者」
「あ、当たり前――」
「だけど、他の命の責任をもつリーダーではない」
「なっ! オレはリーダーとして――」
「ボクはいい。でも、トゥはダメ。
「お姉ちゃん……」
普段着の白いローブ姿のトゥが、険悪な空気を漂わせるタウとウィローをキョロキョロと順番に見る。
ウィローとてわかっている。
「ボクたちのパーティーは弱い」
それもわかっている。タウにわざわざ言われなくても百も承知している。1人1人はそこまで弱くなくても、総合的には他のパーティーに劣っている。戦績を見れば、それは明らかだ。それなのに、実質5人で魔神級の
だが、ウィローは退けなかった。退きたくなかった。挑戦しなくてはいけなかったのだ。彼には理由がある。
「元恋人のことは忘れろ」
「――!!」
タウの言葉に、ウィローは息を呑む。突かれたくないところを突かれ、怒りに囚われ、思わず腰に吊していた剣に手が伸びそうになる。もちろん、本当にそんな気はない。幼馴染みに刃を向けるわけがない。
「…………」
しかし、その動きにタウが敏感に反応した。彼女はスッと立ちあがる。特に身構えるわけではない。特になにか威嚇してくるわけでもない。しかし、動きやすいすっきりとしたデザインの服に包まれた自然体は、その気になれば一瞬でウィローを射程内に捕らえるだろう。
「やるの?」
「……や、やるわけないだろう」
「いや、やろう。久々に手合わせ。鬱憤たまるよりいい。それで決めよう」
タウがゆっくりとウィローに歩みよった。そして、眼前で止まる。
タウの身長は決して高くはない。彼女は少し見上げるように、ウィローの顔を下から見上げた。
ウィローも対抗するように、視線を下げてその顔を睨むが、ちょうど視界に胸元がはいってしまう。
(デカ……)
格闘技を生業とする
ただ、それだけにボディラインがかなりしっかりと見えてしまい、胸の形も上から見ればクッキリと谷間がわかってしまう。
「……やはり、ウィくんにトゥは任せられない」
「なっ、なんで……」
「スケベ」
「ちっ、違う!」
横からトゥの痛い視線も感じながら、ウィローはそれを無視して話題を戻す。
「ともかくもう明日なんだ。メンバーは確定だからな!」
「ダメ。認めない。どうしてもなら力尽く」
一触即発の空気が2人の間を支配する。
もちろん、ウィローはタウに勝てるなど思っていない。しかし、「彼女」を見返すには、多少無理でも通すしかないのだ。ならば当たって砕けるまでだ。
「あのぉ……」
そう決心した瞬間だった。
背後から、少し申し訳なさそうな声が割りこんできた。
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